手に入らぬ愛しき者15
国家老が社の扉を開けた時、高坂一颯は必死に義高の止血をしているところだった。
蒼白の義高が気を失っているだけと知り、思わず安堵のため息をついた。額に汗を浮かべた高坂が、患部に布を押し当て、細く裂いて胴に巻きつけ必死に手当てをしている。
「高坂殿、義高殿の負ったこの怪我は、一体どうなされたのだ……?」
「この一颯が卑怯なふるまいにて、傷を負わせたのです。仕置きは後ほど存分にしていただきます。今は大槻殿の御手当をお願いいたします」
かしこまって素直に首を垂れる高坂一颯は、まだ元服を済ませたばかりの形ばかり大きな少年だった。
弁明もせず素直に非を認めた所を見ると、どうやら深く反省しているらしい。
「……喧嘩両成敗と言うところですかな。さ、傷の手当てを急ぎましょう」
「ご家老さま、大槻殿は助かるでしょうか……?」
「無論。このくらいの手傷で人は死にませぬよ。既に我が屋敷に、お医師が到着している頃です。この下に馬も待たせておりますからすぐに運びましょう」
「どうか……大槻殿をお頼みします」
馬の手綱を握り締めて、大姫はじっと降りてくる三人を見つめていた。両方から抱えられている蒼白になった義高を見つめ泣きそうになったが耐えた。
馬の背に乗った義高の差料(刀)を預かり袂にくるむと父に差し出した。
「大津は、歩いて屋敷に戻ります。父上はお早く義高さまのお手当てを……」
「うむ。では、そうしよう。高坂殿、大津を頼む」
「はい」
「大津。高坂殿が連れ帰ってくれるそうだ。心配だろうが義高殿は大丈夫だから安心なさい」
「大……姫さ……」
馬上の義高が大姫に心配させまいと、声を振り絞った。
「高坂殿と……仲直り……いたしましたから。ご安堵……召され……」
「……はい」
大津は健気に凛々しく、高坂殿と屋敷までご一緒しますから心配しないでくださいと、告げた。
本当は背後の高坂が怖くてたまらなかったが、義高に心配をかけるわけにはいかない。
どうぞと向けられた背にこわごわ乗り、大姫は強張っていた。飛び降りて馬の後を追って駆け出したかったが、二の腕に巻かれた包帯を見て、ふと自分が小柄で刺した傷は、大丈夫なのだろうかと、心配になる。
「高坂さま……あの……傷は痛くはありませぬか?」
「何がです?」
「大津が小柄で刺した傷です。血がいっぱい出ていました」
「一颯が大槻殿に付けた傷に比べれば、このようなもの虫に刺されたようなものです」
「でも……小さな傷でも、すずめばちに刺されたら、命を落とすこともありますもの」
「大姫さまは、すずめばちのおつもりですか?」
「事と場合によっては、大津はもっと厄介な、くまばちになるかもしれませぬ」
ふっと、空気が柔らかく和んだ。
「そうですか。わたしはてっきり大姫さまは花むぐり(小さなこがねむし)かと思っておりました」
「……花むぐりは人を刺したりは致しません」
大津は小さな声で抗った。
「そうですな。花粉を付けて飛び回っているだけですな。今の大姫さまのお顔にも、花粉のように土埃が付いております」
「ほんとう……?社の中は乾いていたから、汚れてしまったのですね……菊に叱られてしまう……」
道端に大姫を下ろした高坂は、すぐ近くの小川で手拭いを濡らし急ぎ戻って来た。
「大姫さま。もう乱暴は致しませんから、お顔に触れてもよろしいですか?」
「はい」
素直に目を閉じ高坂に顔を向ける大姫に、仲直りしたと言う義高の言葉を信じているのだろうと羨ましくなる。
「一度だけ……お許しください。大姫さま」
そっと大切な壊れ物を抱きしめるように、高坂一颯はきゅ……と大姫を抱いた。
「高坂さま……?」
「大槻殿が羨ましい。大槻殿は、大姫さまがどのような形でも、気持ちは変わらぬと強くおっしゃった。わたしは幼子のように、大槻殿の持つ宝珠がどうしても欲しくなってしまったのです」
「人の心にある宝珠はたやすく奪えるものではございませぬよ」
「そうですね。そんな簡単なことがわたしには判らなかったのです。……いつかはこの一颯にも、大姫さまと大槻殿のように、互いに大切に思える相手が現れるでしょうか」
「はい、きっと。今の、怖くない高坂さまなら、大津も仲良くできまする」
「そうか。良かった。これからは、誰にも優しくするようにしよう」
他愛もない話をしながらも、大津は義高が心配でならなかった。




