巡礼は続く
戦巫女を倒したリドレックを村の男たちが出迎える。
村の中にランディアンの姿はない。驚くべきことに村の男たちはランディアンを全て倒してしまったらしい。
彼らの手の中にはいまだ光子武器が握られている。殺気立った気配をみなぎらせ、村の男たちはリドレックを取り囲む。
その中の一人、肩に長銃を担いだベッポが前に出た。
錫杖の先端にぶら下がった短剣を見て、複雑な表情で笑う。
「見事な腕前だな。白羽」
「…………」
久々に訊くその呼び名に、リドレックは身を固くする。
既に田舎者の振りをする気も無くなったらしい。ベッポは訛りのない公用語で
「一人で戦巫女を倒すとはな。さすがはスベイレン、みそっかすでもこれほどの腕前とは……」
「やはり、ただの猟師では無かったか」
「とっくに気が付いていたのだろう?」
「まあな、気が付いたのは食事での会話だ。ただの猟師が騎士学校の存在を知っているはずがない。あんたも騎士だったんだろう?」
「元、騎士だ。今は民草と共に戦う革命の闘士だ!」
胸を張り、ベッポは誇らしげに宣言する。
革命の闘士などと言っても、要するにただのテロリストだ。
十字軍の目が届かない辺境の開拓村は、反帝国分子が潜伏するのに最適な場所だ。
貧しい村では帝国に対して不満を抱える若者たちが大勢いる。無学な彼らを洗脳し、同志にするのは造作もない事だ。
「領主を殺したのもお前達だな?」
「御推察のとおりさ。何でわかった?」
「ランディアン達にとって、戦いは神聖な儀式だ。遺体の一部を切り取って身に着けるのは倒した敵に対する敬意の表れ。遺体を焼き尽してそのまま放置するような事などしない。そして彼らは強い敵と戦う事を何よりの誇りとしている。民間人ばかりの村を襲ったりなどしない。ランディアン達の狙いはお前達だったんだ」
「何でもお見通しってわけかい。でも、さしもの白羽殿も、あの恥知らずの領主がこの村で行っていた破廉恥な振る舞いまでは知るまい?」
「どんな理由であろうと知ったことか。お前達は荘園領主を殺害した。これは帝国に対する反逆行為だ。まったく、馬鹿な事をしたもんだ。反逆罪は連座制だ。村の全員が処罰の対象になるぞ」
「バレなきゃ問題ない。幸いなことに知っているのはあんた一人。巡礼者一人が消えた所で、誰も気にも留めないさ」
嘲るように言うと、ベッポが後ろに控えていた村民たちに合図する。
村民たちは武器を構えリドレックにむかってにじり寄ったその時、
「止せ!」
村民とリドレックの間に突如、村長が割って入った。
「みんな、武器を降ろせ!」
「しかし、村長! こいつをこのままにしておくわけには……」
「黙れベッポ! この人殺しめ! ふざけた革命ごっこに若い衆を巻き込むな!」
一喝すると、背後に居る若者たちに語り掛ける。
「皆、こんなことはもうやめよう。……儂はもう、うんざりだよ。人を殺すのも、殺されるのも見たくはない」
「村長、この期に及んで何を言う!」
村の若者たちは一斉に反論する。
血気にはやる若者たちは引くことを知らない。
「今の話、聞いていたでしょう? 十字軍にこの事がバレたら、村ごと焼き払われることになるのですよ!?」
「案ずるな、儂に考えがある! リドレック殿! この村の領主となってくだされ!」
『……え?』
村長の唐突な申し出に、その場に居る全員が茫然となった。
村の若者たちも、ベッポも――そして、もちろんリドレックも。
目を丸くして村長を見つめる。
村を襲う度重なる危難のあまり気が触れたのかと思ったがそうではないようだ。ミハイロフ老は真剣な表情で、リドレックの足元にすがりついた。
「エルロイ卿のかわりに、リドレック殿に領主になっていただければ万事、丸く収まります! 礼法と武芸に通じたリドレック殿ならば必ずや立派な領主になってくださることでしょう。村民一同、喜んでリドレック殿を歓迎しますぞ!」
要するに、村長は領主の立場を餌にリドレックを買収するつもりなのだ。
リドレックを領主に据えて口封じすると同時に、味方に引き込む。万事、丸く収まると言うわけだ。
「虫のよい話だと重々承知しております。その上でリドレック殿! どうか、どうかお引き受けくだされ!」
本当に虫のいい、身勝手な話だ。
しかし、跪いて懇願する村長の姿をリドレックは笑うことが出来なかった。
