第5話:ロミオとジュリエット・転
二人の踊りはジュリエットの乳母の呼び出しにより、終わりを迎えた。
情熱的なダンスの後に、ロミオに襲ったのは圧倒的な喪失感。手の熱は消え失せ、あるのは空気の冷たさのみ。
しかしながら、得るものはあった。
「……ジュリエット」
彼女の正体だ。
乳母の呼び出しは彼女の名前を用いたものだ。だから知ることができた。因縁のあるキャピュレット家の子であることも。
そして、
「……あの人はロミオ、モンタギュー家の人なのね」
「ええ、敵の家の子なのよ。仲良く踊れるような相手ではないわ」
「……」
ジュリエットも、ロミオの正体を知った。
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「ロミオどこ行きやがった?」
舞踏会がお開きになった後にベンヴォーリオが、ロミオを探したが何処にもいなかった。
なぜなら――
「……ここならいいかな」
――キャピュレット家の庭園に隠れていたからである。
ロミオの恋。ジュリエットへの愛情は肥大化することを止めない。今にもまたジュリエットに会いたいという気持ちを孕んでしまっていた。
直接会いに行くのは家のしがらみ上、難しい。
だから庭園に隠れた。
隠れてジュリエットに会うために。
舞踏会が終わった後、招待客らが帰り使用人らが掃除を開始する。綺麗で由緒正しき人間らを招待したとはいえ汚れるものは汚れる。
ただし今の時間帯、深夜に掃除するのは色々と非効率極まりない。軽く寄せるように物を片付けて終わる。明日以降に持ち越して使用人らは床に就き始めた。
そうして、屋敷全体が暗くなる。
「今なら隠れて会いに行けそうだ……」
そう思い、ロミオは庭園の茂みから身を出した。
そして探索を開始したが、
「何処にいるんだ?」
当たり前の事であった。ロミオはキャピュレット家の事は全くもって知らないのだ。
しかも屋敷自体は鍵がかかっており、外の庭園に隠れていたロミオは入ることが出来ない。
どこか開いている窓はないもんか、とロミオは辺りを回り始めた。
そんな時であった。
ロミオを呼ぶ声が、風に乗って聞こえてくる。
ロミオは慌てて、草むらに隠れる。そうして耳をすまして辺りの音を確認する。だが歩音は聞こえてこない。ロミオを呼ぶ声はこの周辺にはいなさそうだ。
「ロミオ、ロミオ」
声がさっきよりも、はっきりと聞こえる。
その声は上の方から聞こえてくる。そちらの方を向くと、
「あなたはどうしてロミオなの!」
美しい少女。少女ジュリエットが、感情を爆発させるように声を出している。
二階のバルコニーが開いている。そこからジュリエットが声を出し――
「どうして、どうして! 神様は人の運命をもて遊ぶの! あんなにも運命的な出会いをしたというのに、どうして家の問題が! 歪みが! 私の恋を邪魔するのよ!」
――ロミオへの愛を語り、運命への呪詛を語っていた。
@
耳栓をしても無駄であった。俺は台本をすべて覚えている。覚えてしまっている。
つまり台詞が聞こえなくとも、二人の演技が、そのセリフを思い出させる。
――地獄であった。
彼女の口から語られるのは愛。だが、その愛が向かう先は俺ではない。
目を背けた。
彼女の晴れ舞台ともいえる場面ではあるが、見てて精神衛生上よろしくなさそうだからだ。
舞台裏、その奥へ足を進める。そこなら舞台は見えない。
「……どうしたの? もう見なくて良いの?」
途中、歩いている俺に語り掛ける声がした。そちらに視線を向けると、派手な衣装をした女子、ロザライン役の女子が居た。
……どう語るべきか。
まぁ嘘を言ったりするほどの大層な事ではない。かといって、これは俺の気持ち悪い短小な嫉妬心の話だし、詳しい事を語る必要性も感じなかった。
「長く見てると、ロミオを突き飛ばしそうに、なりそうだったから、逃げてきました」
そう言うと、ロザライン役は「あぁ」と声を小さく上げて優しそうな豊かな笑顔で、
「だったら次の出番まで休んだらどう? ほら、あそこの奥に運動マットが閉まっているから寝転んで。……時間になったら呼ぶからさ」
俺に対して気を使ってくれた。
「たすかります」
「いやいや、君の気持ちは分かるから。顔色も良く見たら悪そうだったし……膝枕でもしようか?」
「いや、そこまでは」
そう言って、奥へ再び足を動かした。




