6-3.癒し手
本日四話目
「あらゆる傷を固有能力で治癒することを可能とすると言われる、あの?」
晁斗も多少なりと耳にしたことはある。
だが、それはほぼ伝説上に等しく、記述があまり残されていない。
確証がないわけではないだろうに、何故克己や荘重がそのように推測したのだろうか。
それは、これから語られる。
克己は食後用に用意しておいた咲乃の紅茶をひと口飲んでいた。
「荘重君は個人で癒し手を研究していたようでね。記述のないものとされてるのも随分とあったよ」
「その中に、さっきみてぇに守護精がランクを問わずに勝手に出てくるのでもあったのか?」
「ああ。漣ちゃんの場合は歌だったが、悠耶のように楽器を使う場合もあるそうだ。今回は、悠耶とセッションして欲しい私のわがままだったがね」
「そもそも、漣ちゃんがなぜ歌を? どう言う状況だったんですか」
「あ、聞きたいわ!」
「記憶が戻ったんすか?」
「そうではないようなんだよ。ね、漣ちゃん?」
「……はい」
漣の表情が曇っていく。
昨日は気落ちやショックと言った負の感情をほとんど見せなかったが、今日一日の出来事で色々自覚したのだろう。
晁斗は何も言わずに髪を撫でてやった。
「荘重先生から、色々聞かれてた時でした。本当に、なんとなく思い浮かんだだけです」
「さっきの歌が?」
「はい。音、でしたっけ? 急に浮かんできて、それからなんだか歌わずにいられなくなって」
「いきなり立ち上がったと思ったら、先程のように歌い出したんだよ。誰もが聴き惚れてしまっていたが、自分の守護精が急に顕現していたのには驚いてね。それから、荘重君は確認のために何度か漣ちゃんに歌わせて癒し手の素質があると確証が持てたそうだ」
「でも、癒し手って傷を癒す能力だよね? 漣ちゃんは具体的にはそう言う効力を発揮してないと思うけど」
たしかに。守護精を無条件で顕現させた以外は特に何もない。
気になるのは守護精達の腑抜けた状態くらいだが。
「いや、漣ちゃんは少なからず癒しているよ」
「兄貴?」
「守護精達のさっきの状態は見ただろう? 皆表情に共通点があったね」
「共通点すか?」
「ふにゃん、ってなってたわね?」
「ふにゃん、ってなんだよ!」
「じゃあ、出てくる時のこと覚えてるの?」
「それは……」
空呀が言葉を詰まらせると、星燕が代わりに口を開いた。
「……得も言えぬ幸福感。我はそう感じ取れた」
その一言に、他の守護精達も頷いた。
「我らは宿主と感覚を共有する魂の一部。故に疲労もいくらかは請け負う。それが、咲乃より預かっていたものが消え失せた」
鳳嬰もそう告げると、咲乃は自分の体を触り始めた。
「そう言われてみれば、あれだけ疲れてたのが……平気になってるかも」
「全く?」
「うん、ほとんど感じないわ」
「そういや、俺も……」
守護具顕現をしていくらか疲労はあったのだが、気づかぬ間に消え失せていた。関節の痛みも多少はあったはずが、全く感じられない。
「聞き入っていたうちに発動したんだろうね。僕も、仕込みとかで感じる疲労感も完全と言っていいくらいに消えているから」
「あっしもだぜ」
「これって、相当やばいんじゃないんすか?」
「何が?」
いいことではないかと思ったが、菜幸はちっちと指を振った。
「霊力操作もせずに、しかも守護無し状態にも関わらず他人の傷を癒すってのは相当のレアってことっすよ。これ、外に漏らしたら大変ですまないっすよ!」
「むしろ、秘匿にせねばならない。だが、囲い過ぎてもいけないよ。漣ちゃんはそこを除けば普通の女の子だ」
それには全員同意した。何も、特別扱いする必要はないのだから。
「そこでなんだが……」
「どうしたの、お祖父ちゃん?」
克己が改めて咳払いするのに、漣も含めて全員訝しむ。頼みごとにしては、随分ともったいぶった様子だからだ。
「漣ちゃんにも、負担がかからない程度にうちの手伝いに入ってもらおうと思ってね?」
「朝言ってたことと違うじゃねぇか!」
いいこと思いついたと言うような克己に、晁斗が突っ込んだ。
他もそのようだったが、晁斗が早過ぎたために出遅れてしまっていた。
「まあ、聞きなさい。外見はともかく、漣ちゃんも一応成人している身とわかった。だが、ずっと客のフリをさせるのもすぐに限界が来るだろう。だから、基礎知識を学ばさせると同時に賃金を与えてやらなくては、自分のしたいことも出来んだろうしね」
「僕の、したいこと?」
「例えば、今日は病院の購買でお菓子を買ってあげただろう? 自分で欲しいものを買うにも、私からお小遣いをあげるだけではよくないからね」
