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天宮の煌騎士:短編集  作者: 真先
Episode 3: リドレックは二度死ぬ
15/18

日曜日

 日曜日。

 闘技会当日のこの日は、生徒達にとって一週間の総決算であった。

 日々の訓練で流した血と汗と涙も、全てこの日のためにある。勝利の喜びに打ち震える者、敗北の辛酸を舐める者――学校のあらゆる場所で、様々な悲喜劇が繰り広げられている。


 リドレックの出場する試合《次世代型起動歩兵評価試験》が行われるのは、第四研究棟内にある機動兵器実験場である。

 お祭り騒ぎの闘技会の中でも、ここだけは少々趣が違っていた。

 評価試験の内容は一般には非公開。観覧できるのはごく一部の招待客のみである。

 急ごしらえの観覧席にいるのは、カンネル兵器工房社長のを筆頭に武器商人、各国騎士団の代表と言った軍関係者ばかりである。

 実験場ではカンネル工房の営業部員の司会で新型機の説明会が開かれていた。リドレックの出番はその後で行われる評価試験の模擬試合である。


 研究棟は闘技場と違い選手控室などと言う結構なものは無い。

 準備を終えたリドレックは実験場に併設した格納庫の隅で待機していた。

 遠くから聞こえてくる司会者の声に耳を傾けながら、パイプ椅子に腰かけリドレックは出番を待ちつづける。

 やがて、リドレックの元に応援がやって来た。


「よう、リド」

「やあ、リドレック」

「リドレック、調子はどうだ?」


 リドレックの元へ駆けつけたのは同期の仲間たちであった。

 

「よう、ゼリエス、ラルク――ミナリエまで、応援に来てくれたのか?」

「そんなんじゃない。以前話した軍事顧問が新型機の見学に来ているんだ。付き添いで見に来ただけだ」

「そうか。評価試験はもうそろそろ始まる。観客席で見ていてくれよ」

「そうさせてもらおう。お前はいいのか? 準備とかしないといけないんじゃないのか?」

「ああ。準備万端。いつでもやれるよ」


 訊ねるミナリエに、手に持った剣を掲げて見せた。

 精緻な細工を施された光子剣は、剣客のゼリエスの気を引いた。


「それが噂の《蛭の剣》か?」

「ああ、そうだ」


 この蛮族の剣はパニラント・ホテルから借り受けたものだ。

 支配人は議員の件で恩義に感じているらしく、朝一番にホテルを訪れたリドレックを快く出迎え、突然の申し出にも二つ返事で応じてくれた。

 ホテルのお飾りになっていた《蛭の剣》だったが、今はヤンセンの手により完全に整備されていた。外されていたバッテリーも取り付けられており、いつでも使える状態にある。


「見事な出来栄えだな。素晴らしい」

「……しかし、今回の機械歩兵相手には通用しないだろ」


 うっとりとした表情で剣を見つめるゼリエスの横で、難しい顔をしたラルクが呟く。


「相手は血の通わない機械歩兵だぞ? 生血を啜る《蛭の剣》なんて役に立たないだろう?」

「まあ、それは見てのお楽しみって奴だ」

「……何だよ、それ」


 困惑するラルクに、横からゼリエスが耳打ちする。 


「サプライズなんだとさ」

「サプライズ? なんだよそれ? 勿体ぶらずに教えろよ」

「教えたらサプライズにならないだろう?」

「何だよー、教えろよー!」

 

 じゃれ合いを始める男たちを退け、ミナリエが訊ねる。


「武器はいいとして、リドレック。その恰好で出るつもりなのか?」


 リドレックが身に着けているのは、ごく普通の作業着であった。

 薄いブルーのツナギは研究所で技術者に支給されているものと同じものである。おまけに腰のベルトには工具一式が差し込まれていた。一見すると研究所のスタッフと見分けがつかない。

