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小さくて大きなわがまま  作者: しがない竜
第2章1節 施しの植木鉢 上

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第57話 「打ちのめされた心」

 桃色のずんぐりしたハート耳のネズミ。スクミ―が目の前でこちらを向いて立っていた。


 強力な風の斬撃は飛んでこない。穏やかな風が身体を撫でるだけだった。


 スクミーの背後から、セロンを覆うように編み目状の壁が出来ていた。不思議なことに、その編み目は、向こう側が一切見えず、暗い空間が広がっていた。セロンは状況が良く呑み込めなかった。


「スクミ―? いったいこれは?」


「ミーの道具でしゅ。それよりも、夕暮れになっても帰って来ないからトウシちゃんが心配していましゅわ」


 セロンは申し訳ない気持ちになった。壁の向こうからランデールの声が聞こえる。


「次から、次へと……。一体、何をした……?」


 少し辛そうに、声が低く、かすれ声になっている。セロンは壁の横からランデールの様子を(のぞ)いてみた。


 ランデールは肩を抑えて、頭を傾けていた。一体何が起こったのだろうか? スクミ―がやったのか? セロンはスクミ―に訊こうとした。


「ええい、(わずら)わしい。全員まとめて血祭りにあげてやろうか……」


 ランデールの声音(こわね)が震えている。なりふり構わず、滅茶苦茶に攻撃するかもしれない。


「まずはお前らから始末してやろう」


 声にならない悲鳴が聞こえて来る。セロンは、平民の二人が危ないと悟った。


「スクミー! どうしよう、あの人達がやられちゃう!」


「そんなことは起きないと思いましゅけど……」


 セロンはよくわからなかった。


「どうして?」


 スクミーは編み目の壁から覗き込んでいた。


「お前は……」


 ランデールの唸るような声が聞こえる。セロンも壁から顔を出した。


 あっくんがいた。あっくんが、ランデールの方へ向かってる。全然気がつかなかった。いつ来たんだろう。セロンは、さっきまでの緊張が嘘のように落ち着いて来た。


「お前はゲイルを知っているか?」


「……知らない」


 ランデールはぼっとした声で答えた。


「この街の行方不明事件については?」


「知らない」


「白竜については……」


「知らん!」


 ランデールは声を荒らげた。


「お前たちは、あいつが、通しても問題ないと言うから、街に入れてやったんだ。これ以上、私の邪魔をするなら、木端(こっぱ)微塵(みじん)にするぞ!」


「どうぞ、お構いなく」


 あっくんは()ました態度をしていた。ランデールの呼吸が荒くなる。辺りの微風が止まった。風の魔法を発動する気だ。セロンは手に力が入った。


 ランデールの手の動作と共に、少し離れたあっくん目掛けて、魔法が放たれた。空気を切るような音が響く。攻撃は当たらなかった。横に逸れ、建物の石壁を叩いたのである。


 ランデールは止まった。仮面の上からでも動揺が窺える。セロンも何が起きたのか、わからなかった。


「訳の分からん魔法を……」


 ランデールは、後ずさりした。肩をかばいながら、しゃがみ込む。


「お前達の相手をしている暇などない」


 そう言うと、ランデールは、大きく跳躍し、何処かへ飛び去って行ってしまった。


 セロンは一息ついた。死を覚悟したのに生き残れた。スクミ―とあっくんが助けてくれた。あっくんは、うずくまっている男の人の元に向かっている。セロンも向かった。


 セロンは、あっくんの側までいくと、色々と訊きたいことが思い浮かんできた。あっくんは、重症を負っている男の人の前で屈みこんで、けがの様子を見ていた。


「その人は、ランデールにやられたんだよ。まだ、息があるから助かるよね?」


 セロンは気兼(きが)ねない口調で、あっくんに訊いた。あっくんは何も答えなかった。


「わーっ、ぱっくり。これは今すぐにでも処置しないとまずいでしゅね」


 いつの間にかスクミ―が、うずくまった男性の傷をのぞき込んでいた。


「スクミ―、お願い出来るか?」


 あっくんが静かに訊いた。


「もちろんでしゅわ」


 スクミ―は男性の体に乗ると、(むご)たらしい傷に小さな手を置いた。すると、一瞬にして溢れ出ていた血が止まる。さらに、腰から下げた無数のポケットがあるウエストポーチから、中に収まる訳がないような大きさの包帯を取り出した。


