(5)グレスタへ
モンテスの不安はある意味当然である。竜退治の場合、B級パーティが妥当なところである。A級の冒険者ならソロで挑戦する場合もあるが、それはまれだろう。B級のキャロンが一人で挑もうとすれば止めるのは当たり前なのだ。
しかしそれはキャロンを知らないモンテスだからと言える。ソーニーなら喜んで一人で送り出すだろう。
モンテスを送り届けてから、三人はまた居酒屋で打ち合わせをしていた。
「ここはベアトリスのおごりで良いな」
キャロンが言うとベアトリスがにらんだ。
「なんで?」
「アクアは文無しだし、私もそろそろ残金が厳しくなってきた。今一番金があるのはベアトリスだ」
「そういうたかる気満々の発言は止めてちょうだい」
しかしキャロンは平然と続けた。
「大丈夫だ。体で払う。久しぶりに私の体を味わいたいだろう」
「それ、良いな。私も体で払うぜ。夜中好きにしていいぜ」
ベアトリスはジト目で二人を見た。
「まったく魅力的な提案じゃないんだけど。まぁ、良いわ。明日には八百ゴールド手に入るし」
すると、キャロンは口を挟む。
「ああ、それなんだがもう少し待ってくれないか。どうせなら、ぎりぎりになってから受けたい。人に取られる心配もないだろうしな」
「あら、どうして?」
「近衛隊がどれくらい竜の情報をつかんでいるか、先に調査したいんだ」
キャロンが答えると、アクアが嫌そうに言う。
「近衛隊? ケネスって野郎は近衛隊の奴か?」
「それはわからないな。だが、連絡先が第一近衛隊事務所だったからな。恐らくエドワード王子は腹いせに竜退治を言いだしたんだろう。だが近衛隊は魔獣退治なんてできないから冒険者に依頼を出したのではないかと思う」
ベアトリスは納得したようにうなずいた。
「なるほど。近衛隊嫌いの冒険者も多いから、学者ケネスの名前で依頼したのね」
「んなもん、連絡先でばれるなら意味ねぇぜ」
アクアが馬鹿にしたように言う。しかしキャロンは答えた。
「あんたも普段、連絡先なんて小さな欄を見てないだろ。私たちがチェックするのは依頼者と依頼内容と金額だけだ。連絡は冒険者の宿を通して行われるから、書いてあっても見る必要が無い」
ベアトリスが話を戻した。
「つまり、近衛隊の裏をかくために情報を収集するのね」
キャロンはうなずいた。
「そうだ。あの依頼に申し込むと、近衛隊の遠征に付き合う事になる。近衛隊をうまくあしらうには、今回の竜討伐の部隊がどんなものなのか知っていた方がいい。その情報次第では、私たちも別行動を取る必要あるかも知れない。残念ながら、私は近衛隊に知り合いはいないんだ。以前はいたんだが辞めてしまったようだ。あんたらはどうだ。連絡取り合える相手はいるか」
ベアトリスとアクアは少し考え込む。
「一人いるわね。かわいいお坊ちゃまが。最近連絡取っていなかったけど」
「私なんて、もう一年以上前の話だぜ。何人残っているやら。やつら好き者が多いから、結構○○しまくったけどな」
「だったら、うまく連絡を取ってくれ。私は明日モンテスと一緒にグレスタに向かう。締め切り日が四日後だから、三日後には戻ってくるつもりだ」
キャロンが言うとアクアが不思議そうに言った。
「なんでわざわざグレスタに行くんだよ」
「竜の情報をもう少し集めたくてな。戦いの役にも立つだろう」
真面目に答えるキャロンをベアトリスは疑わしそうな目でみる。
「違うでしょ。モンテスさんの蔵書を読みあさりたいだけでしょ。本当に魔法オタクなんだから」
「わかった、あの執事を食っちまおうとしているんだ。目をつけてたもんな」
キャロンはわざとらしく咳払いする。
「勘ぐりすぎだ。竜が卵を産んでいたとしたら、人工魔石が竜の中でどんな状態になっているのか知る必要がある。モンテスも覚えていないようだし、確認すべきだろう。まぁ、ついでに蔵書を読んだり、バロウズに手をつけたりするかも知れないが、それはたまたまという事だ」
「自分ばかり楽しようとしやがって」
アクアが言うとキャロンは反論した。
「どうせあんた達の情報集めだって、体を使ってたらし込みながらやるのだろう。楽しんでいるのはお互い様だ」
その時、いきなりベアトリスは手を打った。二人はベアトリスを見る。
「はいはい、そろそろ食事も終わったところだし、出ましょうか」
「早くねぇか? まだ飲みかけだ」
アクアがジョッキを傾けながら言うと、ベアトリスが妖しく言う。
「何言っているのよ。二人とも体で払ってくれるんでしょ。早く宿に行きましょ」
