sleeping princess(眠り姫)
「いったい何をしているのかしらね、この男は…」
「ちょ、ちょっとまてメイド長。俺はやましい気持ちなんてこれっぽちもねぇ!」
エミリアの一声で身を震わせたリビィ。慌てふためいたかれは、自らが行おうとした行動の正当性を主張するが後の祭りである。
彼を見る彼女の双瞳はなんとも形容しがたい湿り気を帯びており、細めた瞼には曇天のようにも見える。それは、見えない槍となり彼へと突き刺さった。
端から見ていたリンベルは終始苦笑いを浮かべ、彼が置かれた不憫な状況を慰撫している。
「そんなことは分かってるわ。けれど、善意を形にしたいのなら、毅然とした態度と対応をして欲しいわね」
唐突に始まった説教にも似た時間。男としての本能かは理解しかねるが、席をはずし正座の体勢をとるリビィ。
「まぁ、他にも言いたいことは山ほどあるのだけれど、今はミリツァを自室まで運んであげなさい」
項垂れた頭へと毅然な様子で放ったエミリア。彼は「おぅ」と短く言様してミリツァの膝に腕をまわし、無骨な掌で背中を支えて抱き抱えた。刹那、彼女は目を覚ますかと思われたが一向にその様子はなく、寧ろより深い眠りに誘われ口元が弛んでいる。笑っている様にもとれるその口からは、形や主語が定かではない文章が紡がれていく。
「さながら天使の終息。と言った所でしょうかな、調理長」
「さ、さぁな。それよりこいつらを早く送り届けねーと」
今まで会話の流れに何一つ差し挟まなかったリンベルが唐突に振った言葉。照れながら慌てるリビィは顔を伏せる。しかし、視線上には慎ましやかな寝息をたてるミリツァ。つい目を奪われてしまう頬は、さながらマシュマロのように柔らかそうな弾力を携え、きめ細やかでつい触れたくなってしまうほどだ。
無論というよりか、なんというか、男の性なのだろう。彼女の頬を見る彼は明らかに挙動不審に陥っており、伸ばせない指先をもどかしく動かしている。
リンベルはただ生暖かい視線を送り口をもだす。その工合は多少ならずミリツァを女性として意識し始めたリビィに対しての餞別にも見てとれた。
「それで、貴方はこの後お時間は大丈夫なのかしら」
「何の話だよ」
余程意識を欠いていたのか、今程の話が耳にすら入っていなかったらしい。不思議そうな顔を見せ、小首を傾げた彼の様がそれを物語っている。