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第3話 Anotherシュガー 佐藤 翔(サトウ カケル)の金たらい

 おかしな部屋の中から次郎じろうが姿を消したのと、ほぼ同じ頃。


 ある建物の屋上から街を見下ろす、2人の男たちがいた。

 1人の男は柵がない屋上のふちに座り、足を宙に投げ出しながら1点を見つめている。

 もう1人の男は立ったまま、自らの手に持つ通信機へなにやら大声をぶつけている。

 取っている態度こそ違えども、2人が見つめる先は同じ。両者が見つめる先に、注意を向けてみれば――路地裏を1人の男性が走っているのが見て取れた。

 走る男性はおかしなモノを大事そうに抱え、しきりに後ろを振り向きながら逃げ続けている。逃げる男性が気にしているのは、背後に迫る警官たちだろうか。警官たちは逃げる男性を目指し、路地裏を続々と駆け抜けていく。

 屋上の縁に座り様子を見守る男が、呑気な感想を漏らした。


「おーおー。ずいぶん粘るな」


 逃げる男性が通りを外れ、細い裏路地へと進路を変えた。すると、すかさず警官たちも進路を変えて後を追う。

 大きな荷物を抱えている男性の方が警官たちよりも走る速度に劣る。男性が曲がり角を曲がる度、しだいに犯人と警官たちの距離が縮まってきているようだ。男性が少しでも走る速度を落とせば、たちまち警官たちに追いつかれてしまうだろう。


「……おいカケル。あんまり呑気な事言わないでくれよ」


 そんな、逃げる男性と警官たちの逃走劇を。

 屋上の縁に座るカケルがのんびり眺めていると、カケルの隣に立っている男から注意がとんできた。


「大丈夫、やることはちゃんとやりますから。というより警官隊の皆さんを指揮するのはヤスさんであって俺じゃないのに、なんで緊張してなきゃいけないんですか」

「その点は心配してないが……2番組、目の前の角を左だ! 3番組はそのまま直進」


 カケルがヤスと呼んだ男は今、警官たちを指揮する立場にある。ヤスは路地裏を逃げる男性を俯瞰ふかんしながら、手に持つ通信機を介して警官たちへ指示を出していく。

 現在(カケル)とヤス率いる警官隊は、裏路地を逃走する犯人を追っている最中だ。犯人に複雑で見通しの悪い路地裏へ逃げ込まれた以上、無策で追っても捕まえることはできないだろう。

 そこで2人は周辺で1番の高所である、この建物の屋上に陣取ることにした。


「でもなぁ隣でゆるまれるとこっちまで気がゆるむんだよ」

「出番が来る前だけですよ、気を抜くのは。だから大目に見てください」


 網の目のように入り組んだ路地裏の全容を掴むには、高所から俯瞰ふかんするのが手っ取り早い。

 事実ヤスはたやすく路地裏の全容を把握することができ、こうして建物の屋上から警官隊に指揮を出すことが可能になった。


「うーむ……よし! 犯人が目標の通りに入った。後は他の道に曲がらないように左右の道を並走して、後ろからせっついてやればいい」


 警官たちと犯人が走り回る路地裏を、まるで盤面を上から見ているかのように。

 ヤスは全体を把握し、3隊に分けた警官隊を指揮していく。3方から犯人を追い立て、目標地点まで追い込んでいく。

 目標地点は、カケルとヤスがいる建物の入口前――複数の空中回廊が空をおおう、通称『多重交差点たじゅうこうさてん』の真下だった。


「俺もヤスさんの指揮を心配してないからこそ、こうやってのんきに構えてられるんですよ。いい具合に犯人がこっちに誘導されてきてますし」

「そりゃどうも……いいぞ、1番組はそのままの速度で追い続けろ。2番3番ともに今の通りを直進、この建物に向かって真っ直ぐ向かってこい」


 カケルとヤスが居る場所は、路地裏を構成する建物たちの中でも頭1つ抜き出ている。付近で1番高く目立つ上、付近の建物とも数多の空中回廊で繋がっているこの建物は目印としても役立っていた。 

 見通しの悪い路地裏を走る警官隊からすれば、カケルとヤスがいる建物は見上げて探すのにとても都合がいい。指示された通りに犯人を追いながら、1番目立つ建物目指して進むだけでいいからだ。自然と行動にも余裕が生まれる警官隊とは対照的に、犯人は知らず知らずのうちにどんどん逃走できる範囲を狭められていく。