万策尽き果て、もはや祈るしか出来ない哀れな老人の姿を誰が笑うことが出来ようか。
その切実なる願いを聞き届けてやりたい。
リドレックの胸中に潜むわずかばかりの騎士道精神が頭をもたげる。
しかし、
「お断りします」
縋り付くその手をはねのけると、村長の顔が絶望に染まる。
「何故です! 我ら村民一同、リドレック殿のお情にすがる以外に生きる道はございません。どうか、どうかお慈悲を!」
「もう、遅いのですよ。村長」
悲哀に満ちた表情で答えたその瞬間、村の上空に一隻の飛行船が姿を現した。
軍用哨戒艦には船体を透明化させる光学迷彩機能が標準搭載されている。探知装備を持たない開拓村を上空制圧するぐらい容易いことだ。
開け放たれた貨物扉から、次々と機動歩兵が飛び降りる。
二足歩行の機動兵器は戦闘向きの構造ではないが、柔軟な運用をするのに向いている。非戦闘員が多くいる拠点制圧には効果的な兵器であった。
夜空を切り裂き鋼の兵士が次々と地上へと舞い降りる。鳥脚型の脚部ユニットが、着陸の衝撃を相殺する。
真っ白な胸部装甲に描かれた縦横二本の赤線を見て、ベッポが叫ぶ。
「十字軍か!?」
十字軍イウラヒエ方面103哨戒中隊所属の機動歩兵は、地上に降り立つと同時に目標の殲滅を開始した。
光子武器を持った民兵たちに右腕を向けると、内蔵された光子銃を発射する。
錬光技を満足に扱うことが出来ない民兵たちに、銃による攻撃を躱す術は無い。次々と光線に撃ち抜かれ死んでゆく。
機動歩兵は恐れをなして逃げ出す民兵たちも容赦なく銃を向ける。中には光子武器を手に立ち向かう者も居たが、機動歩兵は接近戦も得意であった。
左腕に内蔵されている白兵戦用の光子剣を展開すると、民兵に向けて振り下ろす。農具を改造した武器で受け切れるはずがない。大出力の光刃に民兵の体は真っ二つに切り裂かれた。
景気よく民兵たちを虐殺する機動歩兵にリドレックが指示を飛ばす。
「建物に傷をつけるなよ! 中に人がいる!」
『ヴィォン!』
リドレックの命令に機動歩兵は合成音で答える。
こうして一々、命令してやらなければ機動歩兵は正常な判断を下せない。人工知能が発達した現在でも、危険な戦場に人が立つ必要が残されているのだ。
機動歩兵の指揮を執るリドレックに、光弾が襲い掛かる。
射手の位置は把握している。慌てることなくリドレックは〈翼盾〉を展開。死角から飛び込んできた光弾を弾き飛ばす。
リドレックの後方五時方向に長銃を構えたベッポは居た。
不意打ちを難なく躱され、舌打ちをするベッポに降伏を呼びかける。
「おとなしく降伏しろ!」
「ふざけるな! 十字軍の犬め!?」
吠えると同時にベッポは銃を投げ捨てる。
懐から剣を取り出した。民兵たちが使う農具とは違う、騎士の武器だ。
使い込まれた光子剣を構えるその姿は、彼が正式の剣術を収めていることを示していた。
恐らくは真耀流、それも相当な腕前だ。
左腕を引いた癖のある構えは道場で教わる型と若干違っている。度重なる実戦の中で自然と身についたものなのだろう。
こういった手合いは非常にやりづらい。
基本に忠実な戦い方をしつつ、平然と奇手を打ってくる。
剣の達人相手に正面から立ち向かっても勝ち目はない。
「チェイアァァッ!!」
「フッ!」
気合と共に振り下ろされた剣を錫杖で受け止める。手のひらに広がる衝撃を抑え込みながら、思考を練り上げる。
錫杖を伝い、突端にぶら下がった短剣に思考を流し込む。
錬光石を複数使用するランディアンの武器は高性能であるが、その分制御が難しい。
戦巫女から奪い取った短剣は、起動すると同時に制御を失い暴走を始める。同時に、リドレックは手に 持った錫杖を投げ捨て、後方にむかって大きく飛び跳ねた。
リドレックの制御を離れた後も、短剣の暴走は止まらない。刃から爆発的に発生した光子の茨は、近くに居たベッポに襲い掛かる。
「な、何だこれは!? 何で俺に、……う、うわぁぁぁっ!!」
瞬く間にベッポの体は光子の茨にからめ捕られてゆく。全身にまとわりつく茨はベッポの体をきつく締め上げた。ベッポの悲鳴と骨の折れる音があたりに響き渡る。
やがて、茨の動きが止まった。
「……う、ううっ」
光子で出来た鉄条網に動きを封じられたベッポは最早、呻くことぐらいしかできない。茨の棘はベッポがもがけばもがくほどに深く突き刺さってゆく。
