11.お薬クッキング〜その1〜
薬を作っているところを見せてほしい。
レイモンドとロゼの依頼を受けて、エレノアは店の奥、薬の製造場所となっている自宅の台所へ向かった。
二人の対応が終わるまで、今日は店は臨時休業だ。
つけたばかりの自動扉を再び暗くして、エレノアは自分の薬が少しでも王都に伝わるかもしれない可能性を選んだのだ。
「こちらへ……っと一瞬待ってくださいね!?」
エレノアはこの店を自宅としても利用しているので、先ほど食べたばかりの朝ごはんの形跡が残っていた。
出しっぱなしだったトースターを慌てて棚に押し込み、二人を招き入れる。
「どうぞ! 何からお見せしましょう? レイモンド様には前に薬茶は見せましたけど……」
エレノアはレイモンドの方を振り返る。
力仕事を請け負ってくれた彼は、店のカウンターの下に置いてあった薬草入りの木箱をここまで運んできてくれている。
その荷物をどさりと近くに置いて、レイモンドは腰に手を当てた。
「そうだな……薬茶はいい、それ以外のものを順番に全て、頼む」
「わかりました」
エレノアは頷き、台所の魔導コンロに鍋をセットした。
そして、今はまだ空っぽの鍋に指先を向ける。
「まずは水を……できるだけ純度の高い、蒸留水をイメージして――〈流水〉!」
指先から流れ出す水があっという間に小鍋をいっぱいにする。
シンクの蛇口をひねっても水は出るのだが、これはちょっとした時短だ。
「ではまず、シロップ薬を作っていきますね。これは味付けが甘いだけの、ただの薬草汁です。とろみをつけてあるので、子どもからお年寄りまで飲みやすくなっています」
エレノアは薬草を数枚掴み、ぷちぷちと細かくちぎった。そして網状になった布の袋に詰める。
自分で手作りしたティーパックのようなものだ。
そして鍋の中に放り込んで火にかけると、だんだん緑色の薬草成分がお湯に溶け出していく。
その様子を眺めながら、ロゼはピンク色の瓶をつまんで光に透かす。
とろんとした薄緑の液体が、瓶の中でゆらゆら揺れた。
「薬草汁ね……。苦くはないの?」
「砂糖と甘露草の蜜を大量に入れてごまかす感じですかね……。糖分過多になるので常飲には向きません」
近くの棚から、ストックしてある甘露草と呼ばれる植物の葉を1枚、取り出す。
大きく分厚いその葉っぱは多層構造になっており、1層目の表皮を剥がすと中にはたっぷりと蜜が溜まっているのだ。
一度火を止めてティーパックを取り出してから、甘露草の蜜を入れてお玉でぐるぐるとかき混ぜる。
蜜の塊がほどよくなくなったら、上から砂糖をばさばさと掛け入れて、再び火をつけた。
「あとは煮詰めていい感じにとろっとしたら完成です」
「ふむ。薬作りというよりは料理だな」
鍋の中を見つめながら、レイモンドが感嘆したように言う。
エレノアはぱっと顔を輝かせ、その言葉に同意した。
「はい、私の目標はあくまで薬草をおいしく食べることなので!」
「おいしく……ねぇ」
ロゼは難しい顔をして、鍋の中身の匂いを手で扇いで嗅いでいた。
薬草の味に慣れていない治癒師だからこそ、味に疑問を持っているのだろう。
「飲んでみますか? 少しくらいなら、砂糖を舐めるのと変わりません」
もう火がとおってとろみもついた頃だ。
エレノアは近くにあったコップを手に取り、鍋の中身をすくって注いだ。
差し出すと、ロゼはおそるおそる口をつける。
「これは……驚いたわ。苦くない」
目を丸くしたと思うと、すぐにロゼはもう一口、薬に口をつけた。
そして心底不思議そうに尋ねる。
「砂糖と蜜でここまで嫌な味が消えるのね? でもこれじゃ、薬草としての効果が薄まってしまっているんじゃない?」
「味が消えるのは甘露草の蜜のおかげです。苦味成分だけを上手に打ち消してくれるみたいで……実は、生の薬草に蜜を挟んで食べるだけでも甘くなります」
というのは、エレノアが幼い頃から繰り返し実験を続けて気がついた事実だ。
この世界の化学反応が専門的にわかるわけではないので、試してみたらそうなった、と言うほかない。
「……すごい新発見をした、ってことよね?」
「ありがとうございます。で、ここに気つけのハーブを入れて冷やすと、さらに固まるという性質があって」
「まだ出てくるの!?」
当たり前のように植物の知識を披露するエレノアに、ロゼは驚愕する。
しかし気にもとめずに、エレノアは鍋の火を止め、すりつぶした気つけのハーブを上からパラパラと落とす。
このハーブはハッカのような味がして、爽やかでおいしいのだ。
「あとは2時間くらい寝かせて、じっくり冷やさないといけないので。味見はサンプル品からあとでお渡ししますね」
エレノアの毒気のない笑顔に、ロゼは言葉を失くす。
少し薬草の加工に詳しいだけかと思っていたが――もしかしたら、エレノアの知識はこの国の誰よりも深いかもしれない。
王都で識者と話をすることも少なくないロゼだが、今はエレノアの知識量と薬への執念に舌を巻いていた。




