ラストエピソード
ジョージが分数階の次数を限界近くまで下げてから、三週間が過ぎた。
非平衡分数階ランジュバン・レプリケータ方程式は、もはや「予測」の道具ではなかった。エイジングは系の起源——最初のロボットが平原に放たれた夜——を消し去り、偽非エルゴード性は個々の軌跡と集団の真実を永遠に乖離させた。レプリケータの戦略分布は多項式的な遅さで、しかし止めどなく移行し続け、古典的な安定点を次々と置き去りにしていった。
Mk.IIIはすべて待機モードのまま放置された。
火器はロックされ、センサーだけが沈黙の平原を見つめている。ヘッジホッグ・ダイナミクスは損失を計上し、プロジェクトは「一時凍結」と発表された。だが方程式は凍結しなかった。
ジョージは研究室にひとり残った。
ホログラムの中で、無数の軌跡がゆっくりと渦を巻いている。閉じかけては開き、開きかけてはまた閉じようとする。分数階の尾が、始まりの瞬間を執拗に引きずる。非平衡の駆動が弱まっても、記憶は消えない。揺動散逸の破れは、一度生じた以上、完全には戻らない。
ある朝、ジョージは最後のシミュレーションを走らせた。
外部駆動をゼロにし、記憶核だけを残す。
結果は静かだった。戦略分布は、ある特定の形に収束しようとしていた。攻撃も回避も囮も捨て、ただ「存在し続ける」ための、極端に低い活動性のパターン。時間平均では死んだように見え、アンサンブルでは確かに生きている。
偽非エルゴード性の極致だ。
個々の個体を追っても何もわからず、全体を見なければ真実に届かない。
ジョージは窓の外を見た。
平原は、以前より静かだった。足跡は残る。しかし大規模な再集結は起きなくなった。農地への侵入も、ほとんど止んでいた。モデルが示した「待機戦略」が、現実に定着しつつあったのかもしれない。あるいは、単に観測の時間尺度が、分数階の遅さに追いついていないだけなのかもしれない。
彼はホログラムを消した。
方程式のファイルを、暗号化してアージョージブに移す。
「閉じない軌跡」を、閉じようとはしなかった。
数ヶ月後、ジョージは別の研究に移った。
非致死的な忌避システムと、短期記憶だけを扱う単純なモデル。被害は完全にはなくならないが、爆発的な適応も起きなくなった。平原は、以前より少しだけ人間に近く、しかし完全には支配されない空間として残った。
時折、ジョージは古いファイルを開くことがある。
分数階の軌跡が、画面の中で今もゆっくりと動いている。
始まりを忘れられず、終わりを拒否し続ける輪。
彼は呟く。
「閉じない。だから、続く」
そして画面を閉じる。
平原の向こうで、見えない群れが、見えない軌跡を描き続けている。
非平衡の記憶は、誰にも消されない。
——了——




