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第1話 ソルト1

 なんとなく、気になった。

 これといった目的なんてない。ただ気になったから入ってみた。

 たったそれだけの、簡単な理由だった。


 ――◇――◇――◇――◇――◇――


 彼――古庄コショウ次郎ジロウは日課のように通る道を、いつも通りに歩いていた。

 しかしなぜか、今日に限っておかしな明かりが目についてしまう。

 次郎は足を止め、初めて見る明かりを注視した。


「……ここにこんなのあったかな?」


 場所は繁華街はんかがいの一角。人が行き交う通りと通りの間にある、細い裏路地だ。道幅は2メートルもないだろう。

 いつも次郎が通り過ぎる時間帯には、この通りには一切の明かりがついていなかった。

 それなのに今日に限っては、1箇所だけ明かりがともっているではないか。

 ついつい気になり、次郎は裏路地の中に入っていく。

 店の前まで来てみたはいいが、この店は一体何を目的とした店なのだろう。さっぱり分からない。


「何の店なのかさっぱりだな」


 どうやら立地条件の悪い裏路地らしく、店の幅は1メートル程度か。店の外装は白黒2色の市松模様で、窓のないドアが1つあるのみ。

 そしてドアに打ち付けられた看板には、質素な文字でこう書かれていた。


「えーと……『シュガー&ソルト』……? 調味料関係の店か?」

 

 次郎は辺りを見回してみたが、手がかりになりそうな物は見つからなかった。

 これだけでは何の店なのか見当がつかない。

 運が悪いことに、この裏路地はいっさい人の往来おうらいがない。近隣きんりんの店にはすべてシャッターが降りているのもあって、誰にも話を聞けない状況ができあがっている。


(うーむ……てっきり深夜営業の店が固まっているんだと思っていっつも素通りしてたけど……変わったモノだけ取り扱う不定期営業の店って可能性もあるか。時間も余裕あるし、ちょっと探検してみるか)


 こんな状況でも、いやだからこそ次郎はこの店に興味を持ってしまう。もともと首を突っ込みたがる性分な上、こういった店は好みの範囲内だ。

 すぐ側には人が行き交っているし、まだ日が沈むまで猶予もある。

 何か危なくなれば、すぐに引き返せばいいだろう。

 そう判断した次郎は軽い気持ちで、明かりがついた店のドアを開け、中に入っていった。


 ――◇――◇――◇――◇――◇――


 ドアを開けた先には一本道があった。窓のない細い一本道は床も壁も、すべてが黒白2色のチェック柄で、照明も等間隔で天井から吊るされている。

 あまりにも規則的なモノしか見当たらず、なんだか不気味に思えてしまう。

 次郎は周囲を見ていた視点を、見渡せる限り遠くに向けてみる。

 すると一本道の先には、先ほど通ったドアと同じようなドアが見えた。


 とりあえず進んでみよう。あのドアの向こうを目指そう。


(なんか目がチカチカしてきた)


 そう思い次郎は歩いてみるも、なかなかドアまでたどり着かない。閉鎖された空間のせいか、次郎の遠近感が狂ってしまったようだ。

 数メートルのつもりが、何十メートルも歩いた気分になる。真っ直ぐ歩いていたハズなのに、上っているような、下っているような。

 どこか酔った足取りに、自然となってしまう。

 これではいけない。次郎は何度もまばたきをし、目頭をほぐしながらドアを開けた。


「――そこで止まれ!」

「!?」


 ドアを開け、次郎が部屋の中に頭を入れたとたん。室内から大きな声がした。

 次郎は思わず身体をすくめ、その場でビクリと跳ねる。何が起きたのか確認するために、声が聞こえてきた先を見直す。

 すると1人の男性が見て取れた。


「(あいつか?)……あのー」

「待て! 待つんだいいな? そこで立ち止まるんだ……いろいろと気になることはあるだろうが、まずはそこで立ち止まって私の話を聞いて欲しい。それと私が話している間口を挟まないでくれ」


