第一節第1話 頼み
生者か、死者か。
まぁ、そんなことはどうでもいいんだ。
こうして生きている事が大事じゃあないか?
過去を捨て、今を生き、未来へ行く。
それの何が悪いってんだい。
――――――よくある最期の言葉。
時季は春、三月の時。爆発が沢山、少々変わった人達が出てきやすい月。
三月六日の土曜日、喫茶店アルカナは穏やかな時間を提供していた。
カウンター席には真っ白シルクハットをかぶった黒髪の男性。
常連さんだが、上に居る荒事屋の一名。喧嘩は売りたくない。いや、そもそも売る気なんてないけれど。間違っても喧嘩は売りたくない。
そして、お客様への接客が終わったもんだから座っている私こと、中瀬七氏さん。
絶賛記憶喪失中。いつでも喪失中。
あと、店長の蛇頼店長。終わり。
……うん、圧倒的閑古鳥。暇以外の何物でもない。
饅頭を食べて、店長が淹れてくれたお茶を飲む。
お茶菓子に出された饅頭は、ちょっとくどく感じる程度には甘いつぶあん。
こしあんじゃないのがちょっと残念だけども。
いや、美味しいけどね? 甘いけど。でもその甘さが、店長が淹れてくれた苦味の強い緑茶を丁度良くしてくれる。
一体どうしてかは知らんけど、店長の出す緑茶は凄く濃い。
めっちゃ濃い。何でこんなに濃いのか不思議に思う程度には濃い。もうちょい薄めろやと思う程度には濃い。
初見さんに渡したら多分むせるし、私は始め、これが普通なのかと勘違いしていた。違かったけど。普通にコレが濃すぎるだけだったけど。
紅茶は凄いバッチリなのに。謎にジャムも一緒に出してくる。
ジャム、紅茶にぶち込むのも謎だけど……確か常冬区に似たような文化があった筈だから、普通なのかな?
「店長、これって常秋区のとこの?」
「いいえ、食賛区の老舗店の所です」
店長はリーフレットを1つ取り出した。
リーフレットには食賛区のお店の広告が沢山掲載しており、その中にある店名を指差す。
創立100年を超える和菓子店だ。
お茶菓子にピッタリなものを中心に作り、安いものからお高いものまで。私用やビジネス、茶道用と、用途別にピッタリなものを作っている。ちゃんと予約すればオーダーメイドも承っているらしい。
安いとは言っても高い。最低価格五千円。日和円でも高い。
饅頭1つ五千円は高い。店長も食べてるから1万円だ。たけぇ。
「ああ。そっち……というか、よく行ったことで? 食賛区って変人の集まりで超有名では」
変人たちが集う区画、食賛区。
美食にして暴食。そして何よりも悪食。
出来る事なら行きたいランキング上位入りし。出来る事なら行きたくないランキング上位入りする食賛区。
土地全体が『特異性』によってチョコやゼリーなどで出来ている事を利用して、其々が追い求める『至高の食』を作り上げんと研鑽するその区画は、日和国においてトップレベルの食を提供する。
だが、その一方で通り魔的な犯行が多発しており、研鑽の為ならば一切の手段を妥協しないその姿勢は一種の危険性をはらんでいる。
『食害』と呼ばれる事象の発生もあり、あまり治安はよろしくはない……がこれでもマシなのがマジでこの国終わってるのすげぇや、住んでてなんだけど。
「確かにそうではありますが、天才的な変人達は一ヵ所に集まっていますからね。そこさえ避ければ無事に手に入れられますよ。万が一を考えれば貴方に頼んだ方が良いのでしょうけれど」
「そうでしょ? これこそ、私の力を必要とするべきことです」
「でも貴方、お使い忘れそうですからね」
「眼鏡があるのである程度は大丈夫ですよ」
「そう言って、国民カードを何度も紛失したり壊したりしているの、誰ですかね? それで水無瀬さんに迷惑かけているの、誰でしたかね?」
「……」
「図星ですよね?」
……毎度口では勝てないのに挑んでしまった。
そう、眼鏡1つ、されど懐が痛い。
それでめっちゃ出費が嵩んで懐が本当に痛い。
私の撃沈した様子を見た店長はくすりと笑みを零すと、流れるように手元の新聞に目を向ける。
もう興味無くしたんだろう。興味ありげで、でも全部予想通りだから、興味ない。そんな人だから。
もしくは理由もなく興味がない。とっくに諦めてしまった人だから。賢いけれど、つまんない人。
これ以上話すと墓穴掘るし、暇だったので私も国民カードを取りだし、ネットニュースを見る。
[HSAT課、楽座モールを爆破]
[裁判権外検非違使課、またもや時計区の橋を大爆破か 交通に影響あり]
[常春区にて狂い咲き現象を確認、近隣住民は注意を]
[議会の承認により外部との交通が簡易化に しかし一方で一部犯罪率の増加も]
