4
ダンス音楽が流れ始め、私はそそくさと壁に避難した。
主役のマチルダ殿下とフェリシアンは優雅に手を取り、音に乗る。愛おしげに見つめ合う二人の横顔が、まるでおとぎ話から抜け出してきたみたいに綺麗だった。
この二人を前にすれば、どんなに着飾ったカップルだって、ダンスの名手だって霞んでしまう。
時間を忘れ、うっとりと二人の姿を眺めていた。穏やかで幸せな時間が流れた。
その時だった。
「次の曲、ご相手願いたい」
見知らぬ低い声が降りてきて、息が止まった。
「だめか?」
「え……」
目の前にいたのは、あのレオニス王太子殿下だ。
これは夢? 幻?
どうして私の目の前に?
というか、本当に派手な外套を身につけていらっしゃるのね……初めて見たぁ……。
「おい、聞こえているのか。ミレイユ・セルヴィ!」
「はっ、はい! 聞こえてます! 喜んで!」
なんで私、王太子に話しかけられてるの⁈
周囲はまたザワザワとし始めた。
そりゃそうよ。こんなどこにでもいる田舎娘が、王太子にダンスに誘われるなんて……! どう考えてもおかしい!
正直気乗りしないし、断れるものなら断りたかった!
でも断ったらもっと騒ぎになるでしょ!
ああ……手が震える。
そんなタイミングで一曲目が終わり、次の曲が始まった。
もう! マチルダ殿下とフェリシアンのダンス……最後まで見たかったのに!
差し出された手を、私はぎこちない動きで触れた。
手袋ごしに伝わる王太子の手の温度が、思ったよりも温かい。少し意外だった。
「悪いな。他は角が立つ相手ばかりでな」
「……あ、私は後ぐされない相手ですのでご安心を」
早口でそう言うと、レオニス殿下は小さく笑った。
……変なこと言っちゃった。
角が立つ相手ね……。なるほど。王太子も苦労してるのね。
もしここで有力者の娘と踊れば、その敵対関係の者が妬むし、争いの火種になる。その分私は、なんの後ろ盾もない気軽な相手。
殿下は賢い方ね。
思いもよらず目立っちゃって、正直少し嫌だけど……せっかくだから楽しみましょう。
「私の名前をご存知なのですね」
「……ああ、魔法省は俺の管轄だからな」
「私のような末端まで覚えてらっしゃるなんて……。殿下は真面目でございますね」
音楽に乗っていると、不思議と言葉がするすると口から出てしまう。
「買い被りすぎだ」
「……そうですか?」
「俺が真面目なわけないだろ」
見上げると、レオニス殿下は困ったように眉を下げていた。
なんだか、思っていたより全然話しやすい方。
「お前は、一人で来たのか?」
「はい。一人で来たかったので」
「……ふぅん」
「……笑わないんですか?」
「え?」
「一人がいいなんて、強がっているだけだろうって……普通なら笑うところですよ?」
明るい口調でそう言ってみた。いつもこうやって笑いに変えるから。
「結婚したくない」と言えば「したくないじゃなくて、できないだけだろう」って、言われ続けてきたんだもの。
本当は違うんだけど、自虐して持ちネタにした方がラクなのよね。
だけどレオニス殿下は笑わなかった。ただ難しい顔で私を見てる。
……すべっちゃったな。まあ、いいや。この曲が終われば、もう関わることもないし。
「その解釈は間違ってるな」
「……え」
「お前は自分の道を歩くために、相当な努力をしてきたんだろう? それを笑うのは間違ってる」
「……」
そんなこと……初めて言われた。
馬鹿にされすぎて、今までそれが普通だと思ってた。でも……違うの?
空いた口が塞がらない。
殿下と目が合って三秒……いや、十秒?
言葉はなかった。でもなぜか心地いい。懐かしい気持ちさえ湧いてくる。
沈黙の中、先に言葉を発したのは殿下だった。
咳払いをして、さっきとは別人のように軽い口調。
「ま、俺も独身主義だからさ。一緒に流行らしていこうぜ」
「……ははっ。いいですね、それ」
小さく笑うと、ちょうどいいタイミングで曲が終わった。
手が離れる。
私は深く礼をした。
「そのドレス似合ってるな」
殿下はそう言って、人混みの中に消えて行った。
その後ろ姿――派手な外套の柄……よく見ると見覚えがあった。
赤地に金糸の竜の刺繍……。
「あっ……」
変わり者のお金持ちって……もしかして……!
しばらく呆然としてしまった。
驚いたら急にお腹がすいてきた。
とりあえず、焼き菓子三つ頂こうかな……。
【ミレイユ外伝 完】




