7-2 脅迫犯の誘導尋問に引っ掛かる
「そうか、コンビニの伏見さんが木戸のセ……従姉妹の結菜ちゃんだったんだな」
ホテルの食堂。俺の回りくどい説明を受けて、岸田は頷いた。結局三人で晩飯を食っている。なんせ隣に結菜がいるからな。セフレだのなんだのという語彙は避けて説明したから、めんどかったわ。
「そんな偶然ある」
驚いたような顔で、生ビールなどやっつけている。
「岸田さんもそう思います。すごいことですよね」
我が意を得たりと、結菜は頷いている。いや偶然もクソも、お前が俺の仕事先の真ん前のコンビニ選んだんだろがい。
テーブルにはホテル名物の西伊豆御前が並んでいるが、なんだか味がわからんわ。結菜の奴は能天気にぱくぱく食ってるがな。
俺も生ビールを煽った。飲まんとやっとられんわ、これ。
「それより岸田、お前がこの宿にいることのがすごい偶然だろ」
「はあ?」
呆れたように、岸田は俺を見た。
「相変わらず抜けてんな木戸。この宿お前に教えたの俺だろ」
「そうだったっけか」
会社の誰かに聞いたのは確かだが。随分前のことだからすっかり忘れてたわ。
「ここ安くてうまいから、よく来るんだわ」
「そうかー」
「ぷっ」
結菜が噴き出した。
「洋介兄って、会社でもこうなんですか」
「そうそう。真面目なんだけどどっか抜けてるから、よくバイトの子にからかわれてる」
「らしいー」
げらげら笑ってやんの。ふざけんなっての。お前の保護者は今、俺だぞ。
「それより岸田、お前はひとりなんか」
「それは……まあ……なんだ」
急に黙ってやんの。これあれだなー、アプリで知り合った女にドタキャンされたかなんかだな。岸田ではよくある。
「大自然に向き合うんだ。ひとりっきりのがいいだろ、木戸」
「まあ、そういうことにしといてやんよ」
「それより岸田さん、お兄は会社でどんな感じか、もっと教えて下さいよ」
「いいね。酒のつまみになる。そうあれは、俺と木戸が入社三か月で世田谷研究所に配属されたときだった」
「ふんふん」
俺がサンプルと間違えてライバル会社のレトルトを試食会に出した話を、面白おかしく脚色して披露する。悪かったな。分析用のサンプルを試食用と間違えただけだし。それにあの試食会で役員連中「うん。これは売れる」とか発言して恥かいてたし。
ケラケラ笑う結菜を見てると情けなくなってきて、俺はビールをおかわりしまくった。本当は焼酎や日本酒に移りたかったが、なんだか悪酔いする予感がしたからな。ベロベロになった挙げ句正体不明に眠りこけたら、結菜に襲われたとき思わず応じちゃいそうだし。
「それにしても、こんなかわいい娘と同棲とか」
岸田がニヤつく。
「同棲じゃないし。同居だし」
「おんなじことだろ。木戸も隅に置けないな」
「でしょ。お兄ってすごくエッチ。いっつもあたしの胸吸うし」
よせばいいのに、結菜が爆弾を放り込んでくる。
「ほう……」
ニヤニヤ。
「いやそれ嘘……というか事故だから」
たまたま。たまたまな、口に入ってたことがあるだけで。事故案件。
「俺と結菜は、修道院の下ろしたてのシーツくらい純潔だから」
「はあ」
木戸は頭を掻いた。
「純潔なふたりが、お泊まりデート旅行すんのか」
「ほ、保護者だからさ。休みに部屋でふたりっきりとか不健康だし」
つい襲いかかりそうになるしな。
「それにお兄ったら、あたしがお風呂に入ってる間に、ブラを――」
単にブラをネットに入れて洗濯機に放り込んだだけの話を、面白おかしく盛りまくって披露する。いやそれ、お前が命じたことだからな。
頭が痛くなってきた。
「おい木戸」
結菜がトイレに立つと、岸田はひそひそ声になった。岸田は焼酎も飲んでるから、目の下が赤らんでいる。