キャロンは首をすくめた。
「本気にしてたのか。まぁ、私はかまわないが」
「二人とも私の指示に従う事ね。あなた達に暴走されたら、私が楽しめないもの」
アクアはジョッキの飲み干してから言った。
「ついでに男も集めようぜ。女ばかりってのもつまらねぇだろ」
しかし、ベアトリスはアクアに指を突きつける。
「私はあなたほど○○好きじゃないの。三人で十分でしょ。私が楽しむんだから」
キャロンは笑った。
「ベアトリスは私たちの中で一番女好きだからな。まぁ、いい。あんた達の体がどれくらい成長したのか、私も興味があるよ」
ベアトリスは店員を呼んで精算し、二人の腕を引いて酒場を出て行った。
翌朝、キャロンが乗合馬車屋で待っていると、モンテスが現れた。そして少し驚いたようだ。
「どうしたんだね。わざわざ見送りなんて」
モンテスが言う。
「ただの護衛だ。一緒にグレスタに行く」
「そうなのか? 昨日はそんな事言っていなかったが・・・」
「竜の話をもう少し聞きたいしな」
その時、後ろから冒険者の男が声をかけてくる。
「おい、キャロン」
キャロンはモンテスに断ってすぐにその冒険者の方に行った。
「どうした、マグ」
キャロンは二人ずれの男の前に立つ。ミグは少し顔を赤らめて目を落とした。
「ミグとも相談したんだが、さすがにただ働きはまずいだろ。あんたはB級で俺たちよりも格上だ」
昨日キャロンは冒険者カードを彼らに見られてしまい、自分がB級だとばれた。ちょっと距離を置かれている気がする。キャロンは首を振る。
「朝っぱらから無理難題を押しつけたんだ。問題ない。むしろ、今日の今日でパーティメンバーに加えてくれて感謝する。本当は客として馬車に乗ろうと思っていたんだが、貴族仕様の乗合馬車は高くてな。諦めて走っていこうと思っていたところだった。あんた達がこの馬車の護衛になっていたのは幸運だったよ」
「いや、キャロン。走ってはグレスタまではいけないよ。盗賊も出るし、二日以上かかるよ」
ミグが言う。
「だから感謝しているのさ。それより、向こうの冒険者達は知り合いか」
乗合馬車の護衛はもともと四人だった。そこにキャロンが割り込んだ形になる。マグは首を振る。
「いや。必勝亭の冒険者みたいだな。もともと安い依頼だから、必勝亭の冒険者の独壇場さ。むしろ俺たちの方が縄張りを荒らしているかな」
「それはない。D級冒険者では下手をすれば盗賊達に負ける。向こうは罠を仕掛けてくるし、人数が多い場合もあるからな。安いからD級が群がるのは仕方がないが、本来はC級がいないと安全に人を運べないさ。基本的に貴族仕様の乗合馬車なら必ずC級以上を一人は入れるはずだ」
「ああ、なるほど。俺たち以外にD級を安く雇う事でコストを削減している訳か」
「そうだな。だから、盗賊が来た場合は、マグやミグが中心となるだろう。必勝亭の冒険者は防衛に専念させた方がいい。まぁ、彼らは向上心が強いから、防衛に専念してくれない場合が多いが」
マグは感心したようにうなる。
「さすがにB級だな。俺より若いのに、経験値が高すぎる」
「あんたもすぐに追いつくさ。普段から回りで起こっている事に気を回す事だ。ダグリシアは鍛えられるぞ。ちょっとした油断で、根こそぎ奪われるからな」
ミグが口を挟んだ。
「兄さん。そろそろ出発みたいだ」
「じゃあ、行くか」
マグ、ミグ、そしてキャロンは護衛用の馬車に乗り込んだ。こちらも乗合馬車屋が用意したものだが、乗れる人数は少ない。一方で乗合馬車の方は大きくて豪華だ。そちらには必勝亭の冒険者が乗り込んで警護している。
しかし出発してすぐに二頭の馬が迫ってきて、前に回った。
「止まれ、止まれ!」
「そこにモンテスという男はいるか」
それは二人の近衛隊だった。御者は慌てて馬車を止める。
「な、何ですか、いきなり」
御者が言う。
「その馬車にモンテスという男は乗っているか」
若い方の近衛隊員が言う。キャロンは馬車を降りて、乗合馬車に近づいた。
「私がモンテスだが、あなたたちはどなたですかな」
モンテスが乗合馬車から降りてきた。その後ろにキャロンが付く。
近衛隊の若い男は馬に乗ったままモンテスの前に来た。なかなか威圧的だ。
「おまえ、昨日どこに行っていた。逃げる気だったな!」
キャロンは万が一の時は割り込もうと思っていたが、当のモンテスは気軽に答えた。
「昨日? さて、私は夕方には宿に戻っておりましたがな」