 部屋の中には砂糖が焼けた臭いに似た、鼻につく甘い臭いが充満していた。

 異常な臭いに注意を引かれ、次郎は男を見るついでに、部屋の中を見回す。

 部屋の中も通路と同じく、壁も床も天井も。白黒2色の市松模様のまま。先ほどまで通ってきた通路と同じく、窓が1つも見当たらない。


(甘ったる! なんだこの臭い!? えーと窓はない……けど換気扇でもあるのか? 風は流れてるみたいだな……)


 もしかすると、今自分がドアを開けたことで風の流れが変化したのかもしれない。新しく開けた空間に向かって、甘い臭いが押し寄せてきたのかもしれない。

 次郎は改めて部屋の中を注視した。

 出入りできそうなドアは今自分が手にかけているこのドアのみか。四角い部屋の真ん中に、木製の大きい机が1つあるだけの質素な部屋だった。

 そんな部屋の中心で、机のすぐ側に立ちながら。見知らぬ男が次郎に向かって話しかけてきている。袋小路と言ってもいいくらいなこの閉鎖空間で、この男は一体何をしていたのだろう。正直言って怪しさしか感じない。

 次郎が不審な瞳で男を見ていると、男は再び話し始めた。


「……なぜこんなことを言うかというとだ。この部屋の中に入った時点で、私に許された発言権は3回しかないんだ。何を言っているのか分からないと言った顔をしているが、お願いだから黙って聞いてくれ。さっき君に向かって叫んだだろう? そしてそのあと君がしゃべってしまった。あの時点で発言権を1つ消費してしまったのだよ。今しゃべっている分が2つめの発言権なんだ。そしてこの発言権は、1分以上間を空けずに話し続ければ消費されない」

(……誰? おじさんか? くそっ顔がよく見えない……) 


 部屋に入る直前で呼び止められたせいもあるが、距離があることよりも照明の当たり方に問題がある。男の真上でこうこうと光を放つ照明が、男を怪しく照らしているせいだ。あの光のせいで、次郎には男の顔がよく見えないのだ。

 男の顔を詳しく見ようとすればするほど、次郎は天井に設置された照明が嫌に目についてしまう。

 次郎は目の上に手を当て影を作りながら。照明の光を目に直接当てないようにしながら、男をにらんだ。


(何なんだコイツ。いきなり意味が分からないことを……)

「一度整理しよう。君がしゃべらない上で、私が1分以上間を置かずにしゃべればいい。これが前提その1。それに加えてだが――」

 

 男の声の調子から察するに、次郎より年上なのは間違いなさそうだ。顔は見えないながらも、背格好からある程度の推測も可能だろう。

 次郎は一応年上に見える相手の意見を尊重し、部屋の入口前に立ち止まったまま、男の話を聞いた。

 そんな次郎の様子を見てか。男は机の上にある、不思議なライトを指差した。


「君からも見えるだろうが、この机の上に並んでいる赤黄青の3つのライト。これが発言権を表している。消費された発言権の分だけこのライトに明かりが点灯する。そして3つ点灯した時点でさらに発言してしまうと、私はこの部屋から飛ばされてしまうんだ」

(飛ばされる? どこにだよ)

「それで、だ。私は発言権に余裕を持ったまま、君にあることをしてもらいたいんだ。何をしてもらいたいかと言うとだね――」


 男は机の上から1枚のプリントを持ち上げた。顔の前さまで上げたプリントに、目線を泳がせている。どうやらあのプリントにはナニかが書かれていて、書かれているナニかを男が読んでいるようだ。


(何を読んでるんだ? くっそ遠すぎて見えないって)


