love of nothingnees(虚無の愛)
「そこまで感情を尖らせるなんて、旦那様らしくありませんね」
「気に障ったかい」
息を吐くように呟いた台詞。それは、今まで抱え込んだ曖昧な感情が表に出てしまった証拠なのかもしれない。
特に言い繕う様子もなく、ただ遠くを見つめるエドガーから漂う色彩は何処となく暗く、まるで闇を見つめているかのようだ。
「あの両親によって理不尽に生を受け、不条理に捨てられる。許されるべき事ではないし、胸の蟠りが晴れることはないのだけど、本当に許せないのは、私がこの娘達に本当の事を話せていないことその一点だ」
本当の事、それはアリス達の父親が放った一言だった。
「愛の無い肉体関係で生まれた子供に、愛が生じるわけがないだろう」
実際のところ、直接会えて話が出来たのは父親だけだった。
「母親は、工場長の娘さん・・・でしたよね、確か」
「ああ。体裁があるからと、頑なに会わせようとはしてくれなかった」
二人の関係は、惰性によって生まれた不倫関係。父親としか話せなかったのもそのためだ。
エドガーはその娘「フリューデル」を知っていたがため、無理な追及をすることを躊躇い真相を本人の口から聞くことが出来ず終いのままでいた。
「私の知っているフリューデルは、思慮があり、何より純粋な人の筈なのだが」
強く握った拳の中には、他人への憎悪より自分自身への不甲斐なさが溢れかえっているのだろう。
辛辣な表情の奥底には、恐らく誰も淘汰することは出来ない物が蠢き、自身の体を蝕んで行く。やがて彼が彼自身である理由も霧散して消え入ってしまうのだ。
そんな彼の横顔を静かに見ていたエミリアは、自身の無力さを噛み締め痛感していた。
マリアなら、きっと側に寄り添っただろう。
マリアなら、その痛みを共有しただろう。
マリアなら、彼の心にも触れられただろう。
今のエミリアには、どれもこれも行動に移す事が叶わないものばかりだ。いや、それよりも叶えるための勇気や、痛みを共有する行為への躊躇いが彼女を後込みさせてしまっている。
口では言える事柄の大体は、本当の心理や心裏を理解していないことと等しいもの。
その行為が間違いであると断定するのは難しい所ではあるが、彼女はその事を誰よりも実感し軽々しく上澄みだけを掬い上げては、さも心情を共有するような行動をしたくなかったのは事実だ。
相槌を打つわけでもなく、ただ時間だけが無意味に過ぎていく。ゆっくりと、ただ呆然と廊下から漏れだしたぼんやりとした光を見つめる二人。
しかしながら、ある約束の時間は刻々と迫っていた。