[黄昏区にて大規模な商いの動きあり ナイトマフィア関与か]
[連塔区にて五指の指令発動か 一家連続殺人事件]
[職人議会、クエラパスト完成]
[芸術区にて爆発 「これはアートだ」と犯人は逃走]
[桜梅桃見は開かれるのだろうか 見解者達は黙秘の構え]
[奈落区にてS犯罪天授者出現 百八では打ち払えぬ煩悩を払う会が対処へ
[鬼宴医師、鬼宴総合病院にてナイフを振り回し現行犯逮捕 罰金を支払いその場で釈放]
[新薬か 鬼宴病院薬務隊総力を挙げて解析へ 裏には海外犯罪勢力か]
[これで十二件目 人切カレンの後釜、人切ツグミの謎に迫る]
[廃墟区への違法投棄増加中 中には特異性物質も]
ズラーと並べられるタイトルを下にスライドしたり、時折タップして流し見したり。
新聞に使われている写真に写る何人かは店長と私の知り合いで、元気に生活しているのにホッとする。
一部捕まっているが。あれ一応医者なんだけどねぇ。多動医者。
しっかし、まぁ、まぁ、まぁ。
タイトルを見れば、予想通りというべきか、物騒なものばかり。
最近はほんの少しばかり物騒になってきている。
『議会』と呼ばれる『日和国の支配者』とも言うべき存在達が、今までの方針全てをぶち壊すような、日和国外からの人が来るのを許可するという決定を、先月末に下したから。
今までは鎖国していたし、態々外国に来るようなバカな国も無く。そういう余裕だって無かったってのもあって。
けれど最近になってようやく持ち直してきた国が増えてきたので、多分、きっと、お誘いが来たのだろう。開国しませんか? と。いや、もしかしたら来てないかもしれないけれども。
今までずぅっと断り続けていたのに、急の心変わりに国民達は追いついていない。
何ならキレて暴れ散らかしている奴らも居る。
他の国と比べて秘密主義で、他の国と比べて鎖国し続けてきた。
そうして少なくとも今期は過ごしてきた。
それを辞めた。
それは強い衝撃となっていた。
その衝撃の1つが、過激な事をする外部勢力だ。
神秘のヴェールに包まれた秘密を暴きたくなるのは分かるが、やんちゃが過ぎるような輩まで入ってくるようになってきてしまった。
ま、そもそも日和国って、ファウルの淑女ばかりを描く微笑ましい裏民から、王女宮殿の様な傾城傾区の組織まで。
ありとあらゆる裏民が毎日のように犯罪をしている。
だから、変わらないって言われたら、そりゃそうだって話ではあるが。
それでも、やっぱり、大きな衝撃。
すぐに慣れるだろうけれど、慣れるまでが大変。
「中瀬さん、中瀬さん」
「はぁい?」
店長が話しかけてくる。
それに気の抜けた返事を返してしまった。
急に話しかけないで欲しい。
その意見すらも知った上で話しかけたんだろうけど。
「この喫茶店が入っているビルの最上階が万仲介社なのは知っていますね?」
知っている。
この空風ビルには万仲介社、万仲介社の住居、鬼宴病院出張所、誰かの住居、喫茶店アルカナと地下駐車場の地上五階、地下一階で構成されている。
その中にある万仲介社は、朴鐸銀治社長によって運営される『四大越権組織』に属する仲介業組織をまとめ上げる、仲介業社。本部ってやつだ。
武力解決を得意とする仲介業社の本社である万仲介社は、あの『荒事屋』の総本山なだけあって、エンブレイス警察の特殊業務局の連中と一緒になって暴れている事が多い。一緒じゃなくても暴れてるが。
「そこからお使いを頼まれていまして。此処、黄昏区にあるお菓子屋さん、そこへ行って、お菓子を持ってきてほしいそうです。既に注文と支払いも済ませて用意されているらしいので、これを持ってお菓子屋さんから万仲介社宛のお菓子の箱を貰って此処に持ってきてください」
「店長に渡せばいいの?」
「はい」
「分かった」
店長が注文証明書を渡すと、その後すぐ国民カードを見せてくる。
国民カードに表示されている地図には、確かに近場のお菓子屋さんを示している。
というか、良く行くお菓子屋さんだ。他では見ない駄菓子も売られている。
「すぐに終わります」
「はい。なので、寄り道せずに素早く帰ってきてくださいね」
「はぁい」
椅子から降りてさっさと外に出ていく。
簡単な用事だし、早く終わらせよう。そしてお菓子を食べるのだ。
私は知っているぞ、このお茶菓子ついでに色々なお菓子を買っている事をな。
いっつもそうだから、分かる。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
いってきますの挨拶を最後に、さっさと店を出て行った。




