↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に転生しちゃったので週刊少年ジャンプを作ってみた  作者: 羽越世雌
第1章:異世界ジャンプ編集長(仮)への道
PR
2/21

第1話:異世界に転生しちゃったので、黄金の記憶と目覚める

交差点の視界が反転し、強烈な摩擦音が脳髄を駆け抜けたとき、ツヨシは「ああ、これでようやく雑誌を閉じるのだ」と不思議と安らぎを感じていた。


長年連れ添った妻にも先立たれ、定年という名の余暇が、なぜか果てしない荒野のように感じられた六十歳の夏。趣味の自転車で風を切るのが唯一の愉悦だったが、寄る年波は残酷だ。大好きだった『週刊少年ジャンプ』のページをめくることさえ、今は重労働だった。最新号の厚み、細かな書き込み、展開の速さ――それらすべてが、今のツヨシには眩しすぎた。二〇二三年、五十三号。それが、彼が最後に読んだ雑誌の姿だった。


――だが。


次に目が覚めたとき、ツヨシの視界を覆っていたのは、病院の白い天井でも、天国でもなかった。

鼻を突くのは、甘ったるい花の香りと、硫黄が混じった魔法の残滓。視界に広がるのは、雲を突き抜けんばかりの巨大な樹木と、空を飛ぶ影――ドラゴンか、あるいは翼竜か。


「……夢にしては、随分とリアルだな」


起き上がったツヨシの体から、違和感が消えていく。老いにより曲がっていた背筋は真っ直ぐに伸び、常に痛んでいた膝の古傷も、階段を駆け上がる前の軽快さを取り戻している。二十代、大学の漫画研究会に身を置き、同人誌の原稿用紙に明け暮れていた、あの頃の肉体だ。


ツヨシが困惑しながら泥まみれの服を払っていると、ふと脳裏に奇妙な「ノイズ」が走り始めた。それは痛みではない。膨大な情報が、まるでハードディスクからメモリへ転送されるような、熱い奔流だ。


(これは……!)


驚愕に目を見開く。脳内に展開されているのは、五十年分に及ぶ記憶のライブラリ。

創刊号から最新号に至るまでの、すべての作品のプロット、名場面、キャラクターの配置、伏線の回収、そして、読者の心を鷲掴みにし、熱狂の渦へと巻き込むための『黄金律』。


「友情・努力・勝利」――この言葉が、魔法の詠唱のようにツヨシの魂に刻み込まれている。

この世界は、剣と魔法が支配する異世界だ。人々は過酷な環境で生きるため、娯楽といえば教訓めいた詩集や、退屈極まりない歴史書しかない。この世界には「娯楽」という概念が死んでいるのだ。


(そうか、そういうことか)


ツヨシは膝の上の泥を払い、立ち上がった。

かつて自分を熱狂させた、あのジャンプの構成術。プロの作家たちが死に物狂いで編み出した、読者の感情をジェットコースターのように揺さぶる「物語の構造」が、すべて自分の脳内にインストールされている。


最初の敵との出会いは、最初の『見開き』だ。

目的達成への障害は、物語における『中ボス』との邂逅だ。

そして、すべてのエピソードの結末には、読者が次週を待ちわびて眠れなくなるような『引き』が必要だ。


「この力は……俺に、もう一度『少年』に戻れと言っているのか」


ツヨシは崖の縁まで歩み寄り、眼下に広がる異世界の風景を見下ろした。魔法の光が街を灯し、剣士たちが腕を競い合っている。だが、そこには「熱」がない。人々の目は死んでおり、ただ生きることだけが目的になっている。


彼らは知らないのだ。

絶望の淵から仲間を信じて立ち上がる時の、あの震えるような高揚感を。

自分の限界を突破して、敵を打ち破る瞬間の、カタルシスの深さを。

そして、泥をすすってでも、夢を叶えるために努力し続けることの、何よりの尊さを。


ツヨシは確信した。自分がここに転生した意味。それは、老いと疲弊で閉じかけた自分の人生を再起動させ、この退屈な世界に、魂を揺さぶる「物語」という魔法を送り込むことなのだ。


「いいだろう。この世界の読者どもに、俺が心底教えてやる」


彼は地面に落ちていた鋭利な石を拾い上げ、湿った土の上に、最初の『コマ割り』を描き始めた。

これは、ただのファンタジーではない。

これは、かつて漫画の原稿用紙に一生を捧げた男が、異世界という荒野で再びペンを取り、伝説の「創刊号」を生み出すための、魂の記録である。


脳内の『黄金律』が、異世界の魔力と共鳴し、土の上に描いた線が、かすかに金色に光を放ち始める。

ツヨシの心臓が、二十代の頃と同じテンポで、力強く高鳴り始めた。


「さあ、始めようか。異世界少年ジャンプ――いや、俺たちの物語の、第1話だ」


ツヨシの瞳に、かつて漫画に夢中だった頃の、あの純粋な輝きが戻っていた。物語は、静かに、しかし確実に動き出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。