 実弾装備の機械歩兵を相手に戦うにしては明らかに軽装であるし、所々に油じみの浮いたツナギはとてもみすぼらしく見えた。


「評価試験には名士たちが観覧に来ているのだぞ? そんなみっともない格好では来賓に対して失礼ではないか」

「別に女の子とデートに行くわけじゃないんだ。めかしこむ必要なんて無いだろう?」

「お前、私と会う時はいつも普段着ではないか」

「……? だって、ミナリエとデートしたことなんてないじゃんか」

「もういい。……貴様なぞ、機械歩兵にやられて死んでしまえ!」


 拗ねるミナリエに、ゼリエスとラルクが苦笑する。

 仲間たちのいつものやり取りは、試合前の緊張でささくれだったリドレックの心を和ませてくれた。

 

『これより〈MXF―39L ハビリス〉の評価試験を行います。対戦相手を務めますのは、スベイレン帝国国立騎士学校、黒鴉騎士団寮所属。リドレック・クロストです』

「……出番のようだな」

 

 名前を呼ばれたリドレックは立ち上がる。

 

「じゃあ、ミナリエのご希望通り――ちょっくら死んで来るわ」


 洒落にならない冗談を残して、リドレックは実験場へと向かった。


 ◇◆◇


 実験場でリドレックを出迎えていたのは観客達の失笑だった。

 来賓席に居るお歴々は作業服姿のリドレックの姿を見て嘲りと侮蔑の笑みを浮かべる。

 校長だけは顔を真っ赤にして怒っていたが、試合を中断してまでリドレックを叱責するつもりはないようだった。評価試験の主役は新型機であって、リドレックなどでは無い。当て馬に用意された学生騎士のすることなど今更、気にも留めないのだろう。


 せせら笑いが収まるのを見計らって、司会進行役が評価試験は開始を告げる。


『それでは評価試験を開始してください』


 闘技場と違い実験場には打鐘など用意されていない。

 いま一つ盛り上がりに欠ける合図と共に、評価試験は始まった。


 駆動音と共に機械歩兵が起動する。

 頭部にある視覚センサーに光子の輝きが宿る。

 

