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 ダンス音楽が流れ始め、私はそそくさと壁に避難した。

 主役のマチルダ殿下とフェリシアンは優雅に手を取り、音に乗る。愛おしげに見つめ合う二人の横顔が、まるでおとぎ話から抜け出してきたみたいに綺麗だった。

 この二人を前にすれば、どんなに着飾ったカップルだって、ダンスの名手だって霞んでしまう。

 時間を忘れ、うっとりと二人の姿を眺めていた。穏やかで幸せな時間が流れた。


 その時だった。


「次の曲、ご相手願いたい」


 見知らぬ低い声が降りてきて、息が止まった。


「だめか?」

「え……」


 目の前にいたのは、あのレオニス王太子殿下だ。

 これは夢? 幻?

 どうして私の目の前に?

 というか、本当に派手な外套を身につけていらっしゃるのね……初めて見たぁ……。


「おい、聞こえているのか。ミレイユ・セルヴィ!」

「はっ、はい! 聞こえてます! 喜んで!」


 なんで私、王太子に話しかけられてるの⁈

 周囲はまたザワザワとし始めた。

 そりゃそうよ。こんなどこにでもいる田舎娘が、王太子にダンスに誘われるなんて……! どう考えてもおかしい!

 正直気乗りしないし、断れるものなら断りたかった!

 でも断ったらもっと騒ぎになるでしょ!

 ああ……手が震える。


 そんなタイミングで一曲目が終わり、次の曲が始まった。

 もう! マチルダ殿下とフェリシアンのダンス……最後まで見たかったのに!


 差し出された手を、私はぎこちない動きで触れた。

 手袋ごしに伝わる王太子の手の温度が、思ったよりも温かい。少し意外だった。


「悪いな。他は角が立つ相手ばかりでな」

「……あ、私は後ぐされない相手ですのでご安心を」


 早口でそう言うと、レオニス殿下は小さく笑った。

 ……変なこと言っちゃった。


 角が立つ相手ね……。なるほど。王太子も苦労してるのね。

 もしここで有力者の娘と踊れば、その敵対関係の者が妬むし、争いの火種になる。その分私は、なんの後ろ盾もない気軽な相手。

 殿下は賢い方ね。

 思いもよらず目立っちゃって、正直少し嫌だけど……せっかくだから楽しみましょう。



「私の名前をご存知なのですね」

「……ああ、魔法省は俺の管轄だからな」

「私のような末端まで覚えてらっしゃるなんて……。殿下は真面目でございますね」


 音楽に乗っていると、不思議と言葉がするすると口から出てしまう。


「買い被りすぎだ」

「……そうですか?」

「俺が真面目なわけないだろ」


 見上げると、レオニス殿下は困ったように眉を下げていた。

 なんだか、思っていたより全然話しやすい方。


「お前は、一人で来たのか?」

「はい。一人で来たかったので」

「……ふぅん」

「……笑わないんですか?」

「え?」

「一人がいいなんて、強がっているだけだろうって……普通なら笑うところですよ?」


 明るい口調でそう言ってみた。いつもこうやって笑いに変えるから。

「結婚したくない」と言えば「したくないじゃなくて、できないだけだろう」って、言われ続けてきたんだもの。

 本当は違うんだけど、自虐して持ちネタにした方がラクなのよね。


 だけどレオニス殿下は笑わなかった。ただ難しい顔で私を見てる。

 ……すべっちゃったな。まあ、いいや。この曲が終われば、もう関わることもないし。


「その解釈は間違ってるな」

「……え」

「お前は自分の道を歩くために、相当な努力をしてきたんだろう? それを笑うのは間違ってる」

「……」


 そんなこと……初めて言われた。

 馬鹿にされすぎて、今までそれが普通だと思ってた。でも……違うの?

 

 空いた口が塞がらない。

 殿下と目が合って三秒……いや、十秒?

 言葉はなかった。でもなぜか心地いい。懐かしい気持ちさえ湧いてくる。


 沈黙の中、先に言葉を発したのは殿下だった。

 咳払いをして、さっきとは別人のように軽い口調。


「ま、俺も独身主義だからさ。一緒に流行らしていこうぜ」

「……ははっ。いいですね、それ」


 小さく笑うと、ちょうどいいタイミングで曲が終わった。

 手が離れる。

 私は深く礼をした。


「そのドレス似合ってるな」


 殿下はそう言って、人混みの中に消えて行った。

 その後ろ姿――派手な外套の柄……よく見ると見覚えがあった。

 赤地に金糸の竜の刺繍……。


「あっ……」


 変わり者のお金持ちって……もしかして……!

 しばらく呆然としてしまった。

 驚いたら急にお腹がすいてきた。

 とりあえず、焼き菓子三つ頂こうかな……。





【ミレイユ外伝 完】

 

 


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