第七章 皇帝の真意ー⑤
*
林徳妃の寝室を出て、夜の後宮庭園を歩くふたりの男。
「あいつ、全然俺に嫉妬してくれないんだが」
星が瞬く空を見上げながら、劉銀が呟く。少しでも自分のことを思ってくれれば、林徳妃との会話の時にもうちょっと面白くない顔をしてくれるのかと思ったのに。
しかし鈴舞は、「ふたり仲がいいのね~」とでも言わんばかりに、微笑むだけだった。
祥明は苦虫を嚙み潰したような表情になった。
「脈がないんだろ。諦めろよ」
「お前も似たようなものだろう?」
「一緒にすんじゃねえ。俺は両家公認だ。お前の無茶な令状が無ければ、近いうちにあいつと結婚できたんだ」
苛立った声で言う祥明。劉銀はふっと鼻で笑う。
「そうか。それはよかった」
「は?」
「お前たちのことは噂で聞いていた。ふたりも年頃だし、いつ祝言をあげてもおかしくないとな。無茶な令状でも書いてみるものだな。まさか、こうもうまくお前たちの邪魔ができるとは」
「……てめぇ」
こめかみに青筋を立てて、祥明は怒りを露にする。
そう、劉銀が鈴舞を後宮に呼び寄せた裏の目的は、鈴舞が自分以外の男と結ばれるのを阻止するためであった。
もちろん、女官の行方不明事件にも頭を悩ませていた。彼女が林徳妃の護衛として適任だったことは、確かだ。
しかし、他に林徳妃の護衛候補がまったくいなかったわけではない。女の鈴舞に宦官のふりをさせるという無理難題を押し付けるよりも、もっとすんなりとその任につける者は何人かいた。
それでも鈴舞に詔令文書を出して後宮入りさせたのは、劉銀自身の欲望のためだった。
――そう、俺は優しくない。俺は君を傍らに置いておきたいのだ。たとえどんな形でも。
憎々し気に祥明は劉銀を睨んでいる。林徳妃の寝室で口数が少なかったのは、劉銀が鈴舞を後宮にとどめようとしていることに、憤っていたのだろう。
この強く懐の深い男なら、きっと鈴舞の夫にふさわしい。この男と結ばれれば、彼女は幸せな一生を約束されるに違いないだろう。
――だが、そんなこと許さぬ。
心の底から、何かが欲しいと思ったのは生まれて初めてだった。何もかも、望んだものはたやすく手に入る環境だったのだから無理もない。
後宮にも、地位にも、女として着飾ることにすら興味のない鈴舞を手元に置くには、この方法しかなかった。
しかし今回の件で、鈴舞の素質を改めて劉銀は感じた。
他人を見極める目、ひきつけられる魅力、そしてゆるぎない芯の強さ。
「俺にはあいつが必要なのだ。……いつか必ず手に入れて見せる」
静かな夜の庭園の中心で、劉銀は静かにそう宣言した。
「……この、昏君め」
祥明は吐き捨てるように言う。
「欲しい物を手に入れるためには手段を選ばない――華王朝の歴史に名を刻んでいる豪傑たちになぞらえたつもりだがな」
「刀を振り回しているのが何よりも好きな鈴鈴は、こんな窮屈な場所望んでねぇよ。お前もそんくらいわかんだろうが」
「では、後宮を窮屈な場所にしなければいい。――あいつがここの一番上に立つとしたら、どうかな?」
それはあまりに突飛な発言だった。祥明は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに不機嫌そうな面持ちになる。
「気は確かか」
「俺はいたって真面目だ」
「……お前がここまで暴君とは思わなかった。俺はその目論みを、何が何でも邪魔することを今心に決めたからな」
「面白い、やってみろ」
祥明の宣戦布告を、劉銀は不敵な笑みを浮かべて受け止めたのだった。
一旦ここで一区切りです。続きはいつか書くかもしれないです。
ここまで読んでくださってありがとうございました!