 男性の衣服の中に入って行き、何やら、ごそごそとやっている。


「セロン」


 あっくんが静かに呼んだ。額には、先程の冷静な対応に反して、汗が滲んでいた。かなり焦っていたのだと知り、セロンは意外に思った。


「どうして、夕暮れになっても帰って来なかった? どうして、危ない状態なのに救難信号機を作動させなかった?」


 あっくんの声はやけに静かだった。だけど、その言葉から(あき)れと失望が重く籠っていると感じた。セロンは、見放された気持になり、心がひどく痛んだ。なんの取り柄の無い奴だと否定されている気がして、酷く打ちのめされた。虚しい自己弁明が口を突いて出る。


「……夕方に帰ろうと思ったけど、異変を察知して……それで、いても経ってもいられず、確認したくなって……、行ったら気が動転するような事態に遭って、放って置けなくて……、すっかり助けを呼ぶのを忘れてた……」


 セロンは自分で言って、言い訳がましいと思った。


「そうか……」


 もっとけなされるかと思ったが、あっくんの受け答えはあっさりしたものだった。やはり、もう見限られているのかと悲しい気持ちになった。


「ごめんなさい」


 セロンは自責の念が強くなり、謝った。


「宿屋に戻るぞ」


 あっくんは、セロンの謝罪には大きな反応はしなかった。セロン達は宿屋(やどや)に戻った。


 重傷を負った平民の男性は、スクミ―の処置により一命をとりとめ、無傷の二人の平民に任せることになった。



 宿屋についてもセロンの気持ちは晴れる訳ではなかった。中には宿主はおらず、セロン達だけが、勝手に貸し切っている状態だった。何故か、宿屋の廊下ではミントの匂いがした。


 セロンは、三階の部屋に入っても(うつむ)いて、気が沈んだままだった。窓から見える外は暗く、室内は電燈を付けていた。


 人が殺されるのを初めて目の前で見た。残酷で、呆気なく、恐ろしかった。白竜の兄弟達は、きっと慣れていて、狼狽(うろた)えたりもしないのだろうと思った。セロンは、ずっと山で平穏にのんびり、血を見ずに暮らしていたから、この世界にとって当たり前の摂理や、竜にとっては当然のことでも、冷静さを失って、情けない行動をしてしまう。


 以前からもそうだったが、白竜として誇れる長所を何一つ持ち合わせておらず、自分に幻滅し、恥ずかしさを感じていた。


「どうした? 元気ないぞ。昼間では人が消える問題を解決するって躍起(やっき)になっていたじゃないか? 自信失くしたのか?」


 あっくんはいつも通りの調子に戻っていた。長方形のテーブルに向かってコーヒーを飲んでいる。


「何もできなかった。せっかく魔法が使えるようになったはずなのに、上手くいく気がしなかった」


 セロンは、弱弱しい声で答えた。


「そんなの当たり前だ。まだ、大した量のマナリスを獲得してない上に、練習だって始めたばかりだ。一朝一夕で何とかなるものじゃない」


 セロンは悩んで床を見つめた。


「僕は立派な白竜になれるのかな?」


 そんなのあっくんが知った事じゃないし、自分が高望みしているようで、嫌だったが、つい口に出てしまった。


「なれるさ。なろうと思えばな」


「本当に?」


「本当だ。だから、自分の力がないだとか、今は考える必要はない。いま出来る最善を尽くすことだけを考えればいいんだ」


 あっくんは、元気づける為に、気遣った発言をしたと思った。だけど、セロンはその気休めに励まされて、少し気力が戻った。悲しい気持ちもあるが、出来ることを頑張りたいと前向きになれた気がした。


 その後、一息つき、話題は、この街で得たそれぞれの情報に移った。


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