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7-1.朝ご飯を箸で食べる

お待たせ致しましたー






 *・*・*








 翌日。

 聞こえてくるアラーム音に、布団から這いずり出て晁斗(あさと)は手を伸ばしてスマホをタップする。

 時刻を見れば、5時半だった。



(寝てぇけど、俺は今日オフじゃねぇし……)



 それに自宅での食事を作るのは主に晁斗の役割だ。


 克己(かつき)はとうに起きてるだろうが、晁斗が大学を卒業してから晁斗が食事、克己がモーニングコーヒーを淹れると決まっているので(れん)を起こしてるかもしれない。


 まだここに来て二日目でしかないが、彼女は拾って来た時のように異常に眠りが深いらしい。昨日晁斗が起こしに行った時も、相当揺すぶらなければ無理だった。


 ひとまず簡易的に着替えてから、空呀(くうが)を降ろした。



「はよー」



 中にいても寝こけてたのかあくび全開。軽く顎を撫でれば猫のようにごろごろと喉を鳴らした。



「今から作るから、克爺のとこに行って漣を起こすの手伝ってやってくれねぇか?」

「おー」



 お願いをすればまだあくびをしながらも頷き、壁をすり抜けて彼女の部屋に向かってくれた。


 晁斗も軽くベッドを整えてから部屋を出て階段を降りていく。



「今日は、和食の方がいいか……」



 漣にも箸の練習をさせた方がいいだろう。昨日も一昨日も全部洋食だったから、和食は一切出してない。克己は老年にしては洋食の方を好む方なので、家でも洋食が多いが和食が嫌いなわけでもない。


 台所に着くとすぐに冷蔵庫を開けた。



「肉は朝からじゃ重いし、無難に焼き魚だな。シャケかアジにサバ……漣にはシャケの方がいいかもな。これ骨抜きしてあるし」



 自分は気分的にサバで、克己や空呀はアジでいいだろう。おろしも添えないとなと決めてから他の献立も決めつつ調理を始めた。



「おはよう、焼き魚のいい匂いだね」

「……おふぁよぅございまふ」



 いい具合に魚が焼けたところで克己達がやってきた。

 漣は予想通りに寝ぼけ眼全開にして、頭には空呀を乗せている。


 成人しているはずなのに、やはり外見通りの高校生のようなあどけなさを感じてしまう。服装はまだ寒いからかこれまた咲乃(さくの)のお古から渡されたモコモコフリースのパジャマだ。水色に白のドット柄で大変可愛らしい。



