第90話 「セロンのお手伝い」
「布の中にあなたがいるの?」
マールは、信じられないというような顔をする。
「そうだよ」
セロンが答えると、平たく地面にただ落ちているだけに見える布が、上に盛り上がるように膨らんだ。スクミ―の空間拡張魔法を解いたのである。マールは呆然と見つめているだけだった。
セロンが布をシュルシュルと払いのけると、姿が露になった。真っ白くて、ふわふわ、鼻を布で覆い隠して、安全靴を履いている。マールより頭一つ背の低いセロンをマールは見つめて、何度も瞬きをしていた。
「どうも、白竜のセロンだよ。よろしくね」
セロンが自己紹介すると、マールはたどたどしく返事をした。
「……よろしく」
まだ状況が呑み込めていない様子だった。
「これ、僕が運んであげるよ」
セロンは構わず、マールの横に置いてある鉱石の入った籠を掴んだ。持ち上げて、坑道の出口の方へ背負っていく。慌てるようにマールが訊いて来た。
「今までも運んでくれていたのはあなたなの?」
「うん、そうだよ」
セロンが振り向いて答えた。
「……どうして私を助けてくれるの?」
「僕が助けたいと思ったからだよ」
セロンは気兼ねなく答えた。そして、どんどんと突き進むように歩き出した。
「待って、私、一人で運べって言われてるの。もし手伝って貰ってるのが見つかったら……いや……」
マールは途中で言い淀んだ。
「それなら、布を被って隠れて運ぶよ」
セロンは明るく答えるとスクミ―から借りている魔法の布を被り、地面に沈むように隠れた。布を抑えて、辺りを透かしながら歩かなければいけなく、歩きずらいが、上手く対処し、早歩きで歩いて、あっという間に鉱車に移した。
すぐに坑道の奥の鉱石がある場所まで戻ると、マールが籠に鉱石を詰め込んでいた。詰め込まれた籠をセロンが割り込むように掴んで持ち上げる。
「これは僕が持って行くよ」
セロンはそう言って、行こうとするとマールが口を開いた。
「待って、もし一気に運べる自信があって、最後まで助けてくれるなら、空の鉱車と手押し車を持って来てくれる?」
「うん、いいよ」
セロンは快く答えて、籠に入った鉱石を運び終えると、鉱車と手押し車を引っ張ってマールの元に戻って来た。
「鉱車は、レールに乗せて置いておいて」
セロンが鉱車を、荒い整備されていない坑道の奥まで持って来たのに、マールは、戸惑いを隠せず言った。セロンが言われた通りにして、マールの元まで来ると、手押し車に鉱石を乗せれるだけ乗せていた。
「これを鉱車まで運んで行くんだよ」
マールが優しく教えてくれた。
「一緒に運ぼう」
マールが手押し車を持って提案すると、セロンは頷き、下から押す形で、坂道を登った。セロンがどんどんと押していくので、あっという間に空の鉱車まで辿り着き、移し替えるのも容易だった。二回程往復をして、全ての鉱石を鉱車に積み込まれる。
「普通、鉱車は重くて、大人でも四人以上じゃないと運べないんだけど、あなたは、やっぱり力持ちなんだね」
「最近、力が増してきたんだよ」
セロンは鉱車を押しながら、嬉しそうに答えた。
鉱車もレールに沿って、一気に押していき、あっという間に坑口に辿り着いた。全てを貯めている鉱車に移し替えてしまい、マールは呟いた。
「あとは、マナリスだけだよ。布取って来るから少し待ってて」
マールは監視小屋の近くに設けられている錆び錆の棚に向かい、無造作に数枚の麻布を取った。セロンは、マールと一緒に坑道の奥に戻り、マールの作業を見た。
「同じ色のマナリスは、くっつかないようにしないと、評価が低くなっちゃうの」
マールは、布にくっつかないようにマナリスを並べながら説明した。
「大きくなるとダメなの?」
セロンは素朴な質問をした。
「大きいと扱いづらいらしくて。それに、割ろうとしても全然割れないから、纏まってしまうと、欲しい人がいなくなってしまうらしいよ。だから、どんなに小さなマナリスでもくっつけちゃダメなんだって」
「へ~、そうなんだ」
セロンは、新しい知識に関心を寄せていた。マールが器用にくっつかないようにマナリスを布に挟み込むと、セロンと一緒に持って来た空の鉱車まで運んだ。マナリスも全て、掘り出して置いてある物を、鉱車に運んで、布を積み重ねるように上に乗せていった。
