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リシュールと魔法使いの秘密  作者: 彩霞
第三章 もう一人の魔法使い

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第60話 他愛ない話

「ご、ごめん。他の人を家に上げては駄目だった?」


 あの家は、クモイと共同の場所だ。シルヴィスがクモイの旧友であるため問題ないと思っていたが、誰かを招くときはクモイの許可も必要だったのだと、リシュールは今更ながらに思う。だが、クモイは首を横に振った。


「いえ、そうではなく、相手がシルヴィスですから心配で……」


 クモイはそう言って、じっとシルヴィスを見る。


「どういうことだよ?」


 疑われたほうは言い返したが、クモイは無視した。


「部屋を散らかされたりとか、勝手に色んなものをいじたられたりなどされませんでしたか?」


「お前なぁ。俺を何だと思っているんだ」


「常識が通じない人間」


「そのままそっくり返してやる。あーあ、リシュが可哀かわいそうだ」


 リシュールは二人の言い合いを見ながら、いつの間にかクモイがシルヴィスに対して敬語を使わなくなっているので、どうしてなんだろう、と思いながら、「あの、何もされていないよ」と答える。


「話は? 色々とは何を聞かれたのです?」


「クモイとシルヴィスさんの過去のこと。それから、どうしてマリさんが魔法学校と戦わなくてはいけなかったのか、とか……。大まかに教えてもらったよ」


 するとクモイは痛そうな表情を浮かべ、申し訳なさそうに聞いた。


「……気が重くなる話だったでしょう?」


「嘘ついても仕方ないから正直に言うけど、うん、簡単な話ではなかったかな。でも、クモイのことを知ることができて、僕はよかったよ。……悲しい過去があったんだね」


「リシュ……」


 重苦しい雰囲気がただよった――かと思いきや、その暗い空気を割るかのように、ぱんっ、とシルヴィスが手を叩いた。


「なんだ、急に」


 クモイが不機嫌な様子で言う。


「暗い」


「だから?」


「払っただけだ」


 淡々と答えるシルヴィスに、クモイが苛立ったように言い返した。


「そもそも、明るい話ではないだろうがっ」


「そうだけど、今日は俺とリシュが出会った日だ。できたら明るく、楽しい日にしたい」


「……何を考えている?」


 クモイが眉間のしわ深くして問うと、シルヴィスはにこりと笑って「この後一緒にご飯しない? 折角だから楽しい話をしよう」と提案してきた。どうやってもシルヴィスとクモイの過去は暗い。せめて余韻よいんは明るくしたいというシルヴィスなりの気遣いだったのだろう。


 リシュールは賛成だったのでそう声に出したとき、思いがけずクモイと声が重なった。


「いいですね」


「断る」


 反対の意見を口にしたクモイは、愕然がくぜんとした表情を浮かべる。


「いいんですか、リシュ?」


「僕はいいけど、クモイは嫌?」


 主人からふいと視線をらして答える。


「すみません、あまり乗り気では……」


「じゃあ、俺とリシュだけで行こうや」


 シルヴィスがリシュールの肩を抱いて言うので、クモイはそれを引き離しながら「やっぱり行きます」と言った。


「なんだよ。さっきだって二人で話したんだから問題ないって」


 クモイはじっとシルヴィスをにらみつける。


「黙ったまま人の顔を見るなよ。聞きたいことがあるなら言葉にしてくれないと、俺は分からないんだ」


 クモイはしばらくそのままの状態でいたが、このままではらちが明かないと思ったのだろう。「リシュ」と主人の名を呼び、その場にひざまずいた。


「うん?」


「あの、私の名前のことなのですが……」


「名前?」


 脈絡がない話を振られ、リシュールはきょとんとする。「どういうこと?」と聞いたのだが、クモイは何度か躊躇ためらったあと、何故かそれ以上言わなかった。


「いえ、やはり何でもありません。今のことはお忘れください」


「? それならいいけど……」


 すると二人の様子を見ていたシルヴィスが、こんなことを尋ねた。


「リシュ。そういえば、なんでこの人に名前を付けたんだ?」


 リシュールは目をしばたたかせると、「クモイ」という名を付けたときのことを思い出す。


「えっと……クモイに『あるじになることに申し訳なさを感じるなら、名前を付けてほしい』って言われたんです。五十年眠り続けて名前を忘れてしまったから、丁度いいって……」


「はーん。そういうことね」


 シルヴィスはにやりと笑い、ちらりとクモイを見る。リシュールもその視線を追ってクモイを見ると、彼はそっぽを向いて何とも言えない表情をしていた。

 そのときリシュールはハッとした。


 シルヴィスの話では、クモイは「五十年間眠っていたわけではない」と言っていた。ということは、もしかすると名前を忘れていたわけではなかったのではないかと思ったのである。


 そうするとこの表情の意味が分かる。


 彼は本当の名前を忘れてなどいない。それなのに「忘れていない」と嘘をついていることに、申し訳なさを感じているのだろう。


 気づいていないふりをしていたほうがいいのか、それとも本当の名前を聞いたほうがいいのか――。リシュールがどうしようかと悩み始めたとき、シルヴィスが再び質問を投げてきた。


「ついでに『クモイ』ってどういう理由で付けたんだ?」


「え? あ、えっと……『クモイ』は大陸の西側に伝わる言葉で、『雲』のことを言うそうなんです。僕はそのとき灰色の雲を思い浮かべて、クモイの瞳の色も灰色だから、『クモイ』ってつけました……」


「そっか……」


 するとシルヴィスはにこにこと笑う。


「え、なんだか変ですか?」


 やっぱり学のない自分が付けてしまったので、よくない名前だったのだろうかと不安になる。だが、シルヴィスは否定した。


「いいや。こいつにぴったりの名前だと思うよ」


「……」


 リシュールはその一言に目を見開く。それと同時に、胸の辺りに安堵あんどが広がるのを感じた。


 だが、どうしてこんな風に思うのかは、自分でもよく分からなかった。もしかすると、クモイの昔を知っている人にも納得してもらえたことに、ほっとしたのかもしれない。


「リシュ、シルヴィスの言うことは気になさらないでください」


「ただ、名前をめただけじゃないか」


「言い方が意味深長なんだ」


「意味深長だっていいじゃないか。お前に付ける名前としてはきれいすぎるぜ」


「シルヴィス……!」


 リシュールは二人のやり取りを、微笑ほほえみつつも、複雑な気持ちで眺めていた。クモイがこんな風に打ち解けている様子が嬉しいと思う一方で、自分の前ではここまではっきりと主張したり、言い合ったりしないからである。


 それはクモイにとって、リシュールが「主人」という立場だからなのだろうが、少し寂しい。


 ——もうちょっと、クモイに頼られるような人になれたらな……。


 そう思いながら、リシュールは二人の会話を聞いているのだった。

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