sigh(吐息)
いくら幼少期からの仲とはいえ、主であるエドガーを気安く呼ぶには余りに身分が違いすぎる。
一変、今度はエミリア自身が戸惑い、押し黙る格好になってしまった。
「どうしたんだい、エミリア。もしかして、私にも可笑しいところが有るだろうか」
声色を変え、少しふざけるかの様に身に纏っている服を翻しながら笑う。
幼少時代を彷彿とさせるその笑顔に、エミリアの胸は締め付けられ、徐々に苦しさを増す。
(真実を伝えても尚、貴方の優しさは私に向いているのでしょうか・・・)
如何なる悪い記憶であっても、時間という存在によって蜃気楼の様に揺らぎ、風化していき、やがてその記憶は消えてしまう可能性がある。
しかし、個人にとって記憶の優劣は無論その個人自身の裁定に委ねられるものであって自身の記憶が、他人の記憶の位とイコールになることはほんの僅か。だからこそ人は、共有できる範囲が限定される記憶を表面上に出し、他者との繋がりを確保しているのだ。この場合、限定される記憶の例になるのが、自身の趣味や出生、これまで生きてきた中でも割と明るい部分などが該当するだろう。
"人一人を殺める"
そんなエミリアの記憶は明るい訳もなく、善行とされる訳でもなく、ましてやエドガーと同様幼馴染みであり旧友、そしてエドガーの妻だったマリアを殺めた記憶が、誰にも理解されることのない事実だというのはエミリア自身解りきっている事だった。
思考が悪い方へ悪い方へと螺旋を描き、脳も体も得体の知れない黒い何かに飲まれそうになっていく。
いや、すでに飲み込まれているのかもしれない。
「リア・・・ェミ、リァ・・・エミリア、エミリア!」
現実へと引き戻したエミリアを呼ぶ声は、いつにもまして荒く、不安も混じっていた。
「大丈夫かい」
曖昧な次元をさまようかのように、ただただ呆然としているエミリア。
読書をする際に灯した灯りが徐々に力を失い、二人の影も徐々に薄れてく。
再びの静寂と、暗がりの中に潜む二つの吐息。微動だにすることなく、一定のリズムで交わるその吐息。
そんななか、意識をはっきりとさせ落ち着かせたエミリアは、事態を把握することが出来ずにいた。目には見えない息遣いが二つ。片方は自分自身、もうひとつは目の前に感じている。
「しまった。蝋燭が消えてしまったんだな」
そう言うと、すぐ目の前にある熱が僅かに動いた。




