5-1.受け入れることに
お待たせ致しましたー
*・*・*
「つーわけで、しばらくうちで預かることになった」
翌日のウィンタージュ並びに万屋開店前。
晁斗はバイト以上、つまり正社員のみを万屋事務所に集めて、件の少女こと漣を紹介することにした。
「え、えっと……漣です。しばらくお世話になります」
この時間に紹介させたのは、すぐ後に克己が荘重のいる大学病院に行くためだ。先に顔合わせ出来るメンバーが多いに越したことはないと克己の提案だ。
「晁斗がつけたにしては、男の子っぽい名前だね?」
「でも、響きは綺麗だわ。改めてよろしくね、漣ちゃん」
「あ、はい!」
「私とは初めましてだね 古厩 菜幸って言うよ。歳下……っすよね?」
「そこは今から行く病院の検査次第だから、具体的にはわからないね」
唯一顔合わせしてなかった菜幸が不安げに克己に聞くも、克己も自信がないのか肩を落とした。
実際並ぶと背も体格も菜幸の方が大人びているので、差はどうしたって出る。しかし、日本人の特性から童顔小柄が今も深く根付いているから完全には否定出来ない。
「マスター、漣ちゃんはここにいる間どう過ごさせるんですか?」
「診断次第だが、基本は客のふりでもさせておこうと思うよ。もし彼女自身が店のことに興味を持ったら、簡単なことで暇つぶしはさせてあげようかとは思ってるけど」
燈の問いに克己は無難な回答を伝えた。
晁斗もそれは同意だ。むしろ、ここにいる全員の特技を見せて伝授するのも悪くはない。菜幸は最近特技をすることは少ないが、一番年が近く見える分本人も親近感が湧いてるようだ。今も漣の頭を撫でてやっている。
「おーい、顔合わせ終わったんなら俺達は開店準備だ。漣と克爺だけは病院な」
「了解っす」
「ほとんど終わってるけどねー」
「表から見送りましょうよ。漣ちゃんに雑貨コーナー見せてあげたいわ」
「僕は残りの仕込みしてきますね」
各々別れて自分の担当に移った。
咲乃は漣と克己を率いてウィンタージュのレジ横にある雑貨コーナーに行ってしまったが。
きっと驚くだろう。あそこに置いてある商品のほとんどが店員達の手製なのだから。
「あっち行く前に、依頼がねぇか見とくか」
昨日の依頼については継続だが、経過報告を万屋が受け次第対応する形なので一日二日で解決するものではないから問題はない。
他にも並行しているが、昨日退室した以降にそう言ったものからの追加依頼も特に入っていなかった。
「けど、あの邪気を抱えてたみたいなのはちょいちょいあったな……」
柘植が必死になっていた状態やもう少し安定してたのもあれば、かなり深刻だった事案もここ半月で5件あった。幸い、ほとんどが悠耶と晁斗、あるいは咲乃らの守護精で対応出来たが、万が一と言うこともある。
晁斗は篤嗣にLINEでDMを送り、他の資料を見て特に何もなければウィンタージュの方へ向かった。
*・*・*
公共の交通機関を使って約30分。克己達は目的の病院前に到着した。
「ここが、びょういん?」
「大きいだろう? こう言うのは大学病院と言って、敷地がかなりあるんだ」
「だいがく?」
「うーん、学校はわかるかい?」
「……………小学校とかですか?」
「君くらいかもう少し上の子供……ほとんど大人なんだけどね、そう言った人達が通う学校が大学なんだよ」
「そう思っておきます」
「うん、いい返事だ」
では行こうかと克己は漣を連れて中に入る。
だが、いきなりの自動ドアの開閉に漣は肩が飛び上がらんくらいに驚いた。
「び、び、びっくりした!?」
「ああ、ごめんごめん。電車やバスの時もそんな感じだったね」
記憶喪失ゆえに過剰に反応してしまうのは仕方ない。
幸い、他の一般人は朝早いために少なく、近くにもいなかった。
「慣れるまでは誰かと同行した方がいいね。一緒に受付に行こう」
「……すみません」
「謝ることはないよ」
孫達に比べれば聞き分けがよく、行儀も良い。
好奇心はなくもないが、突拍子もなく駆け寄ったり飛びつくことも見受けられなく、大変好ましい少女だ。
