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本編終了後のフェリシアン視点での追憶と後日談です。
「きゃああ! 影の王女が!」
外から聞こえた不穏な悲鳴に、胸の奥がざわついた。
それと同時に、これは夢なのだと確信を持った。
もう何度目だろうか。
あなたを失った時の夢を見るのは。
震える手を押さえながら、王宮の広間を出て人混みをかき分ける。この感覚を知っている。
私の中で最も苦しい記憶。母が亡くなった時と同じ――嫌な予感がしていた。
足を進めると、そこは血の海。
その奥には、力なく横たわる彼女がいた。
「……っ、マチルダ様!」
駆け寄ると、彼女は虚な目でこちらを見上げた。しかしもう、その目は私の姿など見えていなかった。
どうしてこうなった。
『あなたの立場には愛はないのね』
そう言われて、苛立った。
あなたは一体、私の何を知っている?
この立場になるために、私が失ったものの数々を、あなたは知りもしないくせに。
……あなたはいつも自分が一番不幸だと信じて疑わない。そしてその不遇に抗おうとすらしなかった。
その姿が、まるで鏡のようで居たたまれない。見ていられないんだ。
私たちは夫婦じゃない。ただ同じ鳥籠に囚われているだけ。
視線が交わることなど、この先一度もない。本気でそう思っていた。
それなのに、気付けば声を張り上げていた。
この人を失うわけにはいかないと。
まだあなたに話せていないことがある。謝りたいことも、聞きたいこともたくさんある。向き合うべきだった。きっと私たちは、互いの悲しみと孤独を理解できたはずだ。
こんなに大切なことに、今になって気付くなんて。
手を尽くしたが、あなたが息を吹き返すことはなかった。
元々ろくに会話なんてなかったはずなのに、静寂が苦しい。寝ても覚めても、常にあなたの面影を探してしまう。
ただもう一度、あなたに会いたかった。
葬儀が終わり、残された私は故郷へ戻ることになった。
食事も喉を通らず、何日も眠れなかった。
もう何もかも捨てて楽になろう。虚な目でそう決意した。
そんな時、あの人に出会った。
魔女のように笑う彼女――エミーナは語った。
全ては王家のせいなのだと。
「あなたのお母上は王家のせいで亡くなったわ。そしてマチルダ王女も、王家に始末されたの」
彼女から香る甘い香水の匂いは、弱っていた私の判断力を更に狂わせた。
「王家を滅ぼすには、跡取りのレオニス王子を殺すしかないわ。彼に警戒されずに近付けるのはあなただけ。これで王女様の仇をとりなさい」
そう言われて渡された剣はずっしりと重かった。
押さえ込んでいた感情が歪んでいく。
殺さなければ。母上の仇を、マチルダ様の仇をとらなければ。
そしてあの日、レオニス殿下は護衛もつけずに私の前に現れた。
「久しいな、フェリシアン。お前があの後、どうしてるか気がかりだったんだ。……あまりにも辛いことが多かったからさ」
そう慎重に言葉を選ぶ殿下の姿に、はらわたが煮えくり返った。
一体、どの口が言っている?
