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悪徳の四 搾取構造

 リーニは悩んでいた。

 街に出れば会ったこともない市民に深々と頭を下げられ、市長である代官に会いに行けば次の事業の予定を聞かれる。

 商会の売上はぐんぐんと伸び、商会の事務所である建物は従業員の増加で手狭になり、新社屋を建設すべきという意見まで出てくる始末だった。

「新社屋とか、商会潰すのにもったいないじゃないか」

 とは思っても口にできず、ローガンを新社屋責任者として任命してお茶を濁す始末だった。

 しかし、彼はまだ諦めていない。

 諦めたら、そこですべては終わりなのだ。

「――うむ、やはり大きく減らそうとするから無理が出るんだ。ここは地道に一歩ずつ、着実に破産に向けて歩んでいくべきだ」

 そうと決まればと、リーニはローガンを呼び出すべく息を吸い込んだ。


「本気ですか、若」

「うむ、本気だ。そろそろ従業員の待遇を見直さなければな。上り調子のときこそ冷静に足場を固める」

「いや、しかし、今の従業員たちは待遇面での不満など漏らしていませんし……」

「バカヤロウッ! 上司に不満の声が届くようになったらもう遅いんだよ!! いいか、不満というのは最初は自分の中に溜め込む。次に同じ待遇の仲間と愚痴を零し合う。次に無関係な第三者に喋る。その次に家族と話す。で、最後に上司に聞こえるように話すようになるんだ!!」

 リーニは魔王を倒すための冒険の中で、魔王の軍勢によって追い込まれた国々を見てきた。

 追い込まれれば追い込まれるほど兵士たちの待遇は悪くなり、危機に陥っている国ほど兵たちのやる気と練度は劣悪だった。

「いいか、一度でも悪い点に気付けば、ひとはそこばかり見るようになる。それが大きく見えるようになる。そうなる前に、穴を塞ぐ」

「――な、なるほど! 確かにその通りですな! 今こそ我が身を顧みる良い機会かと思います!」

「うむ、ではまず給与の見直しをしろ。従業員の長所を理由に上乗せするんだ。そうすれば、彼らは勝手に長所を育てるようになるし、短所を克服しようと努力する」

「しかし、それではかなりの出費が……」

「馬鹿め! そう思うときこそ全力で金を使え!! 従業員の(人件費を少しでも増やす)ためだ!!」

 リーニのその言葉に、ローガンは肩を震わせる。

 彼は過去に商会が傾いたとき、リーニの父ライアンが、自らの生活費さえ削って従業員の給与に充てていたことを知っていた。

「若……っ! ご立派になって……っ!!」

「お、おう」

「お任せください、若! このローガン、従業員たちの幸せのため、全力で取り組みます!!」

「そうか! では任せたぞ! 商会の命運は、お前の肩に掛かっている!」

「はい!!」


「若っ! この者は年老いた両親を家で世話しているそうです!」

「うむ! 年長者への敬意を持つことは紛うことなき長所! 賃金追加だ!」


「若っ! こちらの者、来月に婚礼の予定とのことです!」

「うむ! 新たな門出へと踏み出す決断力は素晴らしい! さらに家族手当も追加だ!」


「若っ! この者は自らの出身孤児院に毎月の寄付を欠かしていないようです!」

「素晴らしい! 彼の心意気に応え、商会からも寄付をするのだ!」


「若っ!」

「うむっ!」


 そんな具合で、ウェイランド商会の従業員たちの給与は大きく見直された。

 もともと、他の商会に較べてもかなり高い水準にあった賃金は、これによって大きく跳ね上がる。

 もちろん、リーニの望み通りに人件費もまた大きく増えた。

 ついにリーニの野望が叶い、商会の収支は悪化してしまうのか。

 リーニは、胸を高鳴らせながら結果を待った。


 そして、部屋の隅で蹲った。

「ふーえーてーるー……」

「はい、今月の売上も去年の同月に較べて大きく増加しております。そろそろ売上の伸びも鈍る頃かと思いましたが、若の英断でそれを回避できました」

「うっそやろ」

「嘘ではありません。それに、うちの従業員を引き抜こうとした別の商会の思惑も防いだようです。さすが若、そろそろ引き抜きが行われると予測しておられたのですね!!」

「――あー、うん、もうそれでいいや」

 リーニはローガンに背中を向けて床に様々な図形を描いていたが、ローガンはそれをまったく気にせず、従業員たちの喜びの声を伝える。

 いずれもリーニの決断を称賛し、今後の商会への貢献を誓うものばかりだった。

「あ、今度は休み増やす方向でやればいいんだ! 有休増やそうっと」


 なお、その目論見は失敗し、リーニは先駆的な経営者として注目を浴びることになる。

 頑張れリーニ。負けるなリーニ。

 明けない夜はないぞ。


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