第10話 「ユートピアと少年の謎」
僕は過去の話をした。
白竜の家、その入り口の先の広間の右側、通路と通路の間に僕の部屋がある。
その部屋の中で僕は床に座り、沢山の絵本を無造作に広げて読んでいた。
本は書斎に沢山あって、そこから持ち出していつも読んだ。
部屋で付き添ってくれている母は僕に絵本の朗読をしてくれた。
「勇者は満身創痍の中で、最後の力を振り絞り、悪い竜に渾身の一撃をお見舞いした。一撃を受けた竜は、大きな悲鳴をあげながら、崩れ落ちるように倒れました。勇者はボロボロになりながら勝ったのです。こうして竜がいなくなった世界は、再び輝きを取り戻し、人々は安心して暮らすことができましたとさ。めでたしめでたし」
母は、最期まで丁寧に優しい口調で語り、絵本を閉じた。
「どうしていつも竜は悪い奴なの?」
素朴な疑問を母にぶつけた。
「むぅ~……それは、その……」
なんだか歯切れが悪い感じで目を反らす母。
「宝石を独り占めしてる竜とか、生贄を要求する竜とか、悪い王の味方をする竜とか、絵本に出てくる竜は皆、悪者だよね、なんでなんだろう?」
考え込むように首を傾げた。
「それは……そうだな……竜は人々にとっては、恐ろしい存在だからなんだ」
「そうなの?」
「力も強くて、傲慢で、凶暴……そういう認識なんだよ」
「そんな…‥白竜はそんなことないのに」
僕はやるせない気持ちになり、下を向いた。
母はどう元気づけたらいいのか困っていた。
「セロン、そんなに気にしなくても……」
母が困り顔で声をかけてきた。
僕は少し考えて、思い立ったことを言った。
「よし、決めた! 優しい竜が出てくる絵本を描いてもらえるように僕はがんばる!」
決意に満ちた表情を母に向けた。
「優しい竜が出てくる本?」
「うん、竜が活躍して世界が平和になるような、そんな本を書いてもらいたいの」
母は先ほどとは別の意味で困惑していた。
「どうやって書いてもらうのだ?」
「えーとね、僕が活躍する姿を実際に見せて、優しい竜だっているんだと分かってもらうの!」
張り切ったように言い切った。
「そ、そうか……できるといいな」
*
「だから、僕は世界一優しい竜になりたいって思ったの」
嘘偽りのない表情であっくんに訴える。
「そうか、なるほどな。ただ、どうやってなるつもりなんだ? まさか、過去の話であったように、活躍する姿を実際に見せるっていうのか?」
彼は腕を組み、眉をひそめて訊いてきた。
「流石に、そんな活躍する力なんてないし、そもそもそんな機会もないだろうから、もっと現実的に考えるよ」
彼は、頷き相槌を打った。
「僕に出来て、現実的な事と言ったら、やっぱり日常的な人助けだと思うの。街の中で困っている人を見つけて、僕が解決してあげる。そうすれば、竜の優しさを知ってくれるでしょ。最初は、認知はしてもらえないかもしれないけど、続けていったらきっと広まるように僕の事を知ってくれるよ」
理想を語るように、期待を持ちながら説明をした。
「……まあ、いいんじゃないか。街に滞在している間は好きにしてもいいよ」
少し疑念を持っているみたいだが、彼は僕のプランを認めてくれた。
「ただ、そんな長く滞在する訳じゃないからな。あくまで、滞在している期間だけだぞ。あと、厄介な事には関わらないようにしろよ。危険な事も多いからな」
彼は、たしなめるように僕に言い聞かせた。
「分かった、それじゃあ、行ってくるね」
短い返事をし、再び外に出て行った。
僕は昨夜通った大きな通りを歩いていた。
困っている人がいないかを探すためである。
自分の中で困っている人というのは、本の物語で出てくるような人だと勝手に考えていた。
本で読む物語でよくある人助けは、『落とし物を探すこと』『何か必要なアイテムを持って来て欲しいと依頼されること』『魔獣の被害を受けているから退治してほしいということ』などである。
本の中の勇者は、そうやって、人々の支持を受けて、誰からも頼りにされ、信頼される存在になっていくのである。
(だから、初対面であっても同じような困り事ならきっと上手くいくはずだ)
僕は、楽観的思考で通りを進んで行った。
広場まで辿り着いた。