あとは、崖の近くにある、貯め込んだ鉱車の鉱石の上に乗せて、運び出しは終了を迎えた。まだ、日が登る気配は無く、夜闇の中である。
「ありがとう。あなたが居てくれなかったら、絶対に終わらなかったよ。本当に助かりました」
マールは、セロンに頭を下げて感謝を伝えた。
「お安い御用だよ」
セロンは、眠そうに欠伸をしながら答えた。
「感謝しても仕切れない。君は私の恩人だよ」
マールは何度も感謝を述べながら、採掘場の出口の方へ上がって行った。セロンは、今までにない手ごたえで、充実感に満たされていた。
「ほらね。いい子でしょ?」
セロンは布にずっと隠れていたスクミ―に目を擦りながら言った。
「……広場に魔獣がウロウロしてたけれど、大丈夫でしゅかね?」
スクミ―は首を傾げて呟いた。セロンは、「あっ」と声を漏らし、心配そうな顔に変わった。
「教えてあげないと!」
「教えてもどうにもならないと思いましゅけど」
スクミ―は冷静に答えた。
「それならどうするっていうの?」
「様子を見て、ミー達が魔獣の気を引くのはどうでしゅか? その隙に建物の中に入ってもらうんでしゅ」
確かに、教えてもマールがどうにかできるとも思えないので、スクミ―の提案にセロンは乗ることにした。
布を被り、マールの後をついて行き、採掘場の入り口まで戻って来る。まだ地上は暗いが街の方は、静かな明かりに満ちている。広場の方へ視線を向けると、大きな赤毛の魔獣が寝そべっているのが見えた。セロンは、緊張感を高めていた。
マールは、魔獣に当然気づいているが、臆することなく広場の方へ向かって行った。セロンは、どうにかしようと慌てていると、スクミ―に止められる。
「少し様子を見てみるでしゅ」
スクミ―は小声で囁いた。
セロンは、心配になりながらも、スクミ―に従い、すぐにでも動けるように広場の端で、布にスクミ―と隠れていた。
マールは、出来るだけ足音を立てないように長い建物の方へ、抜き足差し足で向かっている。どうやら、魔獣がいるのには驚いていない様子だった。マールが魔獣の近くを通り過ぎる時、魔獣が鼻をクンクン嗅ぐ素振りを見せた。マールは迷わずに建物の方へ向かう。
魔獣が目を開けて、首をもたげた。その音にマールが気づいて、魔獣の方を見る。目と目が合って硬直状態になった。セロンが助けようと近くに向かう。しかし、魔獣はマールを襲おうとしなかった。マールは軽く頭を下げて、そのまま建物の方へ歩いて行き、難なく中に入ることが出来た。
取り残されたセロンは立ち尽くしたが、魔獣が存在に勘付いたように顔を向けてきたので、急いでその場を離れた。
セロン達は、街の入り口の橋まで逃げて来る。真夜中で辺りが暗く、人通りも殆どないというのに、監視小屋の守衛は、昼間と同じように目を光らせていた。騒ぎになりそうなので、見つからないように、引き続き布を被りつつ橋を渡り、緊張を緩めた。
「あの魔獣はマールを襲わなかったね。監視の人達に飼いならされているのかな?」
セロンがスクミ―に訊いた。
「番獣の役割を担っているみたいでしゅね。きっと、規律を乱す者を裁くのが役目なのでしょう」
スクミ―は首を捻り、考えつつ答えた。
「魔獣って人に従うものなの?」
「自分よりも強い者に躾けられていると、知能はあるものが多いから、従順になったりするのも考えられなくないでしゅわ」
セロンは、また一つ知って、知見を得たことに満足したが、眠気がピークに達していた。
何とか借りた部屋まで戻って来て、ドアを開けて中に入った。
「ただいま……」
セロンは、少し驚いた。あっくんが椅子に座って、頭を抱えていて、まだ寝ていなかったのである。
「あっくん、大丈夫? 何かあったの?」
セロンはフラフラしながら訊く。あっくんは、鈍くほんの少し顔をセロンの方に向けて答える。
「……ん? セロンか……。遅かったな。俺は大丈夫だ」
「まだ寝てないの?」
セロンは、気遣うように訊いた。
「いや、十分寝てる。少し面倒なことが起こっただけだ」
「面倒? 僕に何か手伝えない?」
「いや、大したものじゃない。ただ面倒なだけだ。気にしなくていい」
あっくんは、怠そうに答えると何か地図のような紙に目を向けていた。セロンは、眠たいので、それ以上、訳は訊かず寝具に入って眠りに落ちた。
やはり、セロンにとって、夜起きているのは非常に耐え難いものだった。




