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天宮の煌騎士:短編集  作者: 真先
Episode 2: 聖剣伝説
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剣を作ろう!

「……これが〈無刃の剣〉か?」

「左様。これこそが《剣聖》アスタークの佩剣。……さあ、手に取ってとくと御覧じろ」

「全長約10インチ。重量約20オンス。グリップは黒檀に金の縁取り。……伝説にある通りだな」

「外見などどうでもよろしい。重要なのは中身よ。使用錬光石はボール型が一つ――その一つこそが重要なのだ。さあ、起動してみるがよろしい」

「……? 刃がついていない?」

「高純度精製された錬光石を使用しているので、ブレード色は無色透明。肉眼で視認することは出来ぬのだ。伝説では『剣才なき者はその刃を見る事すらかなわず、振るうことが出来るのは真の達人のみ』とある。感じるのだ――目で見るのではなく、感じるのだよ。……どうだ? 貴公にこの剣の真の姿が見えるか?」

「……おお! 見える、見えるぞ! まさしくこれぞ、伝説の聖剣! まさか現存していようとは思わなんだ。一体どこでこの剣を?」

「作ったのだよ。我がスベイレン技術開発部が総力を結集し作り上げた最高の一品よ!」

「作ったって、……つまり偽物って言う事?」

「偽物と言ってくれるな。文献を元に忠実に再現した複製品です。性能的には本物と遜色ない出来栄えよ。複製品とはいえこれほどの名品、そうそう出回るものでは無い。買って損は御座いませんぞ?」

「しかし、偽物、……いや複製品にしては、ちと高すぎる」

「今なら新入生歓迎セール期間中! ご奉仕価格の29800カラット!」

「いや、そんな半端な数字にしてお得感出しても騙されないし。消費税入れたら30000超えるじゃない」

「最大60回の分割払いで月々のお支払いも楽々! 金利手数料は当方負担!」

「うーん……」

「今ならサービス期間中! パン切り包丁とぺティナイフ、キッチン鋏の三点セットがついてとってもお得!」

「買った!」


 ◇◆◇


 桃兎騎士団を率いるエルメラ・ハルシュタットは金融財閥ハルシュタット家の一員である。

学生の身分であるがエルメラはすでに家業である銀行業に参加していた。肩書きだけとは言え、エルメラはハルシュタット銀行スベイレン支店の頭取と言うことになっている。

彼女の元にはハルシュタット家の威光にあやかろうとする企業や貴族と言った来客者たちが絶え間なくやって来る。

そういった来客者をもてなす為、エルメラは寮長室の正面に待合室を設けていた。待合室には不意の訪問客に備え、常時お茶とお菓子が用意してある。お茶は地上にある自家製農園のオリジナルブレンド。お菓子は食堂に居るお抱えのパティシエが作ったものである。

 エルメラ・ハルシュタットはこの豪華極まる待合室に、桃兎騎士団寮の中核を担う上級生たちを待機させるよう心がけて居た。客人用に用意された茶菓をつまみ食いをする権利を与える代りに寮内に山積する仕事を押し付けるためだ。

その待合室に新入生三人が訪れたのは、新学期が始まって二週間ほどが経過したころであった。


「剣を作ってくれ?」


 訊き返したのは監督生のライゼ・セルウェイである。

 その巨体をソファーに沈め、午後の紅茶を楽しんでいた上級生は、露骨に顔をしかめる。

ライゼの正面には三人の少女達が居た。

 金髪碧眼。背格好も顔立ちもよく似た少女達が一斉に首を縦に振る。

 

「うん」

「はい」

「ええ」


 三様に頷く彼女たちにライゼは困惑する。


「何だっていきなりそんなことを……」

「学校の宿題だろ?」

 