「殿下の命で午後におまえの宿を訪ねたがいなかったぞ。そして朝も宿に行けばもう出たというではないか。我々から逃げられると思ったか」
近衛隊の若い男はけんか腰だ。しかしその後ろの壮年の近衛隊は特に口を挟まずに見ている。キャロンはもう少しモンテスに任せることにした。
「おかしな事を。私は今日グレスタに向かうことを殿下に伝えたはずですが? 殿下のご要望に応えるために、朝早くの乗合馬車に乗るのを逃げたと言われては困りますな。それに昨日は王宮を出てからは冒険者の宿に行っておりました。殿下のご要望に応えるためには冒険者に素材を集めてもらう必要がありますからな。夜に尋ねてこられればお会いできたでしょう」
「貴様、我々を愚弄する気か!」
若い近衛隊が息を巻くと、やっと後ろの近衛隊が口を挟んだ。
「アーチボルド。我々の使命はモンテス殿をサポートすることであり、威嚇することではない。控えろ」
「し、しかし」
アーチボルドと呼ばれた近衛隊はあからさまに動揺する。後ろの壮年の近衛隊は馬を下りてモンテスの前に立った。
「私は第三近衛隊に所属する魔術師のレナード・ブラウンという。殿下の命により、あなたの研究のサポートするために来た。まずは、グレスタへ同行させて頂こう。後ろの男はアーチボルド。彼も魔術師だ。以後よろしく頼む」
キャロンはモンテスの肩を叩く。
「御者が困っている。あんたはもう馬車に戻れ。予定よりも遅れている」
レナードはキャロンを見た。モンテスは少し動揺している。
「良いから行け」
そしてキャロンはモンテスを馬車の中に押しやった。
「御者。もう出発していいぞ。この近衛隊達は勝手に付いてくるだけだ。到着が遅れて困る奴も多いだろう。早く行け」
「え、あ、そうですかい。じゃあ、すまないですが、出発させてもらいます」
御者は近衛隊達を見ながら馬を進ませた。
「こら、ちょっと待て」
アーチボルドがまた馬車を遮ろうとするが、キャロンが大声で言った。
「邪魔をするな。馬鹿者」
アーチボルドは馬に乗ったままキャロンに向かってきた。そのすきに乗合馬車は出発した。
「貴様、私を侮辱したな。許さんぞ!」
目の前のレナードはそのまま後ろに下がる。アーチボルドを止める気は無いようだ。
しかしキャロンはアーチボルドをまったく無視してレナードに迫った。レナードが少し緊張した顔をする。
「あの馬鹿を放置するのはいいが、私たちは護衛という仕事がある。これ以上邪魔をするなら覚悟しろ」
「馬鹿だと、貴様!」
そしてアーチボルドはなにやら呪文を唱えた。キャロンは杖を軽くアーチボルドの方に振った。すると、アーチボルドは呪文を唱えている途中で馬から転げ落ちてしまった。
「ぐぇ」
アーチボルドが悲鳴を上げる。
「アーチボルド!」
レナードは馬から落ちたアーチボルドに駆け寄り、治癒の魔法を唱えた。馬の上から落ちれば、結構なダメージになる。下手をすれば死んでしまう。
キャロンは護衛用の馬車に向かって歩いた。
「待て! さすがに今の所業は捨てておけんぞ」
レナードが叫ぶ。しかし、キャロンは振り返らずに言う。
「そこの馬鹿が考え無しに呪文を唱えるからだろう。いつから近衛隊はそういう馬鹿だらけになったんだ。私はやとわれの護衛だ。仕事の邪魔をするな」
キャロンは馬車に乗る。そして御者に言った。
「おいて行かれるぞ。急げ」
「あ、ああ」
御者は戸惑いながらも馬車を進めた。
キャロンが座るとマグが言う。
「いいのか。あんな事して」
「気にするな。悪いのは向こうだ。乗合馬車を止めるだけの理由があいつらにあるとは思えん」
「でも、相手は近衛隊だよ」
マグも言う。心配そうだ。
するとキャロンは笑った。
「あんた達はやらない方がいいぞ。特に魔術師が相手だと、無事に済まないからな」
「間違ってもやらねぇよ」
「あ、兄さん。付いてくるみたいだ」
後ろを見ていたミグが言った。
近衛隊の二人は馬に乗って後ろに付いてくる。すぐにちょっかいを掛けてくるようでもない。
「運がいいな。今回は盗賊の襲撃はないぞ」
「そうなの」
ミグが尋ねる。
「それはそうだ。盗賊だって命は惜しい。成功する可能性がなければ手を出さないさ。いつもの護衛に加えて、近衛隊が二人も付いてきているなら、普通の盗賊は勝ち目がないと判断するだろう」
「あいつら、別に俺たちを守るつもりなんて無いだろう」
マグが言う。
「盗賊達はそう考えない。特に近衛隊というのは一つのブランドでな。やつらは対人戦闘が得意だから、盗賊達にとってはかなりの脅威だ」
