土曜日
土曜日。
闘技大会を前日に控え、スベイレン騎士学校は慌ただしい空気に包まれていた。
試合で使用される機材の整備、陣地構築の準備、闘技大会の出場申し込み、来賓の出迎え等――各騎士団寮は準備に追われていた。
リドレックの所属する黒鴉騎士団寮も例外では無い。
黒鴉騎士団寮は十二騎士団寮きっての武闘派で知られている。能力主義のスベイレンのなかでも徹底しており、寮生たちはスカウトたちの手により帝国領内の各所から身分や出自、過去経歴一切問わず集められた選りすぐりの精鋭である。
そして出来上がったのが、腕っぷしは強いが頭の方はからっきしの脳筋集団であった。
早い話、バカ揃いである。
純粋に戦闘力のみで集められたため、黒鴉騎士団寮では一般常識に著しくかける生徒達が多い。スベイレン最強の剣士、ゼリエス・エトに至っては義務教育すら満足に受けていない。
試合においては戦力外のリドレックが騎士団寮の役に立つのはこの日ぐらいのものであった。
脳足りんの寮生達に事務仕事などできるはずがない。今日も朝から寮内の倉庫で機材のチェックを行い、昼までに陣地構築に必要な資材を揃え、その後学生課に出向いて出場選手の登録を済ませた。
夕方になった今でも作業は終わらない。
リドレックは寮内の談話室で明日来る予定の来賓者達に招待状を書いていた。
慣れない万年筆を使い一枚一枚、手書きで招待状を書いている所に、
「リドレック! リドレックは居るか?」
大声でリドレックの名を呼びながら、トイル・レナクランがやって来た。
荒くれ集団の黒鴉騎士団の中にあって、トイルは飛び切りの暴れん坊である。
普段はそれ程でもないのだが酒癖がとても悪く、飲むと周りにある物を破壊する傍迷惑な性癖の持ち主であった。
「なんですか、トイルさん?」
「おお、居たかリドレック。クーゼル先輩がお呼びだ」
「クーゼル先輩が? 僕に何の用です?」
「知るかよ。どうせ、説教だろう。《スプリング・フェス》に居るそうだ。じゃあな、確かに伝えたぞ?」
要件を伝えると、トイルはその場を立ち去った。
今週はトラブル続きだったが、週の終わりにとんでもない難問が待ち構えていたようだ。
溜息と共に万年筆を机の上に放り投げると、リドレックは席を立った。
◇◆◇
上層階の高級住宅街にある帝国風料理店は、一般人には知られていない隠れ家レストランである。
常識外れの料金設定であるために、この店を訪れるのはスベイレンの中でも上流階級の人間たちばかりである。完全予約制で客席はすべて個室であり、交易商人や外交官たちの密会の場所として頻繁に利用されていた。
ウェイターの案内でリドレックは店の奥にある個室に通された。
部屋の中に入ると同時に一礼すると、リドレックは叫ぶ。
「うぃっす! 黒鴉騎士団寮、二回生、リドレック・クロストであります! お呼びにより参上いたしました!」
威勢よく、騒がしく、馬鹿馬鹿しく。それが騎士学校の作法である。
高級レストランにそぐわない大音声に、テーブル席にいた男が振り向いた。
「遅いぞ、リドレック!」
リドレックに負けないほど大音声で怒鳴りかえしてきたのは、十字軍イウラヒエ方面103哨戒中隊隊長。カイリス・クーゼルである。
この学校を卒業して数年しか経っていないと言うから、まだ二十代のはずだ。
若くして地上の最前線で指揮を執る彼の全身には、天空島の安穏とした空気では感じられない猛々しさがみなぎっていた。
「呼ばれたらすぐ来いと言っているだろうが! 」
「うぃす! 申し訳ありゃっせん!!」
呼び出しを受けてすぐ来たつもりだったのだが、大分待たせてしまったようだ。四人掛けの丸テーブルの上には、既にいくつもの酒瓶が並んでいた。
どこの学校でもそうなのだろうが、卒業生の訪問と言う物はある意味、災害のようなものであった。