「よし、そのままの速度を維持。諦めた犯人が立ち止まらないように、一定の距離を保ったままこっちに向かってこい」


 単純な目標設定ほど行動が正確になる。カケルとヤスの作戦は見事に的中し、犯人は順調に誘い込まれていく。

 そしてついに。逃げ回っていた犯人がカケルとヤスのいる建物前に到着した。


「よくやった。後は犯人を包囲したまま、オレとカケルの到着を待つだけでいい……カケル、オレたちも下に向かうぞ」

「りょーかいです」


  犯人をうまく目標地点に誘い込んだ警官隊は追跡から包囲へと行動を変えた。

 事がうまく運んだのを確認した2人は、屋上から階下へと続く階段を目指し歩いて行く。

 そして急ぎ足で階段を下りながら、2人は軽く会話を交わす。


「なんとか上手くいったな……あとは任せる」

「任された。ヤスさんたちは犯人が逃げられないように、周りを囲ってくれてるだけで十分です」


 2人が階段を下りきり、建物の前に出てみれば。

 無事に犯人を誘導し終えた警官隊が1つに集合し、犯人を取り囲んで説得している最中だった。


「お前には連続鮮魚炙れんぞくせんぎょあぶり容疑がかかっている! もう逃げ場はないぞ!」

「このあぶり魔め! 大人しく投降しろ!」

「被害にあった魚屋さんたちも、お前がちゃんと支払いさえすればそれで許すと言ってくれているんだぞ!? 今なら大した罪にはならないぞ!」


 警官隊はそれぞれが口々に犯人へ言葉を投げかける。

 包囲された犯人は大事そうに抱えていた大きな魚を振り回しながら叫ぶ。


「それ以上近付くな! 近付いたらこのマダラモンオオベニウオをあぶるぞ!? いいのか!?」

「おいやめろ! せっかくの特上品になんてことをするんだ!」

「仕入れ業者さんが泣くぞ!」

「新鮮なんだから刺し身で食えばいいだろう!?」


 たちまち警官隊から野次ヤジが飛ぶ。

 犯人は他の指で魚を捕まえたまま、右手の人差し指だけを伸ばした。続けて人差し指の先端に、小さく火を灯しつつこう言う。


「刺し身はあぶった方が美味いに決まっているだろう! このわからず屋ものどもめ!」

「だからといって魚屋さんが表に出していた魚をいっぺんに全部あぶらなくてもいいだろう!」

「仕入れ業者さんが泣くぞ!」

「夕飯のために魚を買いに来ていた奥様方の事も考えろ!」

「ええいうるさい! あれほどの鮮魚たちを適当に塩焼きにすることしか考えていない奴らのことなど、知ったことか!」

「「……はぁ」」


 犯人と警官隊たちの舌戦は止まない。段々とエスカレートしているようにさえ見える。

 カケルとヤスも、この光景には思わずため息がもれてしまった。


「……なあカケル

「……なんです?」

「なんでこう、発火魔法を発現した奴はこうも変な事件ばかり起こすかねぇ」

「一般人にはない、魚をあぶる力を手に入れたからじゃないですかね」

「お前手から火を出せるようになったってのに、用途が魚をあぶるだけってどうよ?」

「本人が言ってるように、焼き魚にならないように絶妙な火加減であぶれるよう、必死に修練を重ねた結果でしょう」

「いやそうじゃなくてだな……」


 カケルにだってヤスが言いたいことは分かっている。

 目の前で繰り広げられている、このどこかほのぼのとした事件を眺めていたいがために。

 カケルはヤスのいいたいことを分かった上で、分からないフリをして時間を稼いでいた。


「突然魔法を発現した奴ってのは、大体こんなもんですよ」

「うーむ……? いやどんなもんだよ」

「魔法を発現した者は、一般人とは感性からして変化するってことです。ヤスさんも身に覚えあるでしょう?」

「昔のことすぎて覚えてないな。というかカケルこそ最近新しく魔法を発現したじゃないか。でも何度も魔法を発現してるお前はまともだし……あの犯人だけがおかしいんじゃないのか?」

「俺は複数系統使えるから大丈夫なんです。だから同じように複数系統の魔法が使える、ヤスさんもまともなんです。あの犯人みたいに発火魔法しか使えないってなると……思想が単一化しちゃうんじゃないですかね」

「単一化?」


 当面の危険はないと判断したのか。ヤスは指に火をまとわせた犯人から目線を外し、カケルの方を向いた。

 2人は犯人と警官隊の魚を巡る言い合いをさかなに、益体やくたいもない会話に花を咲かせる。


「単一っつーと、発火魔法しか使えねえってことか」

「そ。単一の魔法のみ発現するからあんなコトになるんです」

「単一系統の魔法しか使えないからって、あんな思想になるもんかね」

「なるんでしょうね。単一思想の危険性をよく体現出来てますよ、あの犯人」

「危険性というか安全性を実証してるだけな気もするが」

「ハハハ……まあ一般人の方がよっぽど発想が危険ですもんね。魔法を発現すると物事の捉え方や元々あった考え方まで変わっちゃいますから。結果としては善良な思考になる場合も多い」