 男が読んでいるプリントの内容が気になり、次郎は部屋の中に足を踏み出そうとした、その時。


「誰が部屋の中に入っていいと言ったァああああああ!!」


 男が口を大きく開き絶叫した。驚いた次郎は足を引っ込め、男の方を見る。

 すると男は眼球が飛び出しそうなほど目を開き、顔から汗を流しながらまくしたててきた。


「私は『そこで止まれ』と言ったんだッ! いいか!? この部屋に入るんじゃあない! 分かるか!?」


 鬼気迫る表情で、語気を荒らげ次郎に『止まれ』と告げてきた。

 あまりの上からな調子に内心怒りを覚えるも、次郎はぐっと我慢する。


「この部屋の定員は1名なんだ……ああそうかすまない、説明がまだだったな。分かってくれ。すでにこの部屋には私が居る。それなのに後から君が入ってきたら、どちらかがこの部屋から飛ばされてしまうんだ」


 怒ったかと思えば、急にうろたえはじめた。男の言動が、次郎にはまったく理解できない。


「(何なんだコイツ。意味が分からないし)どこに飛ばされるって言うんで――」

「なぜ喋ったあああああ!!」


 我慢よりも疑問が先に立ち、次郎は男を問いただそうとした。

 しかし男の絶叫によって阻まれてしまう。男はプリントを机の上に投げ捨て、次郎を指差しながら声を荒げた。


「私は! 喋るなと! 言ったはずだが!? 説明は最後まで聞けと、誰にも教わらなかったのか?  ……ああ、なんてことだ……君がしゃべったせいで、今私は3つめの発言権でしゃべることになってしまった。次に君が私の言葉をさえぎりしゃべった時点で、私は一切の発言することができなくなってしまう。もう後がないじゃあないか…………」

(コイツ……ッ!)


 男は何か言っているが、もう次郎の耳には入ってこない。度重なる罵声と、一切信用できない男の態度。この両者が次郎に『この男は信用できない』という答えを出させてしまった。

 今の次郎には、男の言うことに付き合う余裕はない。


(大体なんでコイツが言う事を信じてやらないといけないんだ? この部屋から一体どこに飛ばされるっていうんだ!? コイツが言ってることがデマカセかもしれないじゃないか)


 自分が部屋の中に入ったところで、何が起こるわけでもない。どうせ男が作り上げた妄言だろう。


(もう怒ったぞ。酔っぱらいのヨタ話に付き合ってなんかやるもんか。部屋の中に入って何が本当か分からせてやる!)


 次郎は意を決した。男の発言を否定してやるために、次郎は部屋の中に足を踏み入れた。


「なっなんてことをするだァああああああ!?」


 次郎の行動を見て、男性が声を張り上げるのとほぼ同時に。

 机の上からまぶしい光りが放たれた。

 直後、室内に轟音が響き渡り、突然室内の照明もすべて消え、室内は完全な真っ暗になる。

 最初の閃光で目をやられ、続いて雷でも落ちたかのような爆音に耳をやられた。 強烈な光を見た直後の暗闇だ。次郎は何も見えなくなる。

 思わず両手で耳をふさぎ、目を強くつむりしゃがみこんでしまう。


(はぁ!? なんだなんだ??)


 わけが分からずうろたえることしかできない。

 怯える次郎はしゃがみこみ、事態が収まるのを待った。


(……あ、明かりが)


 何秒ほどだったのだろう。明かりが再び点灯し、室内から暗闇が排除された。

 次郎はビクつきながらではあるが、立ち上がり辺りを見回す。


(ったく。一体なんだったんだ――って)


 悪態をつきながら周囲を見回していた次郎は、あることに気がついた。

 先ほどまで一方的にまくしたて、鬼気迫る表情で次郎を見ていた。

 あのおかしな男性が、部屋の中からいなくなっているのだ。


「――んなバカな!?」


 あわてて次郎は駆け出し、部屋の中心に立つ。

 同じ場所でぐるぐる回り、注意深く辺りを見ても――どこにも男性の姿は見当たらない。

 煙がひとりでに薄れ立ち消えるかのように。

 窓1つもない部屋の中から、男の姿が消えてなくなってしまった。


「……嘘だろ。さっきまで、ここに立ってたじゃないか」


 次郎は男性が立っていた場所に立ってみた。そして男性の挙動を真似してみる。

 たしかにここに、誰かがいたはずなのだ。自分が夢を見ていたのか?