何の前触れも無く、気まぐれにやって来ては現役の学生たちを引っ掻き回し、そして来た時と同じく突然に立ち去ってゆく。まさしく災害そのものだ。
特にスベイレンの場合は卒業生と現役学生の結びつきが非常に強い。
社会に出て活躍している彼らの存在は、在校生たちの将来を大きく左右する。彼らの機嫌を損ねることは可能な限り避けなければならない。
「お土産をお持ちいたしました!」
こんな時に備えて、リドレックはあらかじめ手土産を持参していた。
金属製のワインケースをテーブルの上に置くと、早速、クーゼルが飛びついた。
「おう、気が利くじゃないか、何を持ってきたんだ?」
「シャトー・ブリュレの十二年物でありますっ!」
「赤か?」
「いえ、白でありますっ!」
「そこでどうして赤を持って来んのだ、馬鹿者!」
ワインケースの中から現れた白い瓶を見て、クーゼルは失望と共に一喝する。
「そうやって安酒ばかり飲んでおるからダメなんだ、お前は!」
「うぃっす! さーせんしたぁっ!」
秘蔵の一本も地上帰りのクーゼルの前では効果は無かったようだ。
十字軍として地上で勤務している彼は、最高の食材を毎日のように口にしていた。
舌の肥えた彼に妥協は無い。一般市民の月収に匹敵するシャトー・ブリュレですら、クーゼルにとっては安酒の部類に入るのだろう。
「俺が現役の頃はな、借金して酒を飲んだもんだ! 土曜の夜にはスベイレン中の酒場をはしごして歩いたもんよ。ツケ払いで高い酒から順番に飲み干して、闘技大会で得た賞金で払いを済ませるのさ。そうやって自分を追い込むのさ。お前にはそういう、戦いに向けての気概が足りんのだ、気概が!」
グチグチと説教しながらボトルの栓を抜く。なんだかんだと文句をつけながらも飲むつもりらしい。
コルク抜きを回しながら、リドレックと世間話を始める。
「で、調子はどうなんだリドレック? 先週の試合では心臓が止まるほどの大怪我を負ったそうだが?」
「うぃす! 上々であります!」
「明日の試合は新型機の評価試験だ。新型機の性能はなかなかのものであると聞く。勝算はあるか?」
「うぃす! ばっちりであります!」
「試合には私も立ち会う予定だ。結果如何によって新型機の採用が決定する、極めて重要な試合である。くれぐれも、気の抜けた試合だけはしてくれるなよ?」
「うぃっす! 全力を尽くして戦う所存であります!」
答えながら、胸の内でリドレックは舌を出していた。
評価試験の目的は新型機のデモンストレーション。
観客達が見たいのは新型機の性能であって、勝敗など興味ない。ましてや、リドレックの戦い振りなど、誰も気には留めないだろう。
いつものように気の抜けた戦いをして、負ける。それだけだ。
「全力を尽くす、だけでは足りんな」
しかしクーゼルは、ありきたりな返事では満足しなかった。
「率直に言おう、明日の試合、勝て」
「うぃす……、って、ええっ!?」
「手段は問わん何が何でも勝利しろ。取り澄ましたお偉方の目の前で、あのブリキ人形をスクラップにしてやれ!」
「うぃ? う、うぃ? うぅぃ~っ!?」
反射的に返事しようとしたところを、寸前で踏みとどまる。
クーゼルの意図を図りかねたリドレックは、声にならないうめき声をあげる。
「いや、もう普通に喋れ」
「……どういう意味ですか?」
許しを得た所で、あらためてクーゼルに訊ねる。
「新型機械歩兵〈ハビリス〉は帝国軍次期主力機として設計されたものだ。特筆すべき点は人工知能にある。高い演算能力を持ち、あらゆる戦況に対応できるように高度な判断力を有しているため、単独行動を行う事も出来る――ようするに、指揮官が一々指示しなくても勝手に敵を見つけてぶっ殺してくれるってことだ」
有り難いね、とつぶやくその声には皮肉が感じられた。
「採用が決定すれば帝国軍のみならず各国騎士団。そして十字軍でも採用されることになるだろう――新型機導入についての経緯について知っているか?」