全ての元凶である王家の、全てを受け継ぐことが決まったこの男が今更何を……。
「白々しい。殿下が殺したのでしょう? マチルダ様も、リチャード殿下も」
「なっ、違う! フェリシアン、お前までそんなことを言うのか!」
殿下は青い顔をして、ひどく取り乱した。
その姿が、当時の私には命乞いをする罪人にしか見えなかった。
敵討ちの覚悟が固まった瞬間だった。
「くそ、誰も信じてくれないな。お前だけは他の者とは違うと思っていたのに……」
「信じるも何も、あなたは死をもって償うだけです」
項垂れる殿下にそう追い打ちをかけ、重い剣を振り上げた。
「待ってくれ……俺はっ――」
話も聞かず、力任せに斬りつけた。
殿下は抵抗することなく、その場に倒れた。返り血で手が赤く染まった。
震えている。
私は震えていた。
本当にやってしまったんだ。
……なんてことを。
「よくやったわ、フェリシアン!」
近くで身を隠していたエミーナが嬉しそうに駆け寄ってくる。
私はただ呆然としていた。
「まだ生きてる……」
「え?」
「殿下はまだ生きてます。早く手当しないと。手遅れになる」
「……はあ?」
私は殿下に駆け寄って、必死に治癒魔法を何度も試した。自分でも何をやっているのか理解できなかった。
「あーあ、狂っちゃったか」
エミーナは淡々とそう呟いて、落とした剣を拾う。
「まあいっか。最初からトドメは私が刺すつもりだったし」
「……っ何するんですか」
「ふふ、リセットリセット……!」
「っ、やめっ――」
エミーナは躊躇いなく、殿下の心臓めがけてとどめを刺した。
その後、視界が弾けた。目の前が一瞬にして真っ白な世界になった。
ここで追憶の旅が終わる。
「……フェリシアン」
よく知る心地の良い声で目が覚めた。
「マチルダ……様」
窓の外はまだ薄暗い。身を起こすとベッドが軋んだ。
愛おしい妻――マチルダは隣で不安げにこちらを覗き込む。彼女の柔らかな手が頬に当てられ、温もりを感じる。
悪夢が終わった。
だけどあの夢も紛れもなく現実で、過ちの過去。目を逸らすことは許されない。
「……あなた、うなされていたわ。『マチルダ様』だなんて、また王宮にいた頃の夢を見ていたのね」
「一度目の頃の夢を見たんだ」
「そう……。私の力のせいね。あなたにとって辛い記憶を思い出させてしまったわ」
マチルダは唇を噛み締め、消え入りそうな声でそう言った。
「そんな風に思わないで。全てを思い出させてくれたから……私は今、マチルダの隣に居られるんだよ」
心からの想いを言葉にする。
今世は危うく君なしの人生を歩まされるところだった。それこそ真の悪夢だ。君の力のおかげで、また一緒になれた。
もちろんこれから先も離すつもりはない。
しばらく見つめ合い、愛おしい額に口付ける。
「起こしてしまってごめん。お茶でも淹れようか。東国の王太子に頂いたものを……」
「……遠慮しておくわ。最近、あの匂いが急に受け付けなくて」
「……そう。これ、好きだったのに」
「ええ、そうなの。だけど……なんだか今は考えるだけでも吐きそう……うっ……」
マチルダはそう言って目を伏せた。よく見ると顔色も優れない。……心配だ。
「今すぐ医者を呼ぶよ」
「いっ今すぐ? まだ夜明けよ。これぐらい大丈夫よ」
「いや、だめだよ。平気だと思っても大病が隠れているかもしれない。今すぐ診てもらおう」
「でも……その、たぶん病ではないわ」
「そんなの分からないよ」
「……分かるわ。その、心当たりがあるから」
「心当たり? 何の?」
何が言いたいのか、理解が追いつかない。
マチルダは顔色が悪いのに、なぜか表情は穏やかで、嬉しそうに頬を緩めている。
あえて語らないその仕草に、次第に胸がざわつく。
「まさか」
「ま、まだ分からないわよ。月物がしばらく来てないから、もしかしたらそうかもしれないって思うだけ」
「え……」
驚きで言葉を失った。
まだ確定ではない。気が早い。分かってる。分かっている。
だけど身体は勝手に動いていた。
「じゃあ尚更、早く医者を呼ばないと。経験豊富な医者を探させるよ」
「ちょっと……フェリシアン……!」
「とにかく君は安静にしてて」
そう言い残し、部屋を出た。その際に、彼女の肩に自分の外套を羽織らせた。
子を宿した身体には、冷えは大敵だ。以前の人生で王家に婿入りする際、そういった知識を徹底的に叩き込まされた。それが今、役に立ちそうだ。
早足で階段を駆け下りた。その足取りは自分でも分かるほど軽やかだ。
悲しい過去は確かにあった。それを胸に留めながら、私は今を生きている。
マチルダがいるから前に進める。あなたにとってもそうでありたい。
これからもあなたと共に――。
【完】