 突如、話に割り込んできたのは隣に座っていたラルク・イシューであった。

 女たらしで有名なラルクは、女性の気持ちを読み解くことにかけては天才的な能力を発揮する。少女達の意図にもすぐさま気が付いたらしい。


「剣術の授業で課題が出されるだろう? あれだよ」

「ああ、そういうことか」


 納得するとライゼは苦笑する。

 わかってみれば何ということは無い――騎士学校の恒例行事であった。


 スベイレン騎士学校の剣術課程で、最初に学ぶのが剣の作り方である。

最初の授業で光子剣の内部構造と構成される部品群について一通り説明を受けると、生徒達は教官達から剣を一振り作り上げ持ってくることを命じられる。

期限は次の授業まで。

 その授業で新入生達は、自らが作り上げた剣を使って模擬戦を行うことになっている。

 生徒達は剣を作ることでその構造を理解し、模擬戦で使用することにより剣の扱い方を学ぶ。実に合理的なカリキュラムであった。


 これからしばらくの間は学校の工作室は、新入生達に占領されることになるだろう。

 剣を作るのに必要な部品と道具を抱え校舎を行き交う新入生達の姿は、秋の訪れを予感させる季節の風物詩であった。


「……って、要するに宿題を手伝えと言いたいのか?」


 後輩たちの言わんとする所を理解したライゼは慌てて、ソファーから身を起こす。

 上級生として後輩たちの力になるのはやぶさかではないが、授業の課題を手伝ってやるほどお人好しでも暇でもない――何より面倒くさい。


「ダメだ、ダメだ! 宿題なんだから自分でやらなきゃ意味ないだろう?」

「自分で出来ればお願いになんか来ませんよ」


 口を尖らせ真正面から反論したのはポニーテールの少女――シルフィ・ロッセであった。

監督生を相手に臆することなく、出された課題に対する不満をぶちまける。


「一時間ほどの授業と教科書に書かれている記述だけで、いきなり剣を作れなんて言われても無理ですよ」

「部品買ってきて組み立てるだけだろ? 簡単じゃないか」

「そりゃあ、男の人なら簡単なんでしょうけど。あたし達は女の子なんですよ? 機械いじりなんて、今までやったこともないんですから」

「……成程」


 騎士社会に押し寄せるジェンダーフリーの波も、長年にわたり培われて来た性別による役割分担まで払拭するには至っていない。

 料理が苦手な男が居て、機械いじりが苦手な女が居る。こればかりはどうしようもない。


「だったら、ヤンセンさんに頼めばいいじゃないか」


 沈黙するライゼの横から、ラルクが助け舟を出す。

 宿題の手伝いをしたくないのはラルクも同様であった。この場に居ないもう一人の上級生――ヤンセン・バーグに押し付けようと試みる。


「あの人は武器の専門家だ。剣の一本や二本、あっという間に組み立ててくれるさ」

「私たちも、ヤンセンさんにお願いしようと思ったんですが……」


 そう答えたのはツインテールの少女――ミューレ・エレクスである。

 桃兎騎士団の――いや、スベイレンにおいて最高の技術者に頼ることは、彼女達も真先に考えていたらしい。


「でも、お忙しいみたいで会うことが出来なかったんです。研究所にこもりっきりで、出てこないんです」

「じゃあ、リドレックに頼めよ。あいつも機械仕事は得意だぜ。ヤンセンさんの助手だからな」

「リドレックも無理です。総督府のお手伝いで忙しいようです」

「……うーん」


 ラルクは呻き声をあげた。

 腕組みして考える。リドレックまでもがダメとなると、いよいよ他に雑用を押し付ける相手が居なくなった。


「そんなもん、職人に頼めばいいじゃないか」


 そこでようやく、同席していたサイベル・ドーネンが会話に入って来た。

 上級生とは言えサイベルは在籍二年目。剣制作の授業は去年経験したばかりであった。


「職人のいる工房に行って依頼をするのさ。オーダーメードの剣はいいぜ。手のサイズから腕の長さまできっちり寸法を測って、自分にあった剣を作ってくれるんだ。素材から切れ味の設定まで細かく選ぶことが出来る。手間と時間はかかるけど、」

「成金」


得意げに語るサイベルに軽蔑の眼差しを向け、ラルクは冷たく言い放つ。


「……な、何だよラルクさん。その言い方!」

「そうやって何でも金で解決しようって考えが、成金だっていうんだよ」

「専門家に任せるのが、どこがいけないんだよ! 素人工作の方がよっぽど危ないだろ。接合間違えて暴発したり、手を滑らして指切り落としたら大変じゃないか」

「え~っ!? そんなに危険な作業なの!?」


 悲鳴を上げたのは三つ編み髪の少女――メルクレア・セシエだ。

 サイベルの話が余程、恐ろしかったのだろう。顔をしかめると頭を左右に振った。


「やっぱり無理だよあたし達には。先輩たちに任せた方が……」

「いい加減にしろお前達」


 わがままを言う新入生達を窘めたのは、ミナリエ・ファーファリスであった。

 ティーカップをテーブルに置くと、立ち上がって説教を始める。


「課題は新入生全員に出されているんだ。条件は全員同じ、男も女も関係ない。お前達だけ、特別扱いしてもらえるなどと思うな」

『…………』

 

 ミナリエの叱責に新入生達は項垂れる。

 同じ上級生でも同性相手では勝手が違うらしい。さっきまでとは打って変わって、新入生達はおとなしくミナリエの説教に耳を傾ける。


「騎士を目指す以上、女だからなどという言い訳は通用しないんだ。性別による役割分担から脱却してこそ、初めて自立した女性として……」

「……って言うかさ、ミナリエ?」


新入生の前で偉そうに講釈を垂れる同期生に向けて、ラルクは半眼でねめつける。


「お前も新入生の時、リドレックに剣を作るの手伝ってもらったんじゃないのか?」

「うっ! いや、それは……」

「リドレックに聞いたんだけど、お前達が初めて会ったのは学校の工作室なんだって? お前、バッテリーを逆さまに取りつけようとしてたそうだな?」

「それは、そうなんだけどっ!」

「見かねたリドレックが、手伝ってやったって言ってたぞ。お前すんごい不器用だからな。結局、リドレックが全部……」

「いや、私は自分でやろうとしたんだぞ!? それなのにリドレックが勝手に……」


 慌てて言い訳しようとするが、時すでに遅し、


「あーっ! ずるーいっ!」

「ミナリエさんも男の人に頼っているじゃありませんか!」

「だったら、あたしたちがお願いするのだって構わないじゃありませんか!」


 メルクレアが、シルフィが、ミューレが、一斉にミナリエを非難する。


「ううっ」


 新入生達の糾弾にミナリエが沈黙する。

 最後の砦が陥落すると、彼女達に逆らえるものは居なくなった。

 

『課題、手伝って!』


 こうして、上級生達は課題を手伝わされることになった。



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