「えーと、旧式化した〈エレクトス〉の代替機として開発されたと聞いていますが?」
「建前ではな。確かに〈エレクトス〉の初期型がロールアウトしてから一世紀。旧式化と言えるかもしれないが、それだけ現場で長く使われて来た実績があるということだ。事実、現場では不都合なく使えているし、新型に変更しなければならない理由は無い」
「では何故、新型の導入に踏み切ったのですか?」
「直接的な目的は、予算の削減だ。騎士は金食い虫だ。育成するための教育費、怪我をすれば傷病手当、戦死すれば遺族年金。事あるごとに金がかかる。騎士を解雇して機械歩兵に入れ替えれば、その分の費用が浮く――そして最終的な目的は、かねてから推し進めていた騎士定数削減案を実行に移すつもりだ。帝国軍の連中は俺達騎士をお払い箱にして、機械人形に代わりを務めさせるつもりだ」
吐き捨てるようにクーゼルに、先日、格納庫で交わしたヤンセンとの会話を思い出す。
帝国軍が人型兵器の開発に固執していたのは、機械歩兵を主力に据えた軍備再編を見越した物だったのだ。
機械歩兵による不死身の軍隊、
それは騎士社会の終焉を意味していた。
「妄想だよ、妄想。帝国軍の連中は妄想に憑りつかれているのさ。機械歩兵を主力に据えれば、人の死なない戦争が出来ると思い込んでいやがるのさ。バカげてるよ! 帝国軍は何も解っちゃいない。新型がどれ程の性能か知らないが、騎士の変わりが務まるはずがないのさ」
帝国軍上層部と新型兵器をクーゼルは激しく罵しるのは騎士としての矜持の表れである。
命を懸けて戦場を潜り抜けてきたクーゼルにとって、機械人形にその立場を取って変わられるのは屈辱以外の何物でもない。
「騎士の誇りと職分を守るためにも新型の正式採用は断固、阻止せねばならん。明日の評価試験には、各国騎士団の重鎮が観覧に来る。その目の前で新型機が敗北するようなことがあれば――それも《白羽》に敗北するようなことになれば、採用は見送られることになるだろう」
固いコルク栓をようやく抜き終えると、クーゼルはグラスにワインを注いだ。
テーブルの上にあるワイングラスはふたつ。
その二つのグラスに並々とワインを注いでゆく。
「無論、タダでとは言わん。成功した場合、それなりの報酬は用意しよう――ところでリドレック。お前、将来どうするつもりだ?」
ワインを注ぎ終えると唐突に、クーゼルは話題を変える。
「お前は今季限りでこの学校を退学になる筈。今のご時世、騎士学校中退じゃまともな就職先は見つからんぞ?
お決まりの進路指導に、リドレックは辟易とした表情を浮かべる。
親切めかしてリドレックに説教した後、無理難題をふっかけるの――いつものパターンだ。
「俺ならばお前の就職先を世話してやれることが出来る。十字軍にいると色々なところに人脈が出来る。公務員だろうが民間企業だろうがよりどりみどりだ」
今のリドレックにとって、将来の事なぞどうでもいいことだった。
そう、どうでもいいのだ。
「……そんな先の人生なんて、知ったこっちゃない」
「うん?」
騎士社会の存亡も、帝国の未来も、リドレックには関係ない。
今まさに危機にさらされているのは他でもない――リドレックの命なのだ。
「明日の試合に勝利すれば――首尾よく新型機に勝利できたとして、僕の立場はどうなるんですか!? 帝国の重鎮の目の前で、ブック破りをやらかそうって言うんですよ!? タダで済むわけないでしょう!?」
試合が終わった瞬間、リドレックは世界中を敵に回すことになるだろう。
カンネル工房を始めとする新型機開発に携わった企業。
軍の再編を画策する帝国軍。
そして、評価試験を設定した校長と騎士学校まで――天空島のあらゆる組織を敵に回すことになる。
そして彼らは、学生騎士に舐められたまま大人しくしている連中では無い。あらゆる手段を使ってリドレックに報復してくるだろう。