ベッポの元にゆっくりと歩み寄る。錫杖の先端に短剣をひっかけて、再び思考を流し込む。短剣を停止させると、光子の茨は何もなかったかのように霧消した。
後に残されたのは地面に横たわるベッポの姿だけだ。
全身の骨を砕かれたベッポは、それでも剣を握りしめ身を起こした。
「……愚か者め」
息も絶え絶えに呟くと、凄絶なまなざしでリドレックを睨み付ける。
その無様な姿を見おろし、負け惜しみに耳を傾ける。
「勝ったと思っているのか? 愚か者め、誰に勝ったというのだ、何に勝ったと言うのだ! 志無き者よ、やがて訪れる変革の波に飲まれ消えてゆくがよい!」
怨嗟の言葉と共に、光子剣の上に覆いかぶさった。
自らの体を貫き絶命したベッポの体から、錬光の高まりが沸き起こる。
「……なっ!」
理性を超えた本能の領域で危険を感じたリドレックは、〈翼盾〉を展開し防御の構えを取った。
やがて錬光の輝きに包まれたベッポの体は、細胞レベルで分裂した後、爆発した。
「うわぁっ!」
至近距離の爆発に巻き込まれ、リドレックは吹き飛ばされる。可動型防壁の〈翼盾〉の防御力をもってしても、その威力は相殺できない。
爆風に撫でられリドレックの体は地面を転がりまわる。四肢を丸め受け身の姿勢を取ると、爆風に逆らうことなくそのまま転がってゆく。
爆発はすぐに収まった。
先程までの喧噪が嘘のように納まり、村に静寂が訪れる。
「……ううっ!」
呻きながらリドレックは立ち上がる。
幸いなことにかすり傷だけで済んだようだ。
怪我の具合を確認すると、あらためて周囲を見渡す。
のどかな農村の風景は一変していた。
爆心地を中心に、巨大なクレーターが出来ていた。
放射状に広がるクレーターは、村全体を災厄で覆い尽くしていた。
村の家屋の大半は吹き飛んでいた。中に居る住人たちも、無事ではないはずだ。
戦闘を繰り広げていた機動歩兵も、民兵の姿もない。抉れた土の所々に、機械部品や、人間の四肢が転がっている。
「……ふざけるな!」
崩壊した村の中で、リドレックは絶叫が轟く。
「何が世界の変革だ! 来るべき未来だ! ふざけるな、ふざけるんじゃない!」
怒りの雄叫びを聞く者は誰もいない。それでも、リドレックは叫び続けた。
村を道連れに死んでいった、狂気に冒されたテロリストを、リドレックは心の底から憎んだ。
自ら命を絶つ者が、世界を、未来を語る――それが、リドレックは許せなかった。
この真実の大地には、リドレックの望むすべてがあった。
天空島の偽りの大地では得られない、確かな充足感を与えてくれた。
スベイレンの偽りの戦場では教えてくれない、生きることの厳しさを学んだ。
大猪も、
ランディアンも、
村長も、
皆、生きるのに必死だった。
生きるために、あがき、苦しみ――そして戦っていた。
醜悪にして凛々しいその姿に、リドレックは生ける者のあるべき姿を見出していた。
この完成された全き世界を、矮小なテロリズムに汚されることに我慢ならない。
「ウオォォォォォォッ!」
言葉にならない慟哭と共に、リドレックは地上に住まう一匹の獣となった。
◇◆◇
わずかに生き残った村人達から事情聴取を行った。
住む場所と家族を失い途方に暮れる村人達から話を聞くのは骨の折れる作業だったが、領主エルロイ卿が村民に対し行った『破廉恥極まる所業』を聞き出すことが出来た。
事の発端はエルロイ卿が初夜権を主張したことから始まる。
領内にいる未婚女性たちを配下の騎士たちに命じて強引に屋敷に連れてこさせ、一夜を共にすることを強要した。
いくら領主とは言えそんな横暴が認められるはずがない。当然のことだが、村民達は反対した。
革命闘士のベッポを招聘し農民たちを中心とした抵抗組織を作り、領主の屋敷を襲撃し一族郎党を皆殺しにした。
そして、領主殺しの追求を逃れるために、ランディアンに襲撃されたかのように偽装工作を施した。屋敷を焼き払い証拠隠滅を行っている最中に、誤算が生じた。
戦闘の気配に惹きつけられてきたのだろう、本物のランディアンがやってきてしまったのだ。
新たに出現した脅威に村人が慌てふためいている所に、リドレックがやって来た。
腕の立つ修行僧と見込んだ村人たちは、リドレックをランディアン達と戦わせることを思いついた。
