転倒
上様が広座敷の上座にお座りになられ、その横に御台所様、反対の横にご側室であろうお方が座られた。後は、向かい合うようにお清様を始め、ご側室方が順々に座られた。私は正座をすると、さっき打った膝が痛んだけれど、何事もないような顔をすることに集中した。お清様が手を付いてお話になった。
「本日も上様と御台所様におかれましてはご機嫌麗しきこと、お慶び申し上げます」 その言葉が終わると共に、全員が頭を下げた。
「ああ くるしゅうない」 素っ気ない上様の声がした。
「本日より、4名がご側室見習いとしてお勉強をさせて頂きますので、よろしくお願い致します」 そう言ってお清様が頭を下げられたので、私たち4人も同時に頭を下げた。頭を上げた瞬間、上様と目が合ったのでドキッとした。上様は少しだけ、口元を緩められたのがわかったけれど、私は緊張でそれどころではなかった。すると、御台所様がお話になった。
「お清? お里とはどの者ですか?」
(えっ? 私?)
心臓のドキドキが止まらなかった。すると、お清様が答えられた。
「はい。御台様から見られて、一番左の者にございます」 私は、頭を深く下げた。緊張で心臓が止まりそうだった。すると御台所様は
「そうですか。わかりました」 とだけ言われた。すると、上様が
「私から報告することは、何もない。以上」 と言って、席を立たれてお部屋を出て行かれた。続いて、御台所様とその侍女たち、側室と侍女たちが順番にそれぞれのお部屋へ戻っていくようだった。
(これが、毎朝あるのね。ああ こんな大勢の前で名指しされるなんて、初めから大変なことになりそうだわ。お時間からすると、この総触れの後に上様はお夕の方様のお部屋に来られていたようね。ということは、本当は、総触れの前にお食事を済ませることが出来るのに、あのお部屋でお食事をするために、時間をずらされていたのかしら)
順番通り、私が立ち上がるとすぐにおりんさんが駆けつけてきてくれた。
「お里様、大丈夫でございますか?」と、小声で聞かれた。
「少し、膝を打ってしまったようですけど緊張で痛さも忘れていました」 と、笑いながら答えた。話しながら、丁度廊下へ出たところで「あら?」と呼び止められる声がした。
私が振り返ると、そこに立っておられたのは お仲様だった!
「あなたは、お夕の方様でしたよね?」 と、扇子で口元を隠しながら小声で言われた。
「あの・・・」 と私が何か言おうとすると、すかさずお仲様が
「まあ 詳しい話は後からゆっくり聞かせてちょうだい。お部屋に帰って、落ち着いたころに私の部屋へきてもらえるかしら?」 そう言われたので、仕方なく後でお伺いさせて頂きますとお答えした。
それから、私とおりんさんは自分の部屋へ戻って襖を閉めると大きく息をついた。
「お里様、とりあえずお膝を見せてください」 そう言われたので、私は座って足を伸ばし着物をまくり上げた。両膝で思い切り着地してしまったので、同じように赤くなって少し腫れていた。おりんさんは急いで冷やす用意を取りに行ってくれ、それを当ててもらった。ひんやりと気持ちが良いのと、腫れたところがジンジンするのを感じた。
「腫れてはいるけれど、歩く分には不便ではないので大丈夫です」 と私は心配そうにしているおりんさんに言った。すると、おりんさんは少し怒った顔をして
「私、お雪様がお里様が立とうとされるときに足を引っかけられたのをこの目で見ました。そんなことをするなんて・・・お里様、無理にこんなことをしなくても上様のご寵愛を受けておられるのは間違いないのですから、もっと堂々とされていれば・・・」 おりんさんは、少し泣きそうな顔で話された。
「このことは、上様には黙っていてください。幸い、上様からは遠いところで起こった出来事ですので、お気付きではないと思います。女の世界では、このようなことはよくあることでしょう? 特にこの大奥では、誰もが少しでも上様のご寵愛を受けたいと思い凌ぎを削っています。以前、お清様に言われたことがあるのですが、私が側室になったとしても恨みや妬みを、ご寵愛を頂いている私は一心に受けるだろうと・・・ならば、こんなことでへこたれてなんていられません。上様に甘やかされてばかりでは、ここで長年過ごしていけないですから・・・もしかしたら・・・上様が私から離れられる時が来たときのためにも、私は自分自身で立っていられるようにしておきたいと思うのです」
「お里様・・・わかりました。では、表だってお守り出来ないのが少し口惜しいですが、私もしっかりとお里様のお傍に仕えさせて頂きますね。さっきだって、本当なら足をかける一瞬に私はお雪様の足を捻り上げることだって出来たのですよ」 そう言って、実際に捻り上げるようなポーズをされた。
「まあっ! 頼もしいですね」 私は、笑いながら言った。
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