ここは中央の川と橋の近くで、賑わいのある市場とも繋がっている交差点と言っていい場所である。真ん中には、石で作られた大きな焚火台があった。街の中心地だけあって、人で溢れていた。
僕は、人々の中に困っている素振りをしている者がいないかとキョロキョロと見渡した。
すると、焚火台の近くに、下を向きながら、周りを確認している人がいた。
(きっと落とし物を探してるんだ)
期待して声をかける事にした。
「落とし物を探してるんですか」
「あん? 毛の生えたソリザ―じゃねぇか」
(また言われた。何で、皆そういう認識なんだろう)
気にしない事にした。
「お兄さんは、今、落とし物して困ってるんじゃないの?」
「うん? 落とし物? ああ、そうだ。俺は今、落とし物を探してるんだよ」
いきなり、見立て通りで幸先が良いと思った。
「何を探してるの? 僕が見つけてあげようか?」
僕は鼻が利くので、落とし物を見つけるのは、おちゃのこさいさいである。
「うん? 俺の物じゃねぇよ、誰かが物を落とすのを狙ってんだよ」
狼のようなライル族は、低い声でそう言った。
全くの見当違いだった。
「この街で落とし物なんてしたら諦めた方がいいんだぜ。誰かが取って行っちまうからな」
そう、にやりと笑い、彼は再び獲物を捕らえようとする目でうろうろとし始めた。
それからも、他にも困っている人がいないかを探すが、『落とし物を探す人』も『何か必要なアイテムを持って来て欲しいと依頼する人』も『魔獣を退治してほしいという人』もいなかった。
(そんな都合よく簡単に困っている人なんていないか)
さっきまでの勢いがなくなり、しょんぼりとする。
(そもそも、重大な問題に直面していることに気づいてしまった。
僕の事を白竜だと認識している人がいない!)
いや、なんなら白竜の事を知ってる人がいない。これじゃあ、どんなに頑張っても、優しい竜もいるんだなんて認識にはならない。
(どうしよう……困ったものだ)
とぼとぼと歩いて行き、賑わいのある市場の通りに差しかった。
何かもめている声が聞こえた。いや訴えている声なのか。
「俺の妹知らないか! 同じくらいの背で、黄色い花の髪飾りをしてるんだ!」
僕より少し背の高いような少年が必死に店員に訴えていた。
「知らないわ。こんだけ人がいるのよ。そんな子なんて目に留まらないわ」
「ちぇっ」
舌打ちを打って少年は、すぐに他の店員や歩く人に同じような質問をしていた。
けれど、相手にしてもらえず、むしろ近寄るなという態度で追い返されていた。
焦りの見える少年に、一人の男性が声をかけた。
「君のような貧民街の女の子が、【ユートピア】行の馬車に乗ってるのを見たよ」
「本当か?」
「このマークが描かれた店に行けば、詳しい事情が聴けると思うよ」
男性は紙切れを少年に見せていた。
「何処にある?」
「焚火通りに構えている店だね」
男性が教えると、少年は何も言わずに、すぐに駆けだして行った。
(一体何事なのだろうか? 【ユートピア】とはいったいなに?)
興味が惹かれたので、先ほどの男性に訊いてみる事にした。
「【ユートピア】って何ですか?」
「おや、君も興味があるのかい? 毛の生えたソリザ―君」
「……どんなところなの?」
「あらゆるものが手に入って、どんな夢でも叶い、平和で、のどかで、望むように暮らすことが出来る所さ」
男性は、言い慣れたように自信をもっている。
「へー、そんなところがあるんだ」
「君も興味があるならこのマークの店を訪れて聞いてみなさい」
男性が僕に紙切れを見せた。
そこには、星のような形に剣が突き刺さり、砕けたようになっている。そして、剣も柄の部分から折れている。そんなマークが描かれていた。
「分かった。教えてくれてありがとう」
男性に挨拶をして、少年の後を追った。
【ユートピア】の内容については、半信半疑だった。なぜなら、家で読んだことのある物語では、大体そういう夢のような所は、何かしら訳ありだったりするからである。
どうして【ユートピア】を勧めているのかは気になった。
しかし、その事よりも少年が気になった。困ってる様子だったので、僕が助けになれないかと、考えたからである。




