33、結末
マチルダは、フェリシアンの腕に強く引き寄せられた。彼の体温を感じる。その腕はかすかに震えていた。
「どうして……こんなことに? 私はまた、あなたを……守れなかったのですか?」
耳元で、押し殺した声が落ちる。
その言葉にマチルダは静かに首を振った。
「あなたは私を守ってくれたわ。だけど、それは私の望む結末じゃなかったの」
そう言うと、腕の力がわずかに強くなる。
「……それで」
フェリシアンはマチルダに向き直る。言いたいことはたくさんある。苦悶の表情でフェリシアンは言葉を続けた。
「あなたは別の人と結婚し、私と関わりなく生きていくと?」
彼の声色に静かな怒りを感じ取り、マチルダは目を伏せた。
「勝手よね。だけど……あなたには幸せになってほしかったの」
それだけが、ずっと願いだった。
けれどフェリシアンの瞳はマチルダを捉えて離さない。
「全然分かってない。そんなの幸せなわけがない」
低い声で断言された。今までにない強い否定だった。
碧い瞳がまっすぐに刺さる。マチルダの鼓動は早まり、胸がいっぱいになる。
「あなたの隣に立つのは、私だけのはずです」
頬に彼の手が添えられる。さらに引き寄せられ、彼の唇がすぐそこにあった。
マチルダは理性を振り絞って顔を逸らす。
「だめ。もうすぐ公爵と婚約するの」
「先ほどは泣いていましたが」
「それは……気の迷いよ。私が決めたの。レオニスお兄様が取り計らってくれた大事な結婚よ」
マチルダは必死に自分を納得させるようにそう言った。その声は震えている。
フェリシアンは無表情のまま、低い声で囁いた。
「なら、奪うまでです」
その言葉に身体中が火照り、心臓が跳ねた。
(こんな顔、知らない……)
強引で、けれど迷いのない眼差し。
驚きと胸の高鳴りで、マチルダは言葉が詰まる。
沈黙が落ちた。
フェリシアンは彼女の頬に触れていた手をそのまま滑らせ、横髪を掬い上げた。
少しだけ紅潮している頬に、彼は満足げに表情を緩めた。
「傷の方は大丈夫ですか」
先ほどとは違う、聞き慣れた調子の声に安堵する。
そしてマチルダは思い出したかのように自分の足を見た。
「ええ……奇跡が起こったみたい。傷も、痛みも消えているわ」
「安心しました」
フェリシアンはそう言って目元を緩める。彼の手がマチルダの手に重なる。
再び沈黙が訪れた。
碧い瞳が、もう逃げ場を与えないほど真っ直ぐに迫ってきていた。
「……愛しています」
彼の言葉に涙が溢れそうになる。
もう戻れないところまできた。罰なら後でいくらでも受けようと思った。
マチルダは言葉を返す代わりに彼の手をそっと握る。
指が絡まり、距離が近づく。
マチルダが目を閉じると、優しく彼の唇が落ちてきた。間違っていると思いつつ、ずっと開いていた心の穴は、彼しか埋められなかった。
どこか懐かしいこの感覚に、迷いが一瞬にして溶けていく。
その時、茂みから物音がした。
咄嗟に二人の唇が離れる。
「おいおい、お前ら……」
背後から呆れた声が割り込んできた。振り返るとそこには、レオニスが腕を組みながら立っていた。
その隣にいるフェリシアンの父――アスベル男爵は顔面蒼白。混乱した様子で声を上げた。
「フェ……フェリシアン! おっ、お前は聖女様にな、なんということを……!」
マチルダは恥ずかしさで赤面するが、フェリシアンは表情ひとつ変えない。
「どのような処罰も受ける覚悟です」
迷いのない声だった。
レオニスは険しい表情で一歩前に出て、声を上げる。
「ああ。責任は取ってもらうぞ、フェリシアン」
その言葉に空気が張り詰めた。
マチルダは不安げにフェリシアンの手を掴む。しかし彼はまるで動じない。
一方、男爵はおろおろと取り乱し、頭を抱えていた。
そんなまちまちの反応を制するように、レオニスは口を開く。
「お前は……マチルダを娶れ」
その言葉に、二人は目を見開いて固まった。
沈黙の中に、男爵の間抜けな声が響く。
「……めと? なっ、殿下! 今、なんとおっしゃいましたか? まさか、倅と聖女様が⁈ えっ……ええっ⁈」
彼らの反応に、レオニスは肩を揺らして笑い出す。
「いいかフェリシアン、これは命令だからな」
「……レオニス殿下」
フェリシアンの声は戸惑いと安堵が入り混じっていた。
レオニスはただ肩をすくめる。
張りつめていたものが、音もなくほどけていく。
「お兄様、公爵とのお話はどうなるのですか!」
マチルダが不安そうに詰め寄ると、レオニスはとぼけたように空を見上げた。
「知らないのか? 公爵は俺以上にかたくなな独身主義者だって」
「えっ……では、婚約の話は?」
「半分は本気だったさ。でも全てはお前らを引き合わせてから進める予定だった」
レオニスの言葉に呆気に取られる。しかし心は正直で、徐々に嬉しさが込み上げてくる。
「これこそ、ハッピーエンドだろ?」
レオニスはそう言ってにやりと笑った。
つられて二人も顔を見合わせて微笑んだ。事情を知らない男爵も、なぜか目を潤ませていた。
フェリシアンはゆっくりとマチルダの手をとり、その手にそっと口付けを落とす。いつしかの誓いの夜のように。
見つめ合い、握られた手は固く結ばれている。
影の王女も、聖女も、もういない。
マチルダはただ愛する人の隣で、ようやく幸せに笑っていた。
【完】
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
マチルダの物語は一旦はここで幕を下ろします。書きたいものを書き切れて、とても楽しかったです。
需要があれば、また後日談や外伝を書きたいと思います。
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