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怪物の花園  作者: 賭命始祖


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21.不穏な気配

 私は絡まれていた。最近、少々おとなしくなったと思ったら直ぐにこれだ。私はやはりこうなのだ。こうしているのがお似合いってことか。


 メイトに【絡の籠】を締結することを提案されたことを思い出した。まだ返事はしていない。【絡の籠】を締結すれば、絡まれることはなくなるだろう。私は、少なくとも監獄にいる間だけは永久にこの煩わしさから解放される。


 そうはしないけれど。


「《ペラ》をだせ」


 ある程度暴言を浴びせかけられ、圧力をかけられたあと実に温度のない声で相手はそう言った。なによりもまず、乾いた感想が頭の中を滑り落ちる。――――そこまで落ちたか。


 人に献上できるほど《ベラ》は貯めていない。これは体調が悪くなったときのためのの《ベラ》だし、本につかう予定がある。私は返事をしなかった。返事をする気にならない。


「おい、聞いてんのかよ?」


 痛みが走った。頬を殴られた。短気なことだ。相手には躊躇いもなにもなかった。今まで辛うじてあったはずの自制心も罪悪感も何もなかった。


 頬がじんじんする。その痛みを抱えたまま、私はそっと息を吐いた。監獄の入居者も、もう随分と成長した。子供とは呼べないほどに。だから、だれが何をやったって仕方ない。止める者がいないなら、加速することを覚えた者は加減を忘れる。弱者を踏み潰すのは楽だから。


 上を見上げて進むのよりも、下を見下ろしあざ笑うほうが簡単だ。


「そのへんにしたら?」


 静かな声が割り込んできた。私と私を殴った人は同時に声をした方を向く。相変わらず、気配のないことだ。


 水色の髪、水色の目。整っているけれど、徹底的なまでに無関心を貫くはずの少年――――ヨミがそこにいた。


「十級が十級を庇うのかよ?お似合いだな」


 ヨミはあからさまな嘲りに、眉一つ動かさなかった。


「《ベラ》まで要求すれば、【三頭竜】が黙っていない」


 ヨミの言葉に相手は怯んだ。それは的確であった。【三頭竜】はこの監獄の支配者であるから、気分を害すわけにはいかない。


 ヨミと私を殴った相手はしばらく目を合わせていた。ヨミの目は感情を映していなかったが、相手の目は怒りに燃えていた。だが、怯んだ時点で相手の負けであった。相手は足音を鳴らしながら、私に背を向けた。去り際にヨミにぶつかる。ヨミがよろけたのを鼻で笑い、立ち去った。


 残されたのは監獄を這いずって生きる十級二人。


「ありがとう」


 ヨミは肩をすくめる。


「お前には前、助けてもらった。貸しを作っておくのは嫌いだ」


 ヨミの考えそうなことではあった。私は気になったことを聞くことにした。少なくとも、この疑問はヨミと共有できるはずだった。踏み潰される側にはわかる疑問。


「最近急に過激になってきてない?」


 暴力も《ベラ》の要求も今まではなかった。こんなに頻繁に絡まれることもなかった。


 果たしてヨミは少し考えたようにしてから口を開いた。


「そうだな。今まで一級達がまとめていたが、その制御も効かなくなってきているのか」


 続きの話題を口にするか悩む。だが、どうせ次会うのかも分からない。さっさと言ってしまおう。


「私は前回の試合で死にかけた。アイナが治癒してくれなければ、本当に死んでいたかもしれない。ヨミは?」


「俺もだな。前回は四肢で無事だったのは右足だけだ。随分といたぶられた。俺を治したのはフュスラだった」


「――――いつか死ぬね」

「ああ、間違いない。監獄の外に出されるのと殺されるのとどちらが早いか」

「ヨミ、気をつけて」


 淡々とした会話の末、ヨミは肩をすくめた。何を気をつけろと?そんなことは私も分かっている。人から吹っ掛けられる面倒ごとは避けられない。


「お前は死は怖くないのか?」


 ヨミは唐突にそう聞いた。私はその疑問をそのまま自分の内側に問う。答えはそんなに深いところにはない。


「死にたくはない。ただ、死を恐れても何も変わらない」


 与えられたものは、変えようがない。私は最底辺、《刻印》の能力が花開くことはない。死は隣にあるものだ。恐れて目を瞑っても、私の未来は好転しない。


「ヨミは?」

「怖いね」 


 私はヨミを見上げた。そんなことを言うとは思っていなかった。ヨミは微かに唇の端を持ち上げた。


「だがどんな目に遭っても、生き残ってやる」


 水色の目が束の間、酷烈な色を帯びた。ヨミをここまで支えてきたものはそれであろう。強かな決意。弱き者はそうやって生きる。


 似ているものだ。私も、ヨミも、絶望一つしていない。私は少しだけ唇の端を上げた。ヨミはそれに気づいたのか眉を上げた。


 だがそれにしても、と思う。私にとって死は隣にある。だが、本当は誰の隣にだって死はある。最近の監獄内の様子を肌で感じ取って、知らないうちに私たちは死に導かれているような、そんな気がした。


――――――――――――

 黒い羽が散っている。その人物は、背中から身長の半分ほどにもなりそうな漆黒の翼を生やしていた。堂々たるものだ。照り輝くような翼の細部にまで血は通い、翼の小さな羽ばたきが強烈な風を生み出した。


 その人物は羽ばたきながら、鉄が剥き出しとなっている床に降り立った。


 そこはアイナとフュスラが敗北を喫した空間。あのときと同じように黒い影が踊り出る。獣か人型か。それらが翼を生やした人物に襲いかかる前に、黒い槍によって貫かれ消滅した。人物は何一つ言葉を発せず、それを実行した。圧倒的な実力。


 人物は黒い影を殲滅したあと、何かを待つかのように暫くその場に留まった。その人物の呼吸の音だけが薄く聞こえる。


 何も起こらない。何も起こらない。沈黙が破られることはついぞなかった。


 黒い翼を生やした人物はきびすを返した。黒い翼は人物が一歩進むごとに小さくなる。やがては完全に消え、人物は何の代わり映えもない人となった。


 誰もいない空間で、エレベーターの扉が閉まる。


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