キャロンの言うように、昼の休憩地であるドルド町まで、襲撃は一度も無かった。ドルド町は街道から少し逸れた場所にあるが、ダグリス領の一番縁にあり、中継地として栄えている。
ここで一度ばらけて休憩となる。
「モンテスさん。疲れただろう」
キャロンが早速声をかける。モンテスは笑った。
「そうだね。ずっと馬車に乗っての旅は慣れないよ。これがまだ半日続くのだね」
「グレスタは遠いし、結構な速度で進めているからな」
そこに近衛隊が近づいてくる。
「逃げる相談か。逃げられると思うなよ」
キャロンはアーチボルドの言葉をまったく無視してその後ろにいるレナードに言った。
「あんたはモンテスさんの研究をサポートすると言っていたな。すると少なくとも魔法理論の知識はあると言うことか。そうでなければ魔道具作りにはまったく役に立たないが」
「おい、俺を無視するな!」
アーチボルドは怒鳴るが、キャロンはレナードだけを見ていた。レナードは仕方がないといった感じでアーチボルドの横まで来た。
「残念ながら、我々近衛隊の魔術師は戦闘技術に特化している。魔法理論に興味がある者はいるだろうが、長けているものはいないだろう。私も同じだ。しかし強力な魔道具作りには魔力の強い人間が必要と聞いたことがある。私たちがモンテス殿のサポートをすることになったのはそういう理由だ。そういうおまえは何なのだ。先ほどから我々のやることに口を挟んで」
キャロンはふっと笑う。
「さっきのモンテスさんの話を聞いていなかったのか。昨日冒険者の宿で冒険者に依頼を出したと言っただろう。それを受けたのが私だ。私は魔道具作りに協力することになっている。この乗合馬車の護衛はそのついでだ。依頼主に害をなすというのなら排除するまでだ」
「貴様!」
またアーチボルドが杖を掲げる。キャロンが面白そうに見ていると、レナードが怒鳴った。
「止めろ、馬鹿者。さっきと同じ目に遭いたいのか!」
アーチボルドは呪文を止めてキャロンをにらむ。
「まぁ、勝手に付いてくればいい」
そしてキャロンはモンテスの方を向いた。
「食事にしよう。モンテスさん」
モンテスが困ったような顔で言った。
「あまり事を荒立てないでくれよ。キャロン君」
そして二人は食堂の方に歩いて行った。
食堂ではキャロンはモンテスと別れて冒険者達の方に行った。
ミグとマグ。そして若い男女の冒険者がいた。
「席を一緒にしていいか」
キャロンが声をかけると、ミグが顔を上げた。
「やぁキャロン。遅かったね」
「あの近衛騎士達に絡まれてね。面倒なことだ」
そしてキャロンは席に座ると、食事を注文した。
「キャロン。朝は出発間際だったから紹介していなかったな。乗合馬車に乗っている方の冒険者だ」
一人は二十歳前後の男性。ほぼキャロンと同年代と言っていいだろう。軽装で、腰に剣を持っている。
「モアレだ。まさか一人護衛が増えているとは思わなかった」
「なんか強そうね。私はシャルピーよ」
その女性は魔術師のようだ。ローブと杖という典型的な格好をしている。目が大きくて愛らしい顔をしている。
「私はキャロンだ。護衛と言ってもログとミグに無理矢理仲間に入れてもらっただけでね。目的はグレスタに来ることさ」
「グレスタに用事があるの?」
「仕事の一環さ。仕事内容は話せないけどな」
キャロンとシャルピーが話していると、ミグがいきなり言った。
「キャロンはB級なんだってさ。すごいだろ」
内心キャロンは舌打ちをする。B級というのは男を口説くのには使いにくい。だからあまり言わないようにしているのだが。
「すっごーい! 私より少し年上くらいよね。どうしたらそんなにレベル上げられるの!」
シャルピーが迫ってくる。キャロンは思い直す。女ならB級でも口説き落とせるのではないだろうか。
キャロンは運ばれてきた料理を食べながら、シャルピーに魔術師の修行について教えた。同じ魔術師同士と言うことを利用して、信頼させるように誘導する。
「ねぇ、キャロン。話しているところ悪いけど、もう出発だよ」
ミグが口を挟む。
「まったく、女同士ってのはおしゃべりだね」
モアレがあきれ顔で言った。
「さぁ、行くぞ。親父、金はここに置いておくぞ」
マグが言って席を立った。
キャロンもシャルピーと会話を切って立ち上がった。まずはこれくらいでいい。十分好感度は稼いだだろう。次はしっかりいただくとしよう。