 いやそんなハズはない。混乱した次郎は頭を抱え、机に向かってよろめいた。

 

「っとと……ん? これは……?」


 よろめいたせいで机に腰を打ち付けてしまった。思わず次郎は机の上へ手を伸ばし、体を支えようとする。

 すると伸ばした次郎の指がナニかに触れた。

 不審に思った次郎が指の先を見てみると、机の上には1枚のプリントが置かれていた。


「……これってアイツが持ってたプリントだよな……」


 次郎はプリントを掴みあげた。目線の高さにまでプリントを持ってきた後、読み始める。

 プリントに書かれていた内容に、次郎は驚きを隠せない。

 なぜなら書かれていた内容は、先ほどまであの男がまくしたてていた内容とほぼ同一だったから。自分が男の妄言だと信じなかったことばかりが、プリントに記載されていたからだ。


(アイツが言ってたことって、このプリントに書かれていたことだったのか……いや待てよ、このプリントに書かていることがおかしいって可能性は?)


 一瞬信じかけたが、すぐさま思い直す。次郎は男が消えた手がかりを探して、プリントに記載されている文字をくまなく注視した。

 すると羅列された文字の最後にこう書かれていることに、次郎は気がついてしまった。


(なになに……『この部屋の中で、この文を読み終えたあなた。あなたこそが、この部屋の住人になります。この部屋の定員は1名です。机の上にある砂時計が、新たな時を刻むまで。あなた以外の何者も、この部屋に入れてはいけません。もしもこの契約を破ってしまった場合、部屋の中から1人転移することになります』だって?)

 

 次郎は食い入るようにプリントの文字を追う。


(一体どういう意味だ? 転移ってのが、さっきの男が言ってた『飛ばされる』ってことか? 飛ばされるだけならさっきの男は生きてるのか!? ……あれ、ならもしかして、これって……)

 

 プリントの内容を理解した時、次郎の脳裏にある疑問が降って湧いた。

 突然消えていなくなった男を思い出し、そして自分の置かれた状況を把握し。

 次郎はある疑問を持ってしまった。


(もしも俺が居る定員1名の部屋に、後から他の誰かが入ってきたなら……転移するのはどっちだ?)


 首をかしげる次郎の耳に、カタン、と何かが動く音が届いた。

 急いで音の出どころに視点を動かすと、机の上にある砂時計が、ひとりでにひっくり返っているではないか。

 砂時計の中を、白い粉が流れ落ちていく。新たな時を刻むまでとは、この白い粉がすべて落ちきるまで、ということなのだろうか?


(バカバカしい。こんな部屋さっさと出て帰って……いいのか? 本当に?)


 こんなプリントに書かれた文面など信じる必要はない。最初はそう考えた。

 だが目の前にいた男はどこかに消えた。プリントの文面には男の消失に関わる内容が記されている。

 もしかして。もしかしてこのプリントの内容が正しいのであれば、この契約とやらを破ってはいけないのではないか?

 考えれば考えるほど、次郎の肩に恐怖がのしかかってくる。いつしか鳥肌も立ちっぱなしになっていた。


(まったく意味が分からないけど……とりあえずあの砂が落ち終わるまで誰も部屋に入れず、待ってればいいんだろ? こんなへんぴな所、どーせ俺以外誰も来やしないって)


 心の奥に恐怖を隠し、次郎は目いっぱい強がってみる。自分は怖がってなんかいない、消えた男のようにはならない。そう態度で表そうとした。

 しかしその時、ギイッと。ドアが何者かの手によって開かれる音がした。してしまった。


(は!? えっ嘘だろ――!?)


 ドアが開く音につられ、次郎は全力で振り向く。

 すると今まさにドアを開き、誰かが部屋の中に入ってこようとしているところだった。


「ちょ、ちょっと待ったー!!」

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