「……たしかにな。凶悪事件を起こすのは一般人な場合がほとんどだ」


 ヤスの言うとおり、魔法を発現し思想を変化させた魔法発現者たちよりも、思想の変化がない一般人の方が引き起こす犯罪の凶悪度は高い。

 おかしなことに、魔法を発現した者はなぜか思想にも変化が見られるのだ。魔法を発現する前はいたって平凡な人間であったとしても、ひとたび魔法を発現すれば突然変わった嗜好しこうの持ち主になる。


「オレもカケルも先天的に魔法発現してたからなー。普通に暮らしてて突然魔法を発現した人ってのは、イマイチ分からん」


 むしろ一般人が魔法を発現した時ほど、変わった嗜好しこうになりやすい傾向がある。

 先天的に魔法を先祖から受け継いだ者にはこういった思考の変化は見られないが、それは生まれた時点で『魔法を発現した者』としての思考になるからではないかと考えられている。

 

「その点は同意です。俺もヤスさんも、魚をあぶらずにはいられない! なんて思想になったことないですもんね」


 今回の犯人程度の凶悪さであれば、なにもこんな大人数の警官たちを動員して、ここまで大げさな作戦行動を取る必要もない……ハズなのだが。

 困ったことに、魔法発現者の方が一般人よりも単体で引き起こせる被害の規模が大きい。

 そのため、『魔法発現者が事件を起こした場合、魔法を使って抗することが出来ない無力な一般人を守るために、半強制的に警官隊が動員される仕組み』が成立してしまっているのだった。

 

「魔法発現者の方が一般人とズレた思想であっても、ズレた思想が複数混ざり合えばなんだかんだ言ってマトモっぽく見えるもんです。混ざり合ってないから、あんな魚をあぶりたくなってしまうんです」

「そんなもんかねぇ」

「まあ正直言えば俺は魔法発現者心理研究まほうはつげんしゃしんりけんきゅうの専門家じゃないんで。それに俺もヤスさんも発火魔法は使えないし……使えない以上、憶測の域を出ませんよ」

「うーんしゃーないか」

「しゃーないです」 


 さらに困ったことに、魔法発現者を直接確保することは一部の者しか許されていない。

 これは一般人が魔法発現者を捕まえようとして、おかしな思想に染まってしまわないため、という建前ではある。

 あるのだが、実際のところは魔法発現者に非魔法発現者の警官が無茶な行動を起こさなくても済むようにするための、防止案という側面が大きい。


「んじゃカケル、犯人があの上物の魚をあぶっちまう前に、頼むわ」

「俺としてはもうちょっと眺めていたかったなー……まあ、いいですよ」


 こういった事情が絡み合ったことで、非魔法発現者の警官隊は魔法発現者である犯人の周囲を取り囲むことに終始し、魔法発現者かつ指揮官であるヤスの到着を待つことになった。

 そして確保権を持つ一部の人間である――『解決屋』を営む佐藤サトウカケルが、こうしてトドメの任をになうこととなった。


「ここまでお膳立てしてもらえれば……」


 カケルが前に突き出した手が、淡い光を放ち始めた。

 犯人が誘導され、立ち往生しているのは立体交差の真下。建物の2階から別の建物の2階へと伸びる空中回廊の真上を別の空中回廊が通る、多重交差点の真下だ。

 そして空中回廊の裏面――地上にいる犯人からすれば真上にあたる部分――には、すでにカケルの魔法式が書き込まれている。


「……一撃で決められます」


 犯人は気付かない。警官隊たちに気を取られ、カケルの存在にすら気がついていない。

 犯人の油断を見逃すほどカケルは甘くなかった。突き出した手から光を放ち、最も得意とする魔法を発動させる。 


「だいたいキサマらはなにも分かっていない! あぶりこそ至高なのだ! それをだな…………」


 カケルが放った魔法は転移魔法。事前にA点へセットしておいたナニかを、B点に瞬間移動させることができる魔法だ。

 完全に意識の外となっている犯人の頭上へと、カケルはあるモノを転移させた。

 あるモノは一直線に犯人の頭目がけて落下し――直撃した。


「はぶっ!?」

 

 直撃したあるモノはがしゃああん、と大きな音を起こした。続けて何やら不思議な光を発生させ、犯人を包み込む。

 事象の中心に立たされた犯人は、何が自分の頭に当たったのか気付けずに。あっという間に意識を失い、地面へと倒れ伏した。

 犯人に直撃したあるモノは、大きな音を立てながら地面に転がる。

 地面に転がる、カケルが犯人の頭上へと転移させたあるモノ、それは――


「……効果てきめんってね」


 金属製と思われる、不思議な金たらいだった。

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