8-4.青い守護具
お待たせ致しましたー
*・*・*
漣が走り出したその頃、ショッピングモールの屋上では一つの影がのんびりと空を仰いでいた。
「あーりゃりゃ、聞こえちゃったかな? まあ、仕方ないよねあの子は」
手にはショッピングモールで買ったと思われるアイスクリームを、下での抗争を知りもしないようにのんきに舐めながらぼんやりとしている。もう片手では携帯を高速タップでいじるなど実に対照的だ。
「まあ、今回はお使いの延長戦を頼まれただけだから……あの人もこれで終わりかな?」
タップを止めると高い電子音が響き渡る。ゲームなどのボーナスクリアなどに使われるものに近い。
「楽しませてほしいなぁ?」
誰に言っているかはわからないが、先程までの怠惰を含んだものよりもよっぽど感情がこもっていた。
影は立ち上がって残りのアイスをひと口で頬張ると実に美味しそうに咀嚼していった。
*・*・*
半堕ちの向こう側では、悠耶が守護具を解放したところだった。半堕ちの黒ずんだ邪気のせいでよくは見えないが、形態は晁斗もよく知っている。
あの優男が扱うなど想像しにくい、左右の手にそれぞれ握られている棒状の武器。普通は金属の黒か木のこげ茶が多いが、守護精を軸にしているのでそれを色濃く表した青銅色。
沖縄の古武術から広く知られるようになったトンファーと言う武器だ。
半堕ちとは言え、正常状態でない普通の人間に対処するために久しぶりに出すとは、恋人を遠ざけても本人の勘所に差し障ったのだろう。
「うわぁ、今まさにか?」
「篤兄!?」
成り行きを見守ろうとしていたら、後方から刑事の従兄弟が鎌で結界を切り裂きながら中に入ってきた。
「遅せぇ」
「そう言うなよ、空呀? これでも大分飛ばしてきたんだぞ?」
「御子柴さんは?」
「外だ、封鎖の手配してる。……応援は呼ぼうにも出てこられたの俺と清司郎だけだった」
「いや、充分だ」
それに、身内以外に守護具をあまり晒したくない。
それは篤嗣もわかってるだろうからそれ以上何も言わなかった。
未だ半堕ちは晁斗らが繰り出した風の縄の中でもがいているが、よく見るといくつかは千切れていた。どれほどの力を秘めているかは計り知れないが、闇堕ちしている人間は一種の狂人と化すのが常だ。晁斗も鍛えてないわけではないが、油断は出来ない。
そして、悠耶が動いた。
「一撃でお願いしたいけどね!」
背後から地面を蹴って跳び上がり、トンファーの本体を半堕ちに繰り出した。拘束しているから受けるのが普通だと思われるが、やはり拘束の持続時間が切れたようで、半堕ちは紙を破くようにして風の縄を解くと悠耶の攻撃を片手で受け止めた。
「あいつただの会社員の癖に、なんかやってたのかもな?」
「調べれたのか?」
「甲本泰彦27歳。隣の矢萩市に住んでるWebデザイナーらしい。今んとこここまでだ。あとは清司郎の方が知ってる」
「俺の二個上……?」
顔は昨日もあまり見ていなかったが、身長差だとよくわかりにくかった。自分がいかに規格外なのかは自覚してるが、ごく普通の成人男性と比較しても半堕ちーー甲本は線が細い方だった。悠耶よりも痩せ型に見えたので。
悠耶は懸命に攻撃を繰り出してはいても、甲本にはなんなく受け止められるか躱されている。篤嗣の言うように、見た目によらず武の心得があるのかもしれない。文化教室なんかでも今時習える時代だからだ。
「それと、厄介な事が絡んできやがったぞ」
「何が?」
「あの甲本の堕ち方には、第三者の介入の可能性が高い」
「っ、裏か?」
「それまでは特定出来ないが、これを見ろ」
見せられたのは、明らかに女性物のスマホ。ストラップには晁斗ならすぐわかるくらい少し上物のパワーストーンで出来た雫型のシンプルなストラップ。
どちら、と言われればストラップの方が気にかかった。
「呪具か?」
「晁斗なら一発でわかったか? これはさっきお前が奪還した柘植奈央美の持ち物だ。守護精に聞いたら、どうも男からこのストラップを贈られたらしい。俺は間違いなく甲本だと思ってるがな」
「一般人が手に入らないから第三者の介入ってわけか?」
「守護堕ちにまで至らなかったのは、おそらく理性がわずかに残ってるからだろうな? ったく、恋愛のもつれとかは勘弁してほしいぜ」
「だよな……」
守護堕ちの二割程度にはそう言った理由もある。
だが、呪具とは少々厄介だ。表面上の邪気は感じ取れないが、小さい程精巧なものが多い。スマホごと持ってきたということは、金具やコードを千切ろうとしても外せられなかったと言うこと。晁斗は解呪の分野は正直得意ではない。
それに、何故奈央美が万屋に来た時の依頼中に気づけなかったのか。あの時は空呀以外に悠耶と星燕もいたのだから、誰かが気づいても不思議ではない。
普段は擬態させているとしたら、生み出した製作者は相当の技能を持った輩だ。
「……待てよ? じゃあ、守護精が受けてた邪気は」
この呪具のせいか。
それにしては、今日と昨日は特に変化がなかったようだ。
晁斗は昨日は直に確認しているし、今日も奈央美から渡した名刺の番号にかけてきた形跡もない。潜伏型なのか一過性なのか判断は今難しいが、半堕ちから流れ込む邪気を代わりに守護精のライトが受け止めてた可能性は非常に高かった。
「柘植奈央美と面識があんのか?」
「ああ」
観戦状態ではあるが、手出ししようにも難しいので今の内に奈央美が万屋にやってきた日のことを簡潔に告げる。
さっきの憶測も話せば、篤嗣も顔をしかめた。
「その可能性は高いな? この前報せてくれたやつがそれとくりゃ、他のも怪しい。隠れてるだけで、半堕ち以上になってる守護堕ちがうようよしてるかもしれない」
「……そうだとしたら、最悪だな」
その第三者が、晁斗も一度だけ遭遇したことのある『裏』だとしたら、余計に最悪だ。
あれに関われば、逃げおおせるのは非常に困難だからだ。
「あ、悠耶吹っ飛ばされた」
会話に加わってなかった空呀が嘆息するようにして呟く。
晁斗も予想はしてたが、やはり普段の接客業が長いので鍛錬に時間を費やせないせいが大きい。要は、運動不足だ。悠耶は後方に飛ばされたが、トンファーの一部がクッションのような雲に変わって彼を包み込むように受け止めた。
星燕が瞬時に判断して変形したのだろう。
「……本気にさせたね」
声色と顔つきがあってない。どうやら、本気にさせてしまったようだ。
「篤兄、止めるか?」
「だな。俺が突っ込むから悠耶拘束してくれ」
「りょーかい」
「俺星に掛け合おうか?」
「念のために頼む」
宿主がああでは、守護精がいくら呼びかけても聞き入れることが出来ない場合もある。
甲本の方は、ゆっくりとした足取りでこちらにやってきながら奈央美を探しているのか首をあちこちに向けていた。
分担が決まれば、それぞれ動くために地面を蹴った。
次回は10時〜




