シリウス帝国前史
第一章 先代マルクス帝即位からイスパの会戦(マルクス帝元年~同十二年)
現皇帝シリウスが帝位に就いて26年が経過しており、現皇帝の治政からシリウス朝、あるいはシリウス帝国と呼ばれているが、実際に皇帝の血統が先代と現代で変わったわけではない。
先代までの皇帝の治政では、政治の運営は元老院が行っており、皇帝は名誉職に近いものになっていた。
そのため、先代皇帝の時代はシリウス共和国と呼ばれていた。
国家としてのシリウスが共和国から帝国に変化することになったのは、先代皇帝マルクス帝の時代に様々な事件が立て続けて起こったからに他ならない。
マルクス帝時代、元老院による政治は混乱と腐敗を極めていた。
賄賂、汚職がはびこり、元老院の権力者がいたずらに始めた戦争が仇となり、共和国は領土を大きく削られた状態となる。
マルクス帝即位から十二年が経過した時には、イスパの会戦と呼ばれる戦いに追い込まれていた。
このイスパで敗北すれば、共和国は南部の国家イーリス公国に対し、非常に不平等な全面講和を結ばなければならないことは誰の目にも明らかである。
イーリス公国側の兵力十万に対して、共和国側は二万の軍しか動員出来ず、敗北は必至と思われていた。
この時代、共和国側には有能な軍人が少なく、指揮官級の軍人は官僚的な考えしか持ち合わせていなかった。
この会戦の共和国側総指揮官であるベック元帥も、後々は政界に進出する意向を持った官僚的軍人であったため、勝利が絶望的なこの会戦の指揮官として任命されたのは、当の本人からすればまさに不運であった。
しかし、ベック元帥自身が平凡な軍人であっても、ベックの麾下に居た軍人は極めて非凡であった。
そして、共和国軍はなんとこの会戦に勝利する。
勝利の立役者として勇名を馳せたのは、重装歩兵部隊の指揮官ガノンドルフ将軍と、この会戦の前に義勇軍を率いて参加したリーファ将軍の二名である。
この二人の将軍は性格が対称的であり、開戦前には双方が部下を巻き込んで大乱闘事件まで引き起こしているが、いざ開戦となると信じられない程に息が合い、イーリス公国軍十万は散々に打ち負かされた。
このイスパの奇跡とも呼ばれる大勝利後、共和国は勢いを盛り返していくことになる。
イスパの勝利に貢献した二人の将軍のうち、ガノンドルフ将軍は軍規に厳しく、軍人といえばガノンドルフとまで言われた性格である。
もう一人のリーファ将軍は義勇軍を率いていたため将軍と記録されているが、会戦時は十八歳の少年であり、本人は羽根の無い地竜に跨がり、義勇軍の面々も共和国の領土内にはあまり居ないドワーフ、エルフ、鳥人族、ゴブリンなどの混成部隊であり、極めて自由奔放な性格だった。
先述の通り、開戦前には乱闘を起こす程に険悪な二人であるが、イスパの奇跡をきっかけに、この二人は兄弟同然と呼ばれる程の友誼を結ぶ。
しかし、共和国から帝国への時代の流れが、この二人の運命も大きく狂わせてしまうことになるとは、この時は当の本人達すら知る由も無かった。
第二章 二将軍活躍の記録(マルクス帝十三年~同二十年)
それまでの敗戦の連続により、共和国の軍には元帥がベックしか居らず、イスパの勝利もあって軍部内でのベック元帥の地位と発言力は、必然的に高まった。
ベック元帥が軍人として正しい選択をしていた時期は、まさにこの時である。
ベック元帥自身は、政界参入の将来的な目標のために戦場での敗北と、自身の戦死は絶対に避けたい。
そこでベック元帥は、自分自身は帝都ヘクトルの元帥府を動かず、後方支援ばかりを処理していた。
もちろん、後方支援に関連する物資や人事をベック元帥が利用し、私腹を肥やしていたのは想像に難く無いが、自身が戦場に出なくなった代わりに、二人の将軍が戦場で指揮をとる機会が増えた。
そして、これは共和国全体にとって吉となる。
侵攻してきた敵に対しては、ガノンドルフ将軍が組織力を活かした戦いと粘り強さを発揮し、守勢における圧倒的な戦歴を重ねていった。
失地回復においては、リーファ将軍が数々の電撃戦を展開し、一時は半分程度まで減少していた共和国の領土をほぼ取り返すことに成功した。
国民は二人の将軍を熱狂的に支持した。