「ああっ」
ぽんっと手を叩く辺り、簡単には理解しているようだ。
いや、それでいいものかと、晁斗は納得し難かった。
拾った自分が言うのもなんだが、まだまだ危なっかしいところがあるように思えてならない。昨夜のように貞操観念が緩いところも含めて。
とりあえず口を挟もうとしたが、
「それって、研修受けさせてバイトにつけるってことっすか!」
「うぉ!?」
いきなり菜幸が割り込んできて、口を閉ざさずを得なかった。
その目は爛々と輝いていて、何かの期待に満ち溢れている。ネージュは後からため息をつきながらやってきた。
「ご主人、そのように詰め寄られては晁斗様方が驚かれますよ」
「あ、そうだった……でもでも、そう言うことっすよね、オーナー!」
「え、あ、まあ、漣ちゃんが嫌でなければだけどね?」
あくまでも提案の一つだ。強制するつもりでないのはわかっている。
漣はどう答えるか、晁斗は横顔を見ながら待った。
「……あの、お仕事なんですよね?」
「そうだな」
こちらを見たので、晁斗は頷いてやった。すると、漣は首を捻りながら口を開いた。
「これを作るようなのも、お仕事になりますか?」
「え?」
これ、と言って漣が指したのは自分がつけているネックレスだ。
それを見て、空呀が首を傾げた。
「それ、晁斗がやったもんだろ?」
「おや、見覚えがないがいつの間に作ったのかな?」
「俺見てたぜー? 三日前に出来たばっかだろ。いいのかよ」
「……いーいんだ!」
また作ろうと思えば作れる。
だが、肝心の質問に答えねばと晁斗は軽く咳払いした。
「漣も作ってみたいのか?」
「可愛くて綺麗なものを作りたいです!」
即答に加えて眩しい程の笑顔になった。
これには近距離でいたので直視してしまい、顔に熱が集まるのがわかる。空呀が肩でニヤついているのがわかると、指で軽く額を弾いた。
「ふむ。それもいいが、平行していこう。合間合間に晁斗や他の皆にも教わりなさい。君の重要な仕事は、万屋としては回復要員だ」
「かいふくよういん?」
「いいんですか、オーナー。漣ちゃんの力をそう使って」
「コントロールが必要になってくるだろうしね。宝の持ち腐れにしてもいけないし、自分を知るためにも無関係ではないと思うよ」
「……オーナーがそのようにお考えでしたら、何も言いません」
つまり、ウィンタージュの喫茶と万屋、両方を担う存在の一人として受け入れると言うこと。
多少不安はあるが、晁斗も所長として異存はない。
「じゃあ、明日からはうちの新入りだ。よろしくな、漣」
「は、はい。お願いしまふ!」
「かんじゃってるよ!」
「可愛いわね、もう!」
ほとんど身内だけで固めていた万屋。
そこに、菜幸以来の新たな一員が入ってきた瞬間だった。
「さて。篤嗣からの連絡はすぐには来ないだろうから、店仕舞いするとしようか」
「お兄ちゃん、LINEにも送って来ないからまだ無理かもね」
晁斗も特にない。朝送ったことには『調べておく』としか返事がなかった。悠耶や燈の方も返事がないようだ。
「半堕ちなかったとしても、あれだけの邪気だ。負担は肉体にも魂にも相当かかってんだろ。目が覚めないだけで済めばいいが」
「万が一のことがないようであればいいがね。急を要するならば、私とお前で様子を見に行こう」
「そうだな」
切り札として、漣の能力が必要となってくるかもしれないが、それは出来るだけ避けたい。
まだまだ未知数なのと、出来るだけ周囲に知られてはならないから。
「あ、そうだわ」
急に咲乃が手を叩いたかと思えば、こちらにやってきた。
「仕事もいいけど、漣ちゃんの身の回りのものを揃えなきゃ。昨日持っていった鞄の中身だけじゃ、せいぜい明日までだわ」
「じゃあ、買い物っすね!」
「そう言えば、二人共明日オフだったね?」
たしかに、晁斗もシフトを思い返せばそうだったなと頷く。
漣本人はまだ理解出来ていないのか、小首を傾げていた。
「かいもの? 何をですか?」
「服とか色々よ。お金の心配はしないで? 経費として落とすから」
「……まあ、いいが」
克己も特に何も言わないところから、問題はないようであるし。別に熊谷の資産から出しても構わないが、無断で使い過ぎると大変なので口に出さないでおいた。
「そうと決まったら、明日は女子会よ!」
「はいっす!」
無駄にテンションが高くなっていき、肝心の漣はついていけてないようだ。明日が心配になるが、これもまた経験だと軽く頭を撫でてやった。
今日はここまで
次回は明日の7時〜




