trust(信頼)
まず先に声を上げたのはエドガーだった。
「一体何に気を付ければいいんだい」
首を捻り考えながらの問。それもそうだ。
実直で誠実を体現したようなエドガーにとって同業者の嫌悪こそ有るものの、恨み妬みを買ったりするような事は無いはずだ。首を傾げて思い当たる事柄を探す事は、そんな人にとって湖に落ちた小さな装飾品を見つける行為よりも難しい。エミリアにも恐らく同じ事が言えるだろう。
ただ1つ、後ろめたい事を除けば。
勤務態度良好、人柄も良くコミュニケーション能力にも長け、人徳のある人間像を曇らせるそんな後ろめたい影。
「詳しい事は俺にも分からないんだが」
とても言いずらそうにしているドロスの目元は、何かを訴えかける様にエミリアを捉える。
思い当たる節があるエミリアは、その視線の意味を瞬間的に悟り口を開く。
「旦那様、ここは私が聞いておきます。無意味な情報は日々の業務に支障をきたしかねないですからね」
「いや、しかし・・・」
お人好しで、心配性のエドガーだ。エミリアに全てを任せる事を良しとしなかったのだろう。椅子から立ち上がり、そう口を開く。
呼吸を置くほどの間は一瞬にして店内を支配し、話を切り出す糸口すらも消えかけそれが沈黙を連れてくる。
一体どのくらい時間が流れたか分からないが、エミリアは微動だにしない。いや、この状況ならば出来ないという方が自然だろうか。何故なら一歩判断を間違えれば抱えている秘密に感付いてしまう危険性が有ったからだ。
そんな沈黙の中、エミリアは魔法の言葉を紡いだ。
「私の事、信用できませんか」
肩を少し揺らしたエドガーは、そのまま出口に向かって歩きだす。
エミリアのその魔法の言葉は、どうしようもなく困ったときに発する言わば最終兵器だ。勿論、エドガーにのみ効果を発揮するものだが。
無言の中歩く主人に一礼をして元の椅子に腰かける。
「畏れ入ったよ。父親に似て頑固者の奴を一瞬で下がらせるなんて」
目を丸く見開いてエミリアと、エドガーの取り巻いていた空気が残る出口を交互に見るドロスは、関心を通り越して尊敬の眼差しを向けている。
そんなドロスはシェーカーを再び取り、軽く撹拌して背の高いグラスに中身の液体を注ぎ込む。
青々と深い色を纏っているその液体は、大きく口を開いたグラスに吸い込まれて行き透明なグラスさえも青色に染めていく。
全てそそぎ終わりシェーカーを置く音が空に混じる。
「あの日、あの夜、一体何があった」
包み隠す事ない言葉が、先ほどの音を内包した空を切り裂いた。