 次いで、リドレックも動く。

 手にした光子武器《蛭の剣》を起動。光子の刃を展開する。

 複数個の錬光石によって生成された刃は深みのある赤い色をしていた。


 武器を手にしたリドレックの姿を機械歩兵の高感度センサーが捕える。人工知能が敵と認識。速やかに攻撃体制を取る。

 機械歩兵は敵に対して一切の容赦が無かった。兵装の中で最も威力のある武器――対物用荷電粒子砲をリドレック向ける。


 巨大な銃口を前に、リドレックは臆することなく剣を構える。

 血よりもなお暗い赤い刃を振るい――自らの胸に突き立てた。


「……ぐっ!」


 文字通り刺すような痛みを錬光技でまぎらわす。

 痛覚を遮断、細胞を活性化し傷口をいやすと同時に、さらに深く剣を突き刺す。

 蛮族の鍛え上げた業物は、少年の薄い胸板を容易く貫いた。光子の刃は心臓と片肺を貫き背中へと抜ける。


「……か、はぁっ!」


 脳を激しく揺さぶる眩暈に耐えつつ《蛭の剣》を制御する。

 イメージするのは血の流れ。

 体中の血管の一本一本を、その中を行き交う血液の一滴を、その全てを脳内の意識下に置いた。


 そして《蛭の剣》はリドレックの体の一部となった。

 停止した心臓になり替わり《蛭の剣》が体内の血流を支配する。心臓から血液を吸い出し、心臓を経由せずに動脈に直接血液を送り込む。


 異様な光景に会場に居る誰もが皆、混乱していた。

 その不可解な行動に、そして剣に貫かれながらなお立ち続けるその姿に、観客席の一同は驚愕する。


 それは正面に居る機械歩兵も同様であった。

 リドレックの突飛な行動は人工知能の処理能力を超えるものである。機械歩兵は、機械の身でありながら、激しく混乱していた。

 機械歩兵に内蔵された高度な人工知能は、高性能であるがゆえに冗長性が著しく欠けていた。プログラムに無い想定外の事が起きると、途端に行動に支障をきたす。

 整備服姿の、非武装の、心臓停止状態の人間を――人工知能は脅威として認識することはできなかった。

 やがて、機械歩兵はリドレックに向けていた荷電粒子砲の射線をはずした。武器を降ろすと直立不動の待機状態のまま停止する。


 機械歩兵が武装を解いたのを確認した所で、リドレックが動いた。

《蛭の剣》を操り心臓の鼓動を制御しながら、一歩一歩、ゆっくりと機械歩兵の元へと歩み寄る。

 機械歩兵の背中に回り込むと、工具を取り出し外装を取り外す。

 外部装甲の下には制御盤があった。黒と黄色の警戒色に縁どられた緊急停止ボタンを押すと同時に、機械歩兵の中から駆動音が消える。


『〈ハビリス〉の停止信号を確認しました。……以上で、評価試験を終了します』


 戸惑いがちに司会者が試験終了を告げる。

 あまりにも呆気ない幕引きに会場がどよめく。

 予想外の結果に誰もが皆、不満と驚きを露わにする。カンネル工房のクレイド社長が半狂乱で悲鳴を上げ、バーンズ校長はあたふたと狼狽する。


 騒然とした空気の中、リドレックの意識が徐々に遠のいてゆく。

 停まった心臓の代わりに錬光技で生命維持をしていたのである。精神的にも肉体的にも限界はとうに超えていた。

 意識を失ったリドレックが横向きに倒れると、実験場内が静まり返る。


「衛生班を呼べ!」


 いち早く反応したのは十字軍指揮官のカイリス・クーゼルであった。

 観客席から立ち上がるとすぐさまリドレックの元へと駆け寄る。

 

「衛生班だ! 衛生班を呼ぶんだ!!」


 クーゼルの叫びに応じるように、どこからともなく衛生班が現れた。

 呼んでも来ないと有名なスベイレンの衛生班だったが、今日はなぜか駆けつけるのが早かった。


「剣は抜くな! そのままだ、そのまま運ぶんだ」


 クーゼルの指示の元、衛生班は手当てを開始する。

 手際の方もいつもより良く見える。リドレックをキャスターに乗せ、除細動器を旨に取り付け、血液パックで輸血する――一連の動作に淀みが無い。

 見計らったようなタイミングで現れた救護服の一団は、瞬く間にリドレックを試験場から運び出した。

表にはこれまた手際が良い事に、救急車が待機していた。

 衛生班とリドレックと――何故かクーゼルも一緒に乗り込むと、救急車はけたたましいサイレンと共に走り去って行った。

 

