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本音の遣り取り14

一方、大津は必死に駆けていた。(傍目には、とても走っている様には見えなかったが)


義高が早くお行きなさいと言ったのは、きっと屋敷に戻り助けを呼べという事なのだろう。

早く誰かを呼ばなければ、義高の藍色の着物の染みは、どんどん広がってゆくだろう。心配で胸が潰れそうだった。


「義高さま。どうか……お願い。ご無事でいて……」


か弱い足では、半里ほどの道のりも果てしがない気がする。

ぜいぜいと息が上がった大津は、それでも一生懸命来た道を戻っていた。


「義高さま……大津が、すぐに……助けを呼んでまいります……」


早く駆けられない自分が不甲斐なく、涙がこぼれたがそれでも大津は諦めずに先を行く。


「急がなければ……義高さまが……」


何度か転び、挫いた足の痛さに思わず天を仰いだとき、父の愛馬のいななきを聞いた。


「大津!」


「あ……父上……」


「供も連れず、かような場所でいかがした?ほら、おいで」


父はそのまま大津を馬上へと引き上げた。


「屋敷からお前が一大事と使いが来たので、急ぎ帰宅する途中だ。一体何があった?義高殿は一緒ではなかったのか?」


ふと見れば、女性用の着物の着付けなどできない義高が、何とか結びつけた帯も解けかけ、大津はとんでもない格好になっていた。

大津は父親に懸命に訴えた。


「あの社に、義高さまが……大津をおぶった高坂さまが……高坂さまが斬り付けて、義高さまがお怪我をなさったのです。大津が高坂さまにお怪我をさせて……だから大津のせいです……父上……え~ん……」


「ん~、大津の話は、何が何やら父にはわからぬな。とにかく……上の社に義高殿と高坂殿がいるのだな?二人は揉めたのだな?それで大津は助けを呼びに行く途中だったのだな?」


「……はい……」


「では、おまえはこのまま流星とここで待っておいで。わたしが話をして来よう」


「大津も……行きます」


父は乱れた着物を直してやると、母上が心配して待っているからそこでお待ちと告げた。修羅場に大津を連れてゆくわけにはいかなかった。


「義高殿はとても強いから、大丈夫だ。きっと無事に連れて来るから、大津は泣かずに待っているんだよ」


「……泣きませぬ」


「いい子だ。後でよき話があるからな」


ぽろぽろと転がり落ちる涙をぐいと拭って、大津は石段を見上げた。

木立に綱をくくりつけると、父は軽々石段を駆け上がってゆく。

社の中で、義高はじっと高坂の動向を探っていた。

対する高坂も思案を巡らせているようだった。

出血は思ったよりも酷いのだろうか。じんじんと熱いだけで痛みはなかったが、目がかすむ。

共に三すくみのように視線を絡ませ黙したままだったが、やがて義高が口を開いた。


「まだ、大姫さまにはお話して居りませんが、わたしは……いずれは武士を捨て、国境の山中で暮らそうと思っております……」


訝しげに見つめる高坂は、青ざめた義高の心の内をはかりかねていた。一体なぜ、そのようなことを言い出したのかわからなかった。


人質とはいえ義高は、文武両道、人柄も良く国許では部屋住みの三男という事だったが、おそらくどこぞの大名の跡取りに推挙されるだろうともっぱらの噂だった。

跡取りの無い大藩では、他藩から優れた男子を呼んで面接し、選んで養子に迎え家名を継がせることが多い。


「……いずれ、他藩に養子に行けばよいではないか。大槻殿ほどの器量なら、どこでも喜んで迎えてくれるだろう。教授方もそのような話を、父上にしていた」


ふっと義高は笑った。


「買い被り過ぎですよ……。わたしは武門のほうは、高坂殿には遠く及びません。文の方もそうです。許されて藩校に行ったとき、わたしには最初殆どわかりませんでした。……必死だったのです。何しろ、人質ですから……殿の意向一つで、いつ胴体と頭が離れるかわかりません」


「いつも自信にあふれているように見えた」


「常に片意地を張っていただけです。故郷を離れ、いつ死ぬとも知れぬ質(ち)の身の上を恐れ、小心者が大姫さまに弱い自分を見せたくなくて、必死に頑張ったのです」


「……好いておるのか?姫が男子であっても?」


「はい」


躊躇することなく、義高はまっすぐに告げた。


「心細くてどうしようもない幼い時、大姫さまはわたしの闇を照らす灯明でした。灯明に男子も女子もありませぬ」


「そうか……それほどまでに」


「ただ、わたしは大姫さまが高坂殿と一緒になって、この後……ずっとお幸せになるのなら、邪魔立てする気はございませんでした。なれど……高坂殿は……大姫さまが男子だからこそ、娶りたいと思われたはず……ち……がいます……か?」


ずる……と、社の扉にもたれた義高の身体が滑った。


「わたしは……義高は、天地神明に……誓ったのです。命を賭して大姫さまを……大津さまをお守りする……その為なら武門も捨てる、名も……捨てる覚悟………」


「お、大槻殿!死んではならぬ!」


崩れた義高に、高坂が駆け寄った。


カタ……とつっかいが外れた。


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