エピローグ
それから私は大学を卒業して、本格的に湯けむり庵を継ぐためにおじいちゃんちに引っ越した。
覚えることはたくさんあって、地域とのお付き合いも含めてやることがたくさんでくじけそうにもなったけど、ベッドのそばに置いてある紅葉さんからもらった如意宝珠がいつでも私を励ましてくれた。
やがて、湯けむり庵の一角に和風カフェを開設し、キッズスペースを作り、大学時代の友人の伝手で月イチでの冷え改善ヨガのイベントを開くようになったころには、SNSで湯けむり庵は女性や家族に優しい銭湯として、地域でもちょっとした名所になっていた。ここの主人が年若い女性と言うこともあり、取材を受けたりすることでどんどん有名になっていった。それでもやることは変わらない。銭湯を経営し、時折やってくる怪異を還す。
そんな風に恙ない毎日を過ごしているうちに、私は夫となる人と出会った。
銭湯に来たお客さんの一人で、新卒の配属でこの町に来たのだという彼は、家にも風呂はあるけど、広いお風呂が好きなので、と初めて来た日に回数券を買ってくれた。
何度か話すうちに少し仲良くなって、「鈴子さん、良ければお休みの日に映画でもご一緒しませんか?」ときっと一生懸命考えて来たのだろうという言葉を年下の彼から絞り出された時、心がほっこりして頷いた。それからはあっという間にお付き合いを始め、1年で結婚と言う話になり、その時に「私はずっとこの湯けむり庵を続けていきたいの」という私の希望を全面的に笑顔で受け入れてくれたことが何より嬉しかった。
おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいた家をもらい、私たちはそこで新婚生活を送ることになった。
そして私たちに子供が生まれた。元気で可愛らしい女の子だ。
「こら!それ触ったらダメって言ってるでしょ!」
私が叱ったのは、3歳になる子供がベッドの脇の如意宝珠をおもちゃにして遊んでいたからだ。
「ごめんなさい、ママ……」
「もういいわ。ちゃんと元の場所に置いておいてね、紅葉」
そおっと如意宝珠をベッドの脇のテーブルの小さな座布団の上に戻した子供の名前は、紅葉さんからもらった。
紅葉の名前を聞いておじいちゃんとおばあちゃんは、うんうん、と頷いていた。
私はこの如意宝珠に心からの願いをもう叶えてもらった。
この湯けむり庵をずっと守っていくこと。
それが私の心からの揺らがない願いだ。
きっと紅葉さんは幽世からひいおじいちゃんや茜ちゃんたちと一緒に私を見守ってくれている。
ひいおじいちゃんに繋がったら紅葉さんと話せないかと何度か試してみたけど、ダメだった。きっと私からは繋げないのだろう。
考えてみたら、紅葉さんと一緒にいるときしか、ひいおじいちゃんとは話せなかった。
さみしさはずっとある。
でもさみしいことは悲しいことではないと私はもう知っている。
空っぽになってしまった表のお社には、今も欠かさずフルーツ牛乳をお供えしてることを紅葉さんが知ったら、何やってんの、って呆れそうだけど。
だから私は湯けむり庵を守りながら今日も笑顔で言うのだ。
「湯けむり庵へようこそ!」
と。
あの時、きれいで優しいスパルタな神様が教えてくれたように、ここは温かくて優しい場所であり続けるべきだから。
終
これで終わりです。予定より長くなってしまったけど、楽しかった。