 観客席の一団は、一連の出来事をただ茫然と見守るしかなかった。

 気が付いたときには全てが終わっていた。


 試験場に残っているのは物言わぬ機械歩兵が一機、所在無げに佇んでいた。


 ◇◆◇


 試合終了から六時間後、リドレックはフレストリンネに居た。


 フレストリンネの用意した軍用飛光船の乗り心地は決して良いものでは無かったが、光の速さでリドレックをスベイレンから古都へと運んでくれた。

 何より医療設備が充実しているのが有り難い。実戦で経験を積んだ衛生兵たちの手際は見事なもので、心停止状態のリドレックをあっさりと治療してしまった。

 フレストリンネに到着するころには、リドレックの傷はすっかり完治していた。

 スベイレン脱出しフレストリンネまで逃げて来たリドレックは、クーゼルと共に花見へと繰り出した。


 古都フレストリンネは桜の季節を迎えていた。

 咲きほこる満開の桜は、情緒ある古都の美しい街並みをより一層際立たせる。

 フレストリンネには歴史ある古い酒蔵がたくさんある。

 通りに面した店の前には緋毛氈に覆われた縁台が設けられ、観光客たちに振る舞い酒配っていた。

 はらはらと散り行く桜を眺めつつリドレックは盃を傾ける。

 フレストリンネの地酒は口当たりが良く、いくらでも飲めそうな気分になる。


「そんなガバガバ呑むんじゃない」


 機嫌よく酒を飲んでいると、横からクーゼルの無粋な声が割り込んできた。


「最高級の純米酒だぞ。もっと味わいながら飲みやがれ。そもそもお前、酒呑んでいいのかよ? ついさっきまで心臓に穴空いていたんだぞ?」

「いいんですよ、これは薬なんだから」


 すかさずリドレックは言い返す。


「消毒ですよ、消毒。体内から傷口を消毒しているんです」

「まったく、口の減らんガキだな。まあ、今日ぐらいは大目に見てやる――ご苦労だったな、リドレック」


 盃を掲げ、クーゼルは礼を言った。


「人工頭脳の隙をつくとは見事だ。機械歩兵に勝利するだけでなく、構造的欠陥を露呈させてくれた。まさに理想的な結果と言える」

「ありがとうございます」

「先程、スベイレンから連絡があった。新型機の正式採用は見送られることになったそうだ。まあ、あれだけの醜態をさらせば当然だろう。新型機を主力にそえる軍備再編案も白紙になるだろうな」

「それは何よりですね」

「ああ、これもリドレックのお蔭だ。良くやってくれた」


 あらためてクーゼルは礼を言った。

 それは、現役騎士がリドレックを対等な仲間と認めた瞬間でもあった


「では、約束通り、僕の望みを聞いていただきましょうか?」


 機嫌が良いのを見計らってリドレックは先日スプリング・フェスで交わした約束を持ち出した。

 今回の件で、リドレックは多大な犠牲と引き換えにクーゼルに大きな貸しを作った。元を取らねば割に合わない。


「退学処分は間違いない。約束してくださった進路の口利き、よろしくお願いしますよ、先輩?」

「その件なら問題ない」

「え?」


 クーゼルは携帯端末を取りだすと、リドレックに差し出した。


「あの後、スベイレンで事故が起きたそうだ――これを見ろ」


 携帯端末のモニターには、ニュース記事が表示されていた。

 見出しを見ると『闘技大会で死亡事故』とある。


『本日午後二時頃、スベイレンで行われた闘技大会で参加者が死亡する事故が発生した。死亡したのは同校の生徒、レオニード・レンク(15)。事故が起きたのはバトルロイヤルと呼ばれる以前から危険性が指摘されていた試合であり、今後は闘技会の運営を行っていた学校側の管理責任が問われることになりそうである』


 記事の終わりには死亡した生徒――レオニード・レンクの写真が添付されていた。

 写真の中の少年と、よく似た面差しの姉の姿を思い浮かべ、リドレックは言葉を失った。


「なんてことを……」

「今頃、スベイレンは大騒ぎだ。校長もお前を処分している暇はないだろう。何しろ生徒を事故死させたんだ。お前を退学処分にするよりも先に、自分がクビになるかも知れんのだからな」


 絶句するリドレックに淡々と告げると、クーゼルは縁台から立ち上がった。 


「リドレック、一先ずお前はスベイレンに帰れ。そして今回の事件に関する情報を探るんだ」

「え?」

「今回の事件、まだ終わったわけでは無いぞ。新型機導入には様々な人間が絡んでいる。兵器産業や軍事関係者、各国政府の要人たちが表沙汰に出来ない取引を行っていた。その不正取引の実情を、お前が暴くんだ」


 クーゼルはリドレックに新たな任務を与えた。

 今やリドレックとクーゼルは先輩後輩の垣根を越えた同士である。無下に断ることはできない。


「取引の舞台となったのはスベイレンだ。学生として生活していれば、自然と情報が集まってくるはずだ。何かあったらすぐに俺に報告しろ――そして夏休みになったら、地上に来い」

「地上?」

「十字軍に参加するんだ。地上には本物の戦場がある。スベイレンのような紛い物の戦場では無い、本物の戦場だ。お前の才覚は戦場で活かされるべきだ。天空島で燻らせておくには惜しい。地上に来い、リドレック。お前に本物の戦場を見せてやる」


 そう言い残して、クーゼルはその場を立ち去った。

 桜吹雪の中に消えるクーゼルの背中を黙って見送る。

 桜に目を向け、酒を一口呷る。散り行く花弁にリドレックは移り行く季節と人の世の儚さを見た。


 慌ただしくもにぎやかな一週間も今日で終わり。

 明日からまた新たな週が始まる。

 繰り返される日常に、リドレックは新たな世界の胎動を感じ取っていた。そのかすかな胎動は、やがて大きなうねりとなってリドレックを巻き込んでゆくこととなる。


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