記憶をなくす以前の行動は体に染み付いてると聞くが、例外もなく漣もそうだろうなと克己は思った。
予約はしていないが、荘重と浅くない付き合いの克己は受付に名刺と漣の症状を伝えれば少しして婦長らしい看護士がやってきた。
「ご無沙汰です。先生の予約は今日空いてらしてるので、すぐに診察させていただくと」
「急ぎではないが、この子の為なんで」
「ええ。健忘症患者がこの年頃であるのは珍しいですしね。どうぞ、こちらへ」
「漣君、おいで」
「はい」
結果は、克己には待つしか出来ない。
いくら、半探偵気取りの事務所と喫茶店のオーナーをしていても、医療に関してはほぼ素人に等しいのだから。
*・*・*
漣と克己が出発して二時間程経った。
ウィンタージュはいつものような賑わいで忙しく、特に変わったことも万屋への依頼もない。
ただ一人、落ち着きがないが。
「……マネージャー、落ち着きがないよ?」
「う、悪い」
晁斗のことだ。接客の合間にスタッフスペースの壁掛け時計を見ながらそわそわしているのは、悠耶でなくても実に分かりやすい。今日漣と会ったばかりの菜幸だけは不思議そうにしていたが、咲乃に聞いたのか途中からニマニマ笑顔だ。
「ごく普通の精密検査だけなんだから、異常が出たんなら克爺が連絡くれるはずだよ」
「だからって、長過ぎねぇか?」
「検査ほど時間がかかるものだよ」
学生時代や社会人になってからの健康診断も然り。
幸いにも大きな怪我がしばらくないでいるが、たまに晁斗はやらかしてしまう。あれにも結構な時間がかかったのだからと言えば、巨体が縮こまっていくように見えた。
「心配になるのもわかるけど、仕事は仕事。君は克爺の後継者なんだから頑張ってもらわなきゃ。あ、そうそう。君のコーナーの在庫、昨日でだいぶ減ったから追加お願い」
「わーってるって。追加……同じのでいいのか?」
「任せるよ。定期的に新作増やすのもいいけど、既存のも人気あるからね」
「ん」
落ち着きがないのが悪いことではない。
むしろ良い傾向だ。実際の年の差はわからないが、見目も悪くないのに女っ気がからっきしだった晁斗に初めての女性だ。付き合うどうのこうのではなく、身内以外にああも冷静を欠く態度を見せるのがとんとなかったわけで。
咲乃に関しては完璧に従兄妹として接しているのと、悠耶の恋人であるから割り切っているようだが。
(あー……久しぶりに弾きたくなる気分だな)
漣達が帰宅してから克己に許可を取って、久しぶりにホールで演奏しよう。
悠耶自身もらしくなく接客以外で上機嫌でいるのは珍しい。恋人の咲乃は気になって、ミールタイムにそのことを聞くのだった。
「いらっしゃ……あ、マスターお帰りなさい!」
それからしばらくして、菜幸がホールに立っている時に克己達が戻ってきた。
悠耶は晁斗が飛び出さないように自分が行くと、彼を燈の調理補助に押し込んできた。
「ただいま。詳しいことはもう少し後で話すけど、とりあえず漣ちゃんに何か食べさせてやってくれないかな? どうも、お腹空いちゃったようでね」
「メニューから選んでもらいますか?」
「そうだね。菜幸君、転けないでよ?」
「だーいじょぶでっす!」
とは言っても、スタッフスペースに入った途端軽く蹴つまずいたが。
「めにゅー?」
とりあえず悠耶が席に案内して椅子に座らせたら、そう言う言葉が出た。
やはり、基本的な常識なものはほとんどないようだ。
「食べ物や飲み物が書いてある本みたいなものと思ってくれればいいよ。字は……どうだった?」
「難しい漢字じゃなきゃ大丈夫でした」
「検査で確かめたの?」
「いいえ、晁斗さんと空呀さんが昨日教えてくれました」
「そうなんだ」
晁斗もだが、その守護精も大層な世話焼きだ。
「じゃあ、好きなもの選んでいいよ?」
「僕お客さんじゃないのに……」
「お客様に変わりないよ? こうやってお店に来て席に着いてくれてるから」
「んー……でも、ごはんの名前までまだよくわからなくて」
「ああ……それはごめん」
悠耶もうっかりし過ぎていた。
次回は10時頃〜




