第7話 ……え?
「――だから、わたしの……わたしたちの映像部に入ってください!」
「……え?」
「はい、助っ人のイケボ声優として!」
一ノ瀬さんは、そう言ってにっこり笑った。
俺はしばらく何も言えなかった。映像部? 助っ人? 声優?
いや、待て待て待て。俺はさっきまで、何を期待してた?
一ノ瀬さんは続け様に、映像部の事情を話し始めた。
要するに、文化祭で発表する映像作品に男性の声優が必要らしい。ところが映像部は女子ばかり。合成音声を使う案もあったものの、どうもしっくりこない。
そこで候補に挙がったのが――クラスメイトで隣の席の俺。
正確には、俺の声。
「わたしね。中西くんの声、ずっといいなって思ってたの」
「……声が?」
「うん、すごく素敵なアルトボイス」
真正面から言われると、これはこれで恥ずかしい。だけど、なんだろう。思ってたのと違う。
「だから、中西くんにお願いしたくて」
アルトボイスの中西くん。確かに俺だ。
声がアルトっぽいから、アルトくん。言われてみれば、俺の名前の有人もアルトと読めなくはない。
そこまではいい。そこまではいいんだけど。
「お願いできませんか?」
一ノ瀬さんが、少し不安そうに俺を見る。
「……俺、声優なんてやったことないけど」
「大丈夫!」
「何が?」
「練習すれば!」
そこは大丈夫じゃないらしい。
でも、一ノ瀬さんは本気みたいだった。文化祭までまだ時間はあるし、最初から上手くできるとは思っていない。映像部のみんなでフォローするから、と言われた。
そこまで言われると、断る理由もない。何より――一ノ瀬さんが、俺の声を必要としている。
「……まあ、声だけなら」
「ほんとに!?」
一ノ瀬さんの顔がぱっと明るくなった。
「嬉しい、ありがとう中西くん!」
そんなに喜ばれると、悪い気はしない。
悪い気はしないんだけど、なんだろう、この微妙な敗北感。
俺、誰に負けたんだ?
◇
その日の夜。
ベッドに寝転がった俺は、スマホを眺めていた。
結局、告白じゃなかった。映像部への勧誘だった。それは分かった。
分かったんだけど――ふと、以前の一ノ瀬さんの言葉が頭をよぎった。
『今日もちゃんと話せなかった』
俺はてっきり、好きなアルトくんを前にすると緊張して話せない、って意味だと思ってた。
でも、今日の話を前提にすると――勧誘したかったのに、話しかけられなかった。
……で、成立する。
『どうしたら自然に話せるのかな』
これも俺は、好きな男とどうやったら自然に話せるかっていう恋愛相談だと思ってた。
でも、どうしたら自然に話しかけて、映像部に誘えるか。
……これも成立する。
『少し話せるようになった』
俺はあのとき、アルトとの距離が縮まったんだと思った。ちょっと嫉妬した。いや、ちょっとどころじゃない。
でもこれも――部活に勧誘したい相手と、少し話せるようになった。
……全部、成立するじゃないか。
俺はスマホを握ったまま天井を見上げた。
「あれは全部、どうしたらアルトを勧誘できるかって意味だったのか……」
俺はなんて勘違いをしてたんだ……。
しかも俺は、その存在しない恋敵に嫉妬していた。それでも一ノ瀬さんが好きなら仕方ない。俺が応援してやろう。そう決意した。
恋のキューピッドにまでなった。俺と俺をくっつけるために。
いや。正確には、映像部に俺を入れるために。
スマホのChatGPTを開く。
「なあAI」
『はい』
「もしかして俺、今までものすごく恥ずかしいことしてた?」
『確認します』
「確認するなよ」
『これまでの会話履歴から、中西有人さんは「アルトくん」を一ノ瀬美月さんの恋愛対象と判断していました』
「やめろ」
『また、一ノ瀬美月さんとアルトくんの関係を進展させる目的で、複数回の助言を行っています』
「だから、やめろって」
『これらの履歴の照合から推測される結果は――』
「もういいって!」
『承知しました』
まったく、ポンコツAIめ。いつもこの調子だ。
俺はスマホを伏せた。
忘れよう。全部忘れよう。俺は何も知らなかった。恋のキューピッドになんてなってない。アルトに嫉妬なんてしてない。
そういうことにしておこう。
◇
数日後。
俺は一ノ瀬さんに連れられて、映像部の部室の前に立っていた。
「ここよ」
一ノ瀬さんが扉を開ける。そして部室の中に向かって、明るい声を上げた。
「梅澤部長! 例の助っ人を連れてきました。中西アルトくんです」
名前、違うだろ!?
(第二章 了)
【あとがき】
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
本作はこの章だけでも完結する形になっていますが、反響があれば第三章以降も続けたいと考えています。
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皆様の反応をもとに、今後の続きを検討します。どうぞよろしくお願いします。
祭人