「いい娘じゃないか。結菜ちゃん」
「悪い娘だとは話してないだろ。ただちょっと行動がアレなだけで」
「お前にはもったいない娘だぞ」
「まあ、それは認める」
非モテ二十六歳童貞には、この先も二度とない相手な気がする。
「あんないい娘なのにお前、セフレにする気はないんか」
「ない」
……多分。自信がないのが自分でも情けないが、とりあえずは本音だ。
「そうか……」
岸田は、椅子に深く背をもたせかけた。
「……なら、俺が彼氏になってもいいな、木戸」
「はあ? なに言ってんの、お前」
「俺も今フリーだしさ。結婚を前提に真面目にお付き合いするからさ」
「嘘つけ」
「本当だよ、洋介お兄さん」
「キモっ」
「義理のいとこになるんだ。結菜ちゃんは兄貴扱いしてんだから、お兄さんで間違ってないだろ」
「気持ち悪すぎて、背中ひゅーっとなるわ」
「……ツッコミイマイチだな」
苦笑いしてやがる。
「ほっとけ」
「そもそも、お前が結菜ちゃんの行動をそこまで縛る権利はないだろ」
「保護者だからな」
「なんて言ってるが木戸お前……」
また身を乗り出してきた。ひそひそ声で。
「本当はお前が付き合いたいんだろ」
「保護者だからな」
「嘘つけ。ほんの一年前にアプローチしたんだ。未練がないはずない」
決めつける。
「そんなことより岸田、会社では黙っててくれよな」
「そらまあな。客観的に見れば、お前が門前のコンビニの娘を口説いて同棲し、あまつさえ彼女を研究所のバイトして引き込んで所内でエッチな行為をしまくろうってんだ。バレるとまずいよな」
「嘘ばっかこくな」
「事実はともかく、そう見えるって話だよ。西乗寺さんとか菜々美ちゃん、女子だけにこういう男のゴリ押しみたいなの大反発するぞ」
「くそっ」
ビールをぐい飲みする俺を黙って見ていたが、付け加える。
「黙っててやってもいい」
「頼む」
「だが、わかってるよな」
「なにが」
「結菜ちゃんの同級生紹介しろ」
「はあ?」
「ダブルデートしよう」
「お前馬鹿だな岸田。話しただろ。結菜の同級生は北海道だ。どうやってデートするんだよ」
「行こうじゃないか。お盆でいいだろ。こんなときのために貯めてある俺の婚活資金、突っ込んでやる。結菜ちゃんの旅費だけは俺が出してやるからさ」
こいつ……。どこまでエロ魔神なんだ。そんなガツガツしてたら女子高生どころか、どんな女でもドン引きで逃げるだろw
「なに楽しそうに話してんの」
結菜が戻ってきた。
「いや、夏の北海道って楽しいだろうなあってな。そうだよな、木戸」
目配せしてくる。
「そ、そうだな」
「今晩、結菜ちゃんと木戸は同じ部屋なんだろ」
「そうだよ、岸田さん」
あっさり認めるなあ、結菜。
「ちゃんとクマさんのフィギュアも連れてきたし。参加したいって言うから」
おう。結菜の奴、セフレセフレ言うくせに、やっぱ子供だな。あのマスコット、持ってきたんか。
「それもこれも、あたしが苦労……じゃないか、お兄がフロントでごねて、どうしてもツインじゃなくてダブルにしてくれって」
「ほう……」
うんうん頷いてやがる。それ逆だからな。
「岸田さん、あたしもビール飲んでいい」
「いいともいいとも」
止める間もなかった。ちょうど来た岸田のビールをひっつかむと、半分くらい一気飲みする。
「ぷはあーっ。苦いけどなまらおいしいね。喉越しがいいというか」
テレビCMみたいな感想を呟く。
「結菜、お前はもう酒禁止だ」
「なんでよ。旅先くらいいいじゃん」
「良くないだろ。酔っ払うとお前、また裸になって迫ってくるじゃんよ」
「ほう!」
岸田は大喜びだ。
しくった。犯罪者に脅迫のネタ自分で与えてどうする>俺




