wrinkle(皺)
読みかけの本を開いてからどのくらいの時間が過ぎただろうか。数分、数十分、或いはもっと経っているのかも知れない。
しかし、エミリアは開いた本の内容も、時間の流れも感じとることのないまま、ただただぼんやりと広げた本を眺めていた。
その本は、いたるところが焼けていてうっすらと黄ばみ、ページを支えている背の部分も破けてしまっている。そのため自らの指で押さえていないと中身ごと滑り落ちてしまう程に。
「未練がましいのは重々理解はしているのだけれど、どうしても捨てられないものね」
誰に問うわけでもなく、ただ霧散して行く言葉たち。少しばかり沈んだ室内の空気がまた少し落ち込んでしまうのを感じる。
その淀んでしまった空気を感じとったエミリアは、開いていた本を閉じると壊れ物を扱うかのように抱え立ち上がり、窓へと歩む。
「いい風ね」
開け放たれた窓の向こうからは、夕凪の中頬を撫でていった風とはまた違う、どこか懐かしい風がエミリアの体をを吹き抜け室内に流れ込んで行く。
その風は瞬く間に重く沈んだ雰囲気を払い、室外へと追いやっていった。
懐かしく、涼やかな風と空気を目一杯に吸い込むエミリア。息をゆっくりと吐きながら大事に抱えた本をそっと本棚へと立て掛けた。
だいぶ横になっている時間が長かったお陰か、体がだいぶ軽くなったのを感じているエミリア。裏腹に、脳裏に焼き付いている記憶を夢にまで見るようになってしまった心は以前として晴れてはいないだろう。健やかな風ではあったものの、全ての憂いを払うほど強かではなかった。
そんななかふと鏡を見ると、着たままになっていたドレスに皺が入っているのに気付く。
皺を伸ばそうとするものの、着衣したままではどうも上手く出来ずに齷齪してしまい、結局一度脱いでからにすることにした。
持ち主から離れた青のドレスはまるで魂が抜けた脱け殻の様になり、見えない部分もあちらこちらに皺が入っている。
エミリアは部屋着にしているシャツを羽織り、窓際の椅子に腰掛ける。アイロンを探して部屋を見渡すが見当たらず首を傾げていると、扉を叩く乾いた音が唐突に響き、大きく肩を揺らすエミリア。
「エミリア、調子はどうだい」
扉を叩いた主はエドガーだった。