3
婚約パーティーが始まると、広間は一気に華やいだ。
楽団の演奏。貴族たちの談笑。きらびやかなドレスと宝石。
私は邪魔にならないよう、壁際でひっそり気配を消しながら、たまに運ばれてくる焼き菓子を口に入れる。
最高……!
外はさくっとしているのに、中のクリームがふわっと甘い。王宮で出されるものなんだから、当然一流のお菓子なんでしょうね。あと六個ぐらいは食べなきゃ帰れないわ。
そんなことを考えていた時だった。
広間の空気が、ふっと変わる。
視線が一斉に入口へ向く。
現れたのは、この夜の主役――聖女マチルダ王女殿下と、その婚約者フェリシアンだった。
「……わぁ……」
思わず声が漏れた。
聖女様は艶やかな黒髪を高く結い上げ、淡い紫のドレスを身に纏っている。
決して派手ではないのに、この会場の誰よりも目を奪われる。
月の女神がいたら、きっとこんなお姿なんだろうなって思うぐらいに美しい。
そして隣に立つフェリシアンも、揃いの色の宮廷服を身につけていた。高貴な装いが驚くほど似合う。
昔から綺麗な顔立ちではあったけれど、今はそれだけじゃない。
どこかふわふわして、掴みどころのなかった幼馴染が、今は聖女様の隣で堂々と立っている。
その姿は、見違えるほど凛々しかった。
なんてお似合いの二人なの……!
私はほっと息を吐いた。
その瞬間――フェリシアンと目が合った。……気がした。でも気のせいかも。
フェリシアンは、隣の聖女様に何かを耳打ちしている。
その距離の近さが、とっても自然で……微笑ましい。
そんなことを思っていたら、二人の視線が同時にこちらを向いた。
「……げっ」
しまった。これは完全に目が合っている。
……嫌な予感がする。私が思わず顔を伏せてしまった。
えっ、待って待って待って。
足音が近づいてくる。しかも、二人分の。この流れ、どう考えても……フェリシアンと聖女様だ。
まずい。まずいよ。
私はただ、壁の花として二人を見守りながら、隅っこでお菓子食べてる予定だったのに。
こんな場所で主役に話しかけられる心の準備なんてしてない。
というか――。
フェリシアンって呼び捨てはまずいわよね? 今や聖女様の婚約者だもの。
フェリシアン様? そうよね、ちゃんとそう呼ばなくちゃ。
二人が目の前まで来て、私はもう逃げられない。
顔を上げて慌てて背筋を伸ばし、私は勢いよく頭を下げた。
「ご、ご招待ありがとうございます! 聖女様! フェリシアン様!」
「久しぶり」
彼の穏やかな声は、昔と変わらない。
だけど顔を上げると、彼よりもその隣の聖女様に目が行く。
「ミレイユ……!」
聖女様が、泣きそうな顔で私の名前を呼んでいた。
驚いて言葉が出ない。
どうして……?
初対面のはずなのに。
聖女様は、今にも涙をこぼしそうな目で私を見つめていた。
まるで、ずっと会いたかった人を見るみたいに。
……私たち、どこかでお会いしたことが?
ううん、そんなはずないわよね。
「えっと……急に驚いたわよね。フェリシアンから、あなたのお話を聞いていたの」
聖女様――マチルダ殿下はそう言ってはにかんだ。
「フェリシアンとは、お友達なんでしょう?」
「は、はい……昔からの……友人です」
「……だったら、私ともお友達になってくれたら嬉しいわ」
「……! もちろんです!」
反射でそう答えていた。
だって、それ以外に答えなんてないでしょ。
聖女様は、ぎゅっと両手で私の手を握ってくださっている。
周囲は騒然。
いきなり現れた田舎者が聖女様に友達宣言されてるんだもの。
だけど周りの目なんてどうでもいい。
聖女様のまっすぐな瞳が、どこか懐かしくて胸がいっぱいになる。
聖女様って、もっと近寄りがたい人かと思ってた。
だけど実際のマチルダ殿下は、気取ったところがなくて、声も表情も穏やかでお優しい。
それになんだか、不思議なの。なせかすごく懐かしくって……初めて会った気がしない。




