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 婚約パーティーが始まると、広間は一気に華やいだ。


 楽団の演奏。貴族たちの談笑。きらびやかなドレスと宝石。

 私は邪魔にならないよう、壁際でひっそり気配を消しながら、たまに運ばれてくる焼き菓子を口に入れる。


 最高……!

 外はさくっとしているのに、中のクリームがふわっと甘い。王宮で出されるものなんだから、当然一流のお菓子なんでしょうね。あと六個ぐらいは食べなきゃ帰れないわ。


 そんなことを考えていた時だった。


 広間の空気が、ふっと変わる。

 視線が一斉に入口へ向く。


 現れたのは、この夜の主役――聖女マチルダ王女殿下と、その婚約者フェリシアンだった。


「……わぁ……」


 思わず声が漏れた。

 聖女様は艶やかな黒髪を高く結い上げ、淡い紫のドレスを身に纏っている。

 決して派手ではないのに、この会場の誰よりも目を奪われる。

 月の女神がいたら、きっとこんなお姿なんだろうなって思うぐらいに美しい。


 そして隣に立つフェリシアンも、揃いの色の宮廷服を身につけていた。高貴な装いが驚くほど似合う。

 昔から綺麗な顔立ちではあったけれど、今はそれだけじゃない。

 どこかふわふわして、掴みどころのなかった幼馴染が、今は聖女様の隣で堂々と立っている。

 その姿は、見違えるほど凛々しかった。


 なんてお似合いの二人なの……!


 私はほっと息を吐いた。

 その瞬間――フェリシアンと目が合った。……気がした。でも気のせいかも。

 フェリシアンは、隣の聖女様に何かを耳打ちしている。

 その距離の近さが、とっても自然で……微笑ましい。

 そんなことを思っていたら、二人の視線が同時にこちらを向いた。

 

「……げっ」

 

 しまった。これは完全に目が合っている。

 ……嫌な予感がする。私が思わず顔を伏せてしまった。

 えっ、待って待って待って。

 足音が近づいてくる。しかも、二人分の。この流れ、どう考えても……フェリシアンと聖女様だ。


 まずい。まずいよ。

 私はただ、壁の花として二人を見守りながら、隅っこでお菓子食べてる予定だったのに。

 こんな場所で主役に話しかけられる心の準備なんてしてない。


 というか――。


 フェリシアンって呼び捨てはまずいわよね? 今や聖女様の婚約者だもの。

 フェリシアン様? そうよね、ちゃんとそう呼ばなくちゃ。


 二人が目の前まで来て、私はもう逃げられない。

 顔を上げて慌てて背筋を伸ばし、私は勢いよく頭を下げた。


「ご、ご招待ありがとうございます! 聖女様! フェリシアン様!」

「久しぶり」


 彼の穏やかな声は、昔と変わらない。

 だけど顔を上げると、彼よりもその隣の聖女様に目が行く。


「ミレイユ……!」


 聖女様が、泣きそうな顔で私の名前を呼んでいた。

 驚いて言葉が出ない。

 どうして……?

 初対面のはずなのに。

 聖女様は、今にも涙をこぼしそうな目で私を見つめていた。

 まるで、ずっと会いたかった人を見るみたいに。

 ……私たち、どこかでお会いしたことが?

 ううん、そんなはずないわよね。


「えっと……急に驚いたわよね。フェリシアンから、あなたのお話を聞いていたの」


 聖女様――マチルダ殿下はそう言ってはにかんだ。


「フェリシアンとは、お友達なんでしょう?」

「は、はい……昔からの……友人です」

「……だったら、私ともお友達になってくれたら嬉しいわ」

「……! もちろんです!」


 反射でそう答えていた。

 だって、それ以外に答えなんてないでしょ。

 聖女様は、ぎゅっと両手で私の手を握ってくださっている。

 周囲は騒然。

 いきなり現れた田舎者が聖女様に友達宣言されてるんだもの。

 だけど周りの目なんてどうでもいい。

 聖女様のまっすぐな瞳が、どこか懐かしくて胸がいっぱいになる。


 聖女様って、もっと近寄りがたい人かと思ってた。

 だけど実際のマチルダ殿下は、気取ったところがなくて、声も表情も穏やかでお優しい。

 それになんだか、不思議なの。なせかすごく懐かしくって……初めて会った気がしない。




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