fragments of memories(思い出の断片)
「ガタンッ」という音に、静寂は失せてしまう。
「すまないエミリア、腕に引っ掛けて何かを落としてしまったようだ」
エドガーは足元に落ちたそれを拾い上げたのだが、紙のようなものが再び足元に散らばり落ちる。乾き、床を擦るように落ちたそれの一片がすぐ側にいたエミリアの足を撫でるようにあたる。
膝を深く曲げ手に取った瞬間、その正体が何なのか彼女は瞬時に把握した。
経年劣化でざらついた紙の質感、指に吸い付くような感覚、どれもこれも馴染みのあるものだった。
「ふふっ、忘れてしまわれたのですか。この本の事を」
足元に散らばる無数の紙は、先程までエミリアが大切に抱えていた本、それがバラバラになった一部。作者の思いが綴られた、断篇なのだ。
「さよならも言わずに・・・か。そんな古い本を長い間持っていてくれたのか」
「勿論。私の大切な思い出ですから」
手探りで可能な限り、物語の断篇を集めていく。日焼けした紙は、少しでも乱暴に扱ってしまえば脆く破れてしまい、乾いた床に強く擦ってしまえば作者の想いが込められた文字もかすれていってしまう。
しかし、紙を捲りあげるエミリアの手つきは一切の淀みも迷いもなかった。
赤子を抱き上げるかのような、或いは穏やかな水面に波をたてないよう水を掬うよな。なんとも繊細で、柔らかで澄んでいた。
かさり、かさりと音をたてながら吸い込まれるように彼女の手中に集まっていくその音を、エドガーは耳を澄ませ目を閉じながら聴いていた。
「まるで、物語が紡ぐ音楽のようだ」
紙のオーケストラとでも言えば良いのだろうか
。何ともロマンチックに溢れている比喩表現がエドガーの口から紡がれた。
気取るわけでもなく、傲るわけでもなく、何気なく生まれでたものだ。普通、こんな言葉を口にする人はとんでもない女好きか、脳内が常に幻想的な人だけだろう。
「あら、なんとも詩的な表現ですね」
「柄に合わないかな」
「・・・そんなことはありませんよ」
一瞬間が空いてしまったのは「貴方なら」と付け加えるかどうかを迷ってしまったからだろう。エミリアが産み出したその間に、心に浮かんだ一文を付け加えるべきか否か悩んでいる様子が伺えた。
宙に浮かんだ言の葉は、先程の小説の断篇が滑り落ちるかのように暗い床にゆっくりと落ち、やがて染み入るように消えていく。会話の往復も彼女が塞き止め、沈黙の足音だけが部屋に充満してしまう。
「彼女は言った。別れが存在している限り私は誰も愛さない・・・と」
エドガーが急に放った一文はふわりと宙を舞い、沈黙の足音を遠ざけていく。