「騎士学校を退学処分になることはまず間違いない。暗殺者を差し向けられることだってあるでしょう。マジで洒落になんないですよ! 僕の身の安全の保障は誰がしてくれるんですか?」
「そこまで面倒見きれるものか」
半泣きで訴えるリドレックに、クーゼルはにべも無く言い返す。
「勘違いするなよ。お前は俺の友達ってわけじゃないんだ。何から何まで、無条件で面倒見てやる義理なんかありゃしない。自分の身くらい自分で守れ。その上で、俺の役に立つのならば、お前の望みを聞いてやる」
そして、クーゼルはテーブルの上からグラスを持ち上げた。
右手に持ったグラスをリドレックに差出し、左手に持ったグラスを目線の高さに掲げる。
「お前と俺とは対等な立場の同士だ。俺の期待を裏切るなよ――明日の試合、新型機に負けるようなことがあれば、俺がこの手でお前をブチ殺す」
最早、リドレックに出来る事は何もない。
ただ差し出されたグラスを黙って受け取ることぐらいしかできなかった。
◇◆◇
「それで、どうするんだ?」
「んなもん、僕だってわかんないよ!」
訊ねるゼリエスに言い返す。
闘技大会の前日はいつも二人で酒を飲むことにしている。今日も黒鴉騎士団寮のリドレックの自室にゼリエスを招き入れ、床に直接座って差しつ差されつ、盃を交わしていた。
いつもはいくら飲んでも乱れることが無いリドレックだったが、今日は様子が違う。自家製のリンゴ酒片手に、座った眼つきでゼリエス相手に愚痴をぶちまけていた。
「まったく! どいつもこいつも勝手な事ばかり言いやがって、僕にどうしろって言うんだよ!?」
勝てば校長をはじめとする企業、各国政府の代表者たちの不興を買うことになるだろう。
負ければリドレックは先輩たちの恨みを買うことになるだろう。
そして、試合は実弾を使用した実戦形式で行われる。
相手は完全武装の最新兵器。勝利することは難しく、敗北は死を意味する。
「勝っても地獄、負けても地獄。本気で手詰まりじゃんか!」
お手上げのポーズのまま、リドレックは仰向けに倒れる。
「勝てばいいだろう?」
床に横たわりリドレックに向かって、事も無げにゼリエスは言った。
「何も好き好んで負けることは無いんだ。」
「簡単に言うなよ。帝国最大の兵器工房が作り上げた最高傑作を、この僕が――年間最下位の《白羽》と呼ばれるこの僕が、勝てると思ってるのか!?」
「お前だから勝てると思ってるのさ」
苛立ちをぶつけるリドレックに、ゼリエスは平然と答える。
「お前は常に観客の沸かせる戦いをしてきた。お前の出る試合は勝敗にかかわらず、ギャラリーの注目を集めている。今回もきっと、お前が何かやらかしてくれると思ってみんな期待しているのさ。この状況で最も観客を沸かせるシナリオと言えば――お前が勝利すること以外、考えられない」
ゼリエスの声には確信に満ちていた。
「みんなお前には期待しているんだ。だからこそ、お前の所にはいろんな人間が頼み事をしに来る。ラルクも、クーゼル先輩も――俺もお前には期待しているんだよ」
ゼリエスの言葉に、リドレックは愕然とした。
何も望まず、誰からも望まれず、一切の努力を放棄し、ただ漫然と日々を過ごし、流されるまま生き続ける――そんな人生の負け犬に、期待を寄せる人々がいる。
しかも、その期待には帝国の命運がかかっていると言うのだから、笑い話にもなりはしない。
「……迷惑な話だ」
「で、実際の所、どうなんだ?」
仰向けのまま毒づくリドレックに、ゼリエスが問いかける。
「本当に勝ち目はないのか? お前の事だ。観客達をあっと言わせるようなサプライズがあるんじゃないのか?」
「…………」
「あるんだな?」
沈黙を続けるリドレックに、ゼリエスは笑いながら追及する。
「教えろよ、リド。気になるじゃないか」
「やだ。お前には教えてやらん」
「何でだよ?」
「だって、教えたらサプライズにならないだろう?」