「はよ。漣、もっかい顔洗ってこいよ。寝ぼけて飯に顔突っ込みかねんぞ?」

「うぅ……そうします」



 よろよろとおぼつかない足取りで、空呀を連れたまま洗面所に行った。


 その間に仕上げるかと、コーヒーの湯を沸かしている克己と並びながらも台所とリビングを行き来する。



「うっし、出来た」



 米と味噌汁以外には、それぞれの焼き魚と厚焼き卵に菜っ葉の白和えと焼き海苔。


 典型的な和食だが作り過ぎでちょうどいい。漣の胃袋の許容量も確かめたいからだ。残せば晁斗や空呀が収めるので構わない。



「わぁ、昨日とは違いますねっ」



 顔を洗い直してしゃっきりしてきた漣が、目を輝かせながら戻ってきた。



「和食っつーんだ。昨日までのは洋食だ」

「わしょく?」

「私達日本人が主に食べる食事のことだよ。さぁ、冷めないうちにいただこうか」

「晁斗ー、俺どれだー?」

「空呀はアジな? 漣はその赤っぽい魚のとこだ」

「はい」



 席にそれぞれ座って手を合わせたが、晁斗はすぐに自分の箸を持って漣に見せた。



「昨日と違うのはこの箸だな」

「……こんな細い棒でつかむんですか?」

「むしろ、こっちのが普通なんだよ。とりあえず、俺の見ながらやってみな?」

「はい」



 まずは見本だけみせてから、補助もせずにやらせてみる。でないと、自分がわからないところに気付きにくいからだ。


 克己も食べずに見守っていたが、漣は箸を持ちにくい幼稚園児にように試行錯誤しながらもなんとか持てていた。形だけだが。



「こ、これをどう使うんですか?」



 必死な様が可愛らしい。彼女以外噴き出すのを堪えながらも、食事を始めることで手本を見せた。空呀だけは素手だが。



「片方を支えにして、もう片方を開くことで挟むんだよ。フォークみたいに刺すのはあんまり行儀が良くないけど」

「ひ、開く?」

「そこの卵焼きつかんでみな? 柔らかいから崩れやすいが」

「は……はい」



 そして、案の定つるっと滑らせて皿に戻っていった。



「う、ううう」

「まあ、ゆっくりと言いたいが……もう少し練習しても変わりなきゃフォーク出してくっから。俺と克爺は今日も仕事だしな」

「お世話かけます……」

「アジうめぇ!」



 空呀は我慢出来ずに食事にがっついていた。


 その後もいくらか頑張っていたが、赤ん坊のようにあまり上達せずに結局はフォークとスプーンで食べさせることにした。


 特に味噌汁には感動してくれたので、和食の日には必ず作ってあげるかと片隅に入れておく。



「晁斗さんはなんでも出来るんですね?」



 全部食べ終わってから、漣が唐突に言い出した。


 彼女のコーヒーは苦いのが無理だったためにカフェオレ仕立てにしてある。



「そうか? 自炊出来れば割と普通だぞ?」

「僕でもですか?」

「まあ、教えて練習すれば?」



 器用さがどこまであるか確認も出来るし、ちょうどいいかとこれもまた頭の片隅に入れておいた。


 しかし、時間は限られているので漣は着替えに行き、克己は晁斗と食器の片付けをすることに。



「女の子達でお出かけとは、早いうちに出来てよかったね」

「そうだな」



 ずっと男と勘違いしていたら、晁斗か悠耶(ゆうや)が連れて行くことになっただろうが。早めに誤解が出来ずにすんだので、咲乃には少し感謝している。


 菜幸(なゆき)と一緒と言うことに少々不安は生じるが、仕事を抜けてまで行けれないので我慢するしかない。



「ほい、これで終わり」

「はいはい」



 何より、今日もまた一日仕事だ。









 *・*・*








「お迎えに来たわよー!」

「おっはよーございまっす!」



 身支度を整えていたら、昨夜打ち合わせた時間通りに咲乃と菜幸がやってきた。


 これには少しわけがある。単純に漣の防寒着がないためだ。



「あ、おはようございます。咲乃さん、菜幸さん」



 着替え終わったらしい漣もちょうど降りてきた。


 着替え方は咲乃から初日にみっちり教わったようなので、ちゃんと着れている。


 咲乃達に言われたのか厚手の黒いストッキングを履いていて足は完全に隠していた。服の方は今日もワンピースとカーディガンを着ている。咲乃の母親が詰め込んだ荷物の中身は知らないが、急いで入れたからのラインナップかもしれない。似合ってないわけではないが、漣はズボンでも可愛いと思っただけだ。



「あ、それを着たのね。ちょうど良かったわ、これ着てみて」

「おい。俺と克爺は出るから、ここじゃなしに漣の部屋かリビングとかにしろよ」

「はーい」

「おっ邪魔しますー」



 合鍵は咲乃もだが悠耶にも持たせてあるので問題ない。


 空呀を中に戻してから出ようと鞄を持つと、何故か漣が戻ってきた。



「あ、あの」

「どした?」



 何か聞きたいことでも出来たのだろうか。


 屈んで目線を合わせてやれば、何故か彼女は頰を赤らめていた。



「そ、その……いってらっしゃい」

「え?」



 それを言うためだけにわざわざ戻ってきたと。

 しかし、まだそう言った挨拶などは教えていない。誰か、と思う前にすぐに行き着いた。奥を見れば、階段下の影から咲乃と菜幸が心底楽しそうな表情でこちらの様子を伺っていた。


 絶対、漣に仕込んだに違いない。



「………ああ、いってくるよ」



 どう言われたかはわからないが、漣の気持ちは踏みにじりたくない。軽く頭を撫でてやってから家を後にした。








 *・*・*







「さっくせん、大成功ー!」

「やりましたね、咲乃先輩!」



 克己も見送ってから、咲乃は菜幸とハイタッチした。

 作戦と言っても、実にシンプル。漣が晁斗に『いってらっしゃい』と見送りさせただけだ。これで、晁斗がどう反応するかを見たかっただけである。


 本当に見たかった反応はなかったが、あれでも及第点だ。それと咲乃は、ばっちりとスマホに従兄弟の珍しい柔和な笑顔を収めていた。



「しっかし、先輩もああ言う顔出来たんすね?」



 菜幸は本人がいないからと言いたい事を言うが、咲乃は構わない。こう言う正直に言えるところを気に入っているからだ。



「晁君今まで女の子にそんな興味持たなかったからねー」

「咲乃先輩には?」

「私は単に従兄妹だからかな。漣ちゃんみたいに気にかけてるのは本人も気づいてないけど、きっと初めてね」



 愛想がないどころか愛嬌を振りまく接客をしているのに、好奇の視線を集めていても特に気にしない。


 けれど、晁斗は背負い込むものが色々あった分気持ちに余裕が持てなかったのだろうと咲乃は見解していた。


 だがそこに、突如現れたイレギュラーの少女。


 初日に性別がわかっただけであれだけ慌てふためく従兄弟を、咲乃は生まれて初めて見た。これは良い機会だとすぐにピンときたのだ。


 本当に高校生だったらいくらかは躊躇ったが、成人していて菜幸の一つ下だけならほとんど年齢差はない。

 お互い好き合うかどうかはともかくとして、晁斗への良い刺激になればとこれから画策していくのだ。さっきのは手始めで、菜幸にはここに来る前から打ち合わせ済みだ。



「あ、あの、あれで良かったんでしょうか?」



 見送りを終えた漣が戻ってきた。


 きょどきょどしている様が実に愛らしく、菜幸と一緒にニマニマ頬が緩むのが止まらない。



「大丈夫よー? 時々だけど、見送る時はああしてあげてね?」

「え、はぁ……?」

「さって、時間はまだありますがホットチョコとかの美味しいお店見つけたんすよ。そこ行きませんか?」

「あらいいわね。バレンタインも近いし?」

「ばれんたいん?」

「歩きながら教えるわ。とりあえず、このダウンコート着てみてちょうだい」

「は、はい」



 今日一日がとても楽しくなる予感しかしない咲乃だった。

次回は10時ー

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