wine(ワイン)
「あの日、いつも昼前には来るワイン業者が珍しく夕方に来たんです。しかも、見た事の無い方だったので不審に思いましたが、転職したと言っていたのでそれ以上の事は・・・」
今でも克明に覚えているマリア亡き日の出来事を、なぞるように語るエミリア。
まるで自分も被害者の様な口ぶりだ。
「本当にそれだけか?」
「思い当たるのは、その業者から遅くなってしまったお詫びの品としてワインを一本贈られた事でしょうか」
あの晩、ある噂の真意を確かめるためにエミリアは、そのワインを持ちマリアの自室を訪れていた。
その噂とは、マリアがエドガーに黙って企業の資金を私的に運用しているというものだった。
根も葉もない噂だったが、火の無い所に煙はたたない。
「ちょっと待った、そのワインってこのボトルと一緒か?」
ドロスは、バーカウンターの下から一本のボトルを引き出した。フルボトルだったのだろうが、口の部分は割れてしまっている。
辛うじて残っているラベルには、パルメと印字されている。エミリアは見覚えがあったのか「あっ」と声を上げた。
「ええ、ラフィットにエルミタージュを混ぜたヒストリカルブレンドのフルボトルです。でも、なんでドロスさんが同じものを」
シャトー・パルメは本来そのブランド、生産者を指すのだがエミリアが貰ったものはラフィットにエルミタージュを混ぜたワインだった。明らかに、偽造されたワインだという事をドロスは見抜いていたようだ。
「さっき店を荒らされたのは話したよな。その時荒らしてったのがワイン業者だったんだが、うちもお前んとこと似たような状況だ。夕方遅くにきて、詫びの品だとこのワインをおいてったんだが、明らかに偽装ワインだと分かったんで問い詰めたらいきなり暴れだしてな」
訝し気な表情を浮かべるドロスは、エミリアに背を向け背後にあったボトルキープの棚に目をやる。
視線の先には焼き焦げた後だろうか、木製の棚の一部が炭化している部分がある。
「一応お引き取り願ったんだが、捨て台詞と言わんばかりにそいつらの中の1人が『これは余興だ。派手な爆発の為のな』と残してったんだよ」
「それが、マリアが亡くなったのと関係があると?」
話が突飛すぎて、とてもではないがマリアの死と関係しているとは思えないといった様子のエミリア。
椅子に軽く腰を乗せて座っていただけだったが、腰を奥にして深く座り直したエミリアはふと1つの疑問が過った。