21.黒幕の正体
ゲブレ遺跡奪還作戦は見事成功し、ツヴェリアの町に平穏がもたらされた後日。ソルダーツ公爵とクレナは、黒幕が潜んでいた洞穴の隠し部屋を訪れていた。
「これは……」
「どうやら、何者かが先に口封じをしたようだな」
部屋の中はもぬけの殻で、中心には死体のない大きな血だまりができていた。そして、壁際に置かれてあ執務机の上には、ドワースが黒幕である証拠と、古代魔術を使い悪魔を召喚しようとしていたことが記されていた。
「見てくれ父上。どうやらドワースは、古代魔術に必要な生贄を集めていたらしい。彼らが囚われている場所はここだ」
「うむ。すぐに救助を向かわせよう」
「もう一つ。この資料によると古代魔術を行使するための魔法陣は、そこに存在するだけで多くの魔物を呼び、呪いを振り撒くらしい。此度の異常事態は魔力流の乱れによるものではなく、全てドワースの仕業だったようだ」
クレナはそう言って床を見る。そこには、血だまりによって大部分を消された魔法陣が描かれていた。
「そうか……して、この魔法陣に込められた魔術はなんだ?」
公爵が聞くと、クレナは資料を指でなぞり、その答えを見つける。そして、息を呑んだ。
「……っ。……それ一体で大国を滅ぼすとされる厄災の幻獣──ファーベルヒュドラの召喚だ」
「ファーベルヒュドラ、だと……!? ……そ、そうか。だとしたら、ドワースを屠った何者かは『救国の英雄』というわけか」
「だな。……一体誰が、ドワースを屠ったのだ……」
公爵とクレナが戦慄し、ドワースを屠った何者かに思いを馳せていた時、当のフラウはエルステラの町にいた。
***
「で? なんでおまえは俺の命を狙ってたんだ?」
俺は今、エルステラにある奴隷オークション会場跡の地下室にいた。奴隷用の鎖で拘束したドワースを前にして。
ちなみに、ゲブレ遺跡の中にいた俺が突如ドワースの前に現れたのも今エルステラにいるのも全て、ラスティが習得していた最上級風属性魔術──テレポートのおかげだ。
「貴様が知る必要はない」
上裸にされ、原型が残らない程顔を腫らしたドワースは、なお口を割らない。最初の内は返答を断られるたびに殴っていたが、それではドワースを絶望させられないとわかり、俺は殴るのをやめた。
こいつ、禁忌とされている古代魔術を使おうとしていたことがバレていないとでも思ってるのか? ま、証拠はかなり厄介な隠し方をしていたからな。
俺が椅子の上にあぐらをかき、頬杖をついていると、不意に強風が吹き抜ける。ラスティがテレポートで戻ってきたのだ。
「フラウ様。ただいま戻りました」
「どうだった?」
「はい。フラウ様の予想通り、町では号外が配られていました」
そう言ってラスティは俺に白黒の紙を差し出してくる。俺はその中身に目を通し、口角を吊り上げた。
「ドワース。おまえは自分が古代魔術を行使しようとしていたことは絶対にバレないと、そう思ってたんだろ?」
「なにを……そのような戯言で私を惑わそうとでも?」
一見冷静に返答したドワースだが、その頬には冷や汗が流れていた。そんなドワースに、俺は号外を突き付ける。
「なっ……!」
ドワースは、腫れてほとんど開かなくなっていた目を限界まで見開く。号外には『ヴァイスローフ公爵家令息──ドワース・ファン・ヴァイスローフ。禁忌の古代魔術に手を出す』という見出しが大々的に刷られていた。
本文には、エルステラで大勢の生贄を攫ったこと。ツヴェリアに呪いを蔓延させ、魔物をあふれさせたこと。聖女を暗殺し、その膨大な魔力をもって古代魔術を発動させようとしていたことが記されていた。
「何故だ……この証拠は何重もの強力な魔術結界とミスリル製の金庫によって厳重に保管していたはずだ! どうやって……」
いいねぇ……あともう一押しだな。
目に見えて焦りだすドワースに、俺は猫撫で声を混ぜていく。
「どうやっても何も、俺は聖女だぞ? 聖女といえば結界でしょう? 張られた結界を解くだけなら、魔術解除すら必要ありませんでしたよー?」
だから、儀式と魔物の強化で魔力を使い果たした俺でも簡単に結界を解除できた。金庫は、元暗殺者という経験からピッキングを覚えていたラスティに頼んで開けてもらった。
「くっ……」
ドワースは絶望ではなく、計画を潰された怒りを顔に滲ませ俺を睨む。
うーん……憎悪も悪くないが、やっぱ俺は絶望顔が一番好きなんだよな。人は夢や目標を摘み取られると絶望する……あれ? 結局ドワースの目的って何だったんだ? ドワースは古代魔術を使って何がしたかったんだ?
俺は数少ないドワースとの会話を遡る。すると、ドワースのある発言に行きついた。
『公爵家同士の対立などなければ、事は円滑に進むのですが』
そう苦笑したドワースの言葉は嘘には見えなかった。
てことは、ドワースはこの国の現状に辟易して、古代魔術を使って反乱でも起こそうとしていたのか? ……ま、とりあえず鎌をかけてみるか。外れていても流せばいいし。
「ドワース」
俺は杖でドワースの顎を持ち上げ、彼のくすんだ水色の瞳を見下ろす。
「おまえはこの国を壊したかったんだろ?」
瞬間、ドワースの両目が見開かれる。ドワースは口をパクパクさせ、声にならない絶叫を上げた。
「なるほどねぇ……ただの鎌かけだったが、どうやら図星みたいだなァ」
人は、己の考えを見透かされると恐怖を覚えるものだ。同時に、こいつには敵わないと畏怖してしまう。こうなってしまえば終わりだ。ドワースはあと一歩で絶望に堕ちる。
ドワースの願いは一見正しい。が、大勢の民の犠牲を必要とする。だから俺の美学にも反しない。そういうわけで──。
さァ……おまえの絶望顔、見せてもらうぞ!
「ドワース。俺がいる限りこの国が滅びることはない。おまえの悲願が果たされることもない。……あなたの努力は、覚悟は、全部無駄だったのですよー?」
俺は満面の(歪んだ)笑みを浮かべ、ドワースの頭を撫でる。
「あ……あぁ……」
情けないうめき声を上げるドワース。その体は小刻みに震え、両の目からは涙が流れ落ちる。
ドワースの汚く情けない絶望顔を見て、俺は腹の底から込み上げてくる高揚感に身を委ねる。
「アハハっ! おまえの人生、全部無駄だったなァ! そのだらしない絶望顔をもっとよく見せてくれ!」
俺はドワースの髪を鷲掴みにし、ドワースの体を持ち上げた。
それから俺は、満足するまでドワースの顔をじっと見つめた。
ドワースの顔から完全に生気が抜け、彼の目が光を映さなくなった頃。俺はドワースの髪を鷲掴みにしたままラスティを振り返る。
「ラスティ」
「はい」
俺はラスティから短剣を受け取り、ドワースに聖女の微笑みを向けた。
「それではさようなら。ドワース様」
俺は短剣を振り下ろす。ドワースは痛みで絶望するタイプではないので、心臓を一突きして絶命させた。
ドワースの絶望を堪能していた俺は気付かなかった。町で配られていた号外の裏に大々的に刷られた『新時代の義賊登場!? 悪の権化ドワースを打ち取りし正体不明のヒーロー』という見出しに。
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