うまく行けば共倒れ。ランディアンを倒した後にリドレックが生き残っていたのならば、その時は村人全員で殺すつもりだったらしい。
苦労して聞き出した割には特に目新しい情報は無かった。村人たちの証言は既に知り得た情報の裏付けるものでしかない。
事の次第を細大漏らさず報告すると、十字軍イウラヒエ方面103哨戒中隊隊長。カイリス・クーゼルは頷いた。
「ご苦労だったな」
場所は村はずれの小高い丘。
後始末を部下たちに任せて、クーゼル隊長はピクニック気分で遅い朝食を楽しんでいた。
ギンガムチェックのマットの上には、村から持ち出してきた食料が並べられている。
ボイルされた猪肉の腸詰をかじりながら、自家製ワインを傾ける。
任務完了の報告と優雅な朝食で上機嫌のクーゼルは、リドレックに向かって微笑んだ。
「猪退治に、異教徒狩り、反乱の鎮圧に――今回も大活躍じゃないかリドレック」
リドレックとクーゼルはスベイレン騎士学校では先輩後輩の間柄であった。十字軍兵士と巡礼者という立場になった今でも、二人の関係は続いていた。
リドレックがエルロイ卿の元へ赴いたのも、クーゼルの指示によるものだ。
今回の任務はポルト領に潜伏している反帝国組織の探索、及び壊滅。
当初の目的であった組織の全容を明らかにすることはできなかったが、組織の拠点となった村を壊滅することはできた。
リドレックでなければ今回の任務は成功させることはできなかっただろう。単独で潜入工作から戦闘までこなせるスキルを持っているのは、十字軍の中でも彼だけだ。
「この腕前を学生時代に見せて欲しかったな。そうすれば、お前もスベイレンに残れただろうに」
「スベイレンに居たら、ここまで強くはなれませんでした」
「そうだろうな。……まったく、白羽と呼ばれていた貴様がここまで化けるとは思わなんだ」
感慨深げにクーゼルは嘆息する。
リドレックが地上に降りて一月が経とうとしていた。
その間、クーゼルの指揮下でリドレックは様々な任務に従事していた。
過酷極まる戦場を潜り抜け、リドレックの技量は長足の進歩を遂げた。
スベイレンの劣等生も、今や戦場の英雄だった。リドレックの武勲は地上のみならず、皇帝陛下のおわす帝都にまで鳴り響いている。今回の戦巫女討伐もきっと報告されるはずだ。
帝都ではリドレックの目覚ましい功績に対し受勲を検討中だそうだが、今のリドレックは勲章などには全く興味が無かった。
そんなことよりも、崩壊した村の事後処理が気にかかる。
「それで、この村はどうなるのです?」
「どうにもならん。このまま廃棄される」
「生き残った村人たちは?」
「村長含めて首謀者全員が死んでいる。今回は見逃すことにしよう」
クーゼルの温情ある処置に胸をなでおろす。
反逆罪は連座制。本来ならば直接加担しなかった者でも問答無用で処罰の対象になる。
帝国に歯向かう者は女子供とて容赦しない。
しかし、行き過ぎた罰則は民衆の反発を招くことになる。
近年、活発化の兆しを見せる反帝国派の連中をますます勢いづかせることになりかねない。
帝国の威信を守るためには、現場指揮官の独断による恩赦も時には必要となるのである。
「しかし、生きながらえても村人たちは結局、この村を去るしかあるまい。村は完全に破壊されている。ランディアン達も再び襲撃に来るだろうし、守ってくれる領主も居ない。……なんだったら、お前が領主になって村を再建するか?」
「御冗談を。……それで、次の任務は?」
この村の行く末を考えると、あまり長居をしたくは無い。この村から早々に立ち去り、次の任地に赴くことにした。
「ガーメンだ。密輸業者の摘発を行う。だが、急ぐことは無いぞ? こう次から次へと仕事を片付けられると、こっちはメシ喰う暇もありゃしない。一仕事終えたばかりなんだ、少しは休め」
「休んでいますよ」
クーゼルが引き止めるのも聞かず、リドレックは巡礼服のフードで頭を覆った。
ダークブラウンの髪の毛は、ところどころ色素が抜けて枯葉色になっていた。
錬光技の使い過ぎによる精神疲労が、肉体に影響を及ぼしている証であった。
度重なる任務に肉体も精神も、既に限界にある。
それでもリドレックは戦う事を辞めることはできない。なぜなら、
「これが私の、夏休みです」