国中の歓喜の熱に、元老院はいよいよ二人の将軍に元帥号を贈らなければならないと思っていた。
しかし、ベック元帥はこれをなんとしても阻止したかったのだ。
第三章 ノルマンドの敗戦と元帥府包囲事件(マルクス帝二十一年~二十三年)
政界進出を前に、ベック元帥は既に元老院議員達と繋がりを持っていた。
元老院側でも、ベック元帥以外に元帥が増え、軍拡が進むのを良しとしない派閥が多かった。
ガノンドルフ将軍は、政界進出の野心が無いことは誰の目にも明らかだったため、陰謀の矛先はリーファ将軍に向けられた。
リーファ将軍も、政界進出の野心は無かったであろうが、国民の人気が高い上に非常に若い元帥候補という理由だけでも、元老院議員にとっては脅威であった。
この頃から、賊徒の討伐に出ていたリーファ将軍の元に、補給物資が届くのが遅れる事態が度々発生し、怒ったリーファ将軍がベック元帥を直接罵倒する事態にまで発展している。
元帥と元帥候補の対立が決定的になったマルクス帝二十二年秋、更に深刻なノルマンドの敗戦が起こる。
ベック元帥が、リーファ将軍の力を削ぐために、リーファ将軍が義勇軍として挙兵した時以来の部下達の所属を変更し、その部下達だけでノルマンドで発生していた反乱を鎮圧するように命令した。
しかし、この反乱は共和国軍が摑んでいた情報より百倍以上大規模なものだった。
鎮圧に赴いたリーファ将軍の部下達は奮戦したが、ついに全滅してしまった。
反乱自体は、駆けつけたガノンドルフ将軍が鎮圧に成功したが、この一件で怒りを爆発させたリーファ将軍は麾下の軍勢を率い、マルクス帝二十二年の冬、ベック元帥が居る元帥府を包囲してしまった。
この事態に、元老院はリーファ将軍に元老院全員一致で可決した問責と即時帰還命令を出したが、リーファ将軍はこれを三度に渡り拒否し、三度目の返答の際には、次は元老院議会も包囲すると強く反発した。
元老院の要請により、マルクス帝自らの署名が入った帰還命令も出たが、リーファ将軍はこれも拒否した。
結局、この事件を収めたのはガノンドルフ将軍である。
ガノンドルフ将軍はリーファ将軍と会見し、リーファ将軍と部下の免責、リーファ将軍の元帥昇進と引き換えに兵を引いた。
元老院はガノンドルフ将軍にリーファ将軍追討を命じようとしたが、ガノンドルフ将軍が辞表を書いて拒否したため、結局のところリーファ将軍の免責を認めざるを得ない形となった。
翌マルクス帝二十三年春、リーファ将軍とガノンドルフ将軍は共に元帥に昇進した。
第四章 血の政変事件(マルクス帝二十四年~シリウス帝元年)
元帥府包囲事件により、三月に渡り包囲されたベック元帥は、餓死寸前まで追い込まれた結果、精神の均衡を失ってしまったと言われている。
それが最悪の形となって現れたのが、マルクス帝二十四年の春に発生した血の政変事件である。
三月十日の夜、突然帝都で火の手と騒乱が複数箇所で起こった。
報告によれば、ベック元帥が謀叛を起こし、マルクス帝の居城を襲撃したという。
また、ガノンドルフ元帥はベック元帥に唆され、この謀叛に加担していた。
帝都郊外でリーファ元帥の手勢とガノンドルフ元帥の軍が激しく衝突した結果、双方多数の死者を出し、リーファ元帥は非業の死を遂げた。
ガノンドルフ元帥は乱戦の中で行方不明となったが、後に戦死と認定された。
リーファ元帥麾下の将軍であるオセローが、ガノンドルフ元帥の軍勢を壊滅させ、郊外の情勢を安定させた。
リアス将軍は竜騎士団を率いて、帝都上空から反乱軍を一つひとつ攻撃し、ついにベック元帥を討ち取った。
そして、マクベス将軍は燃えさかる皇帝の居城からシリウス皇太子の救出に成功した。
シリウス皇太子は大火傷を負ったが、一命を取り留め、これによりベック元帥が起こした血の政変事件は一夜で終結したが、その被害は甚大なものであった。
生来温和で知られたシリウス皇太子は、この事件で考えを改め、リーファ元帥麾下の将軍であったマクベス、オセロー、リアスの力を借り、皇帝に即位したと同時に元老院の腐敗と不明を糾弾した。
そして、帝国制の復活と元老院の解散を指示し、ここにシリウス帝国が誕生したのである。




