tear(涙)
暫く黙っていた二人だったが、可愛いらしい訪問者によってそれは断ち切られた。
扉の番が鈍い音をたてて開くと、廊下の明かりが狭い室内に我先にと雪崩れ込んでくる。暗がりになれた二人の目にはその光でさえ眩しく感じられ、手で目を覆った。
「エミリアー・・・」
寝ぼけ眼で歩み寄ってくる影は、三姉妹の長女アリスだった。
片目を擦りながら、ふらふらと近付くその足元は覚束ず、両手に抱き締めている耳から綿の出た古い兎のぬいぐるみのお陰で、辛うじてではあるもののバランスを保っていた。
変わらない調子で、半分程の距離まで歩いてきたアリス。しかし、急に歩みを止め立ち尽くしてしまう。
「うぅ・・・エミリアぁ・・・」
アリスの大きな瞳から大粒の涙がこぼれ落ち、小さな体は弱々しく震える。鳴き声を必死に堪えているのは、長女としての尊厳なのだろうか。
「どうかしたのですか、アリス」
エミリアは肩を揺らしながら、声を圧し殺しているアリスに近寄った。怪我でもしたのではないかと内心恐々としていたのだが不安を覚えるような外的異常は見当たらず、特に痛みを我慢しているようにも感じられない。しかし、何時ものアリスからは想像も出来ない程涙に濡れた顔は痛々しく、エミリアの胸を締め付けた。
そんな二人を、一言も挟まずに見守ってエドガーだったが、エミリアを見かねたのか助け船を出す。
「アリス、どうした。怖い夢でも見たのかい」
ハッとした様子のエミリア。懐中時計を廊下の明かりに照らしてみると、時刻は間もなく九時になるところ。彼女達とリリムの就寝時間を三十分ほど過ぎていた。
「ううん、違うの旦那さま」
優しく問いかけたエドガーに首を軽く横に降るアリスは、抱いていたぬいぐるみをより強く抱き締める。体の震えは治まったようだが、まだ微かに指先は震えていた。そんな行為に何かを感じ取ったのか、優しく微笑むエドガー。
「そうか、なら三人でお話でもしないかい」
「ふぇっ・・・」
会話が急角度に変わり、アリスは何とも間の抜けた返事をしてしまう。横で聞いていたエミリアも、内容を全く把握できずにいた。
「今までメイド長と二人で話していたんだが、丁度話すことがなくなって困っていた所なんだ。勿論、アリスさえ良ければなんだが何か話してくれないか」
相も変わらず優しい表情のエドガー。そんなエドガーを見たアリスの震えはいつの間にか止まり、何時ものやんちゃな顔に戻っていく。
「うん。楽しいお話が出来るかわからないけど」
「そんな事はない。エミリアももう少し付き合ってくれるかい」
柔らかな表情のまま、エドガーはエミリアにも微笑んだ。




