cattleya(カトレア)
何事もなかったかのようにエドガーは続けた。
「さよならがあるから、出逢いが美しいものとは限らない。私は、出逢わないということを守ることで美しい世界を保っていられる」
「マリー・カトレアの台詞ですね」
「ああ。大分前に読んだというのに覚えているものだな」
暗がりにも目が慣れたのか、お互いがお互いの姿をぼんやりとだが認識出来るようになっていた。表情まで認識出来るほどではないが、何も見えないのとでは雲泥の差がある。
エミリアは、どうにか見えたテーブルに物語の断篇をそっと置く。エドガーが先程抜粋した文章も、そのなかに埋もれていることだろう。
「さよならも言わずに」に登場する薄幸の少女、マリー・カトレアが主人公に語ったその言葉はエミリアの脳にもはっきりと浮かんでいた。
「彼女の心中はなんとなくわかり会えるところがあって好きですね」
「そうかな。僕は少し解りかねるね」
「そうでしょうか」
意見の相違に少しばかり肩を落とすエミリア。切り出した思いは交わることを知らず、形なき物が二人の間を漂う。
「もし仮にカトレアの言っていることが正しかったとしても僕は、屋敷の皆やマリア、それにエミリア。そんな沢山の人と出会っていない自分が想像できないからね」
「一理ありますけれど、詭弁のようにも捉えられますね」
「僕は、出会いの喜びも別れの悲しみも知っている。空論や憶測だけで話をしているわけではないよ」
若くして様々な重圧や悲しみと戦ってきたエドガー。栄華の影に隠れた暗い部分は誰しもが知っている訳ではなく、当たり前の事ではあるがごく一部の限られた人にしか分からないのだ。エミリアが彼の心根に手を掛けて、理解しているのはきっと半分もありはしないだろう。
「もし、もしも例えばの話で聴いてください。私が、明日居なくなったらどう・・・思いますか」
心を暴くのは無粋で、思慮に欠けていることは重々わかった上で挟んだ疑問。良い返答を求める事を望む訳でもなく、期待する訳でもないその疑問に対する真意を聞きたかったのだろう。マリアが亡くなったあの朝、安らかな顔で横たわる側で悲痛な面持ちを浮かべた彼が言った言葉。その言葉をもう一度。
「さよならも言わずに旅立つなんて、君らしくもない。皆、君の事を慕っていたと言うのに」
やはり、卑しい。そう感じたエミリア。
望みも期待もしていないと言うのに、マリアに掛けたその想いを、思いを自身にも宛がってほしいと考えている時点で、真意も何もないのだから。




