35話 何おじいちゃんみたいなこと言ってるの!
「笹原くん、ちょっといいかな」
怒涛のプロポーズから数日が経ち、金曜日。
昼休みに一人でおにぎりを頬張っていると、珍しく佐藤さんが話しかけてきた。
「佐藤さん、どうしたの?」
「入部の件。そろそろ考えてくれたかなって」
「あー」
やべ、完全に忘れてた。
たしか佐藤さんに図書室でバド部に勧誘されたのが2週間前。その後のバタバタで、すっかり頭から抜け落ちてた。バド部か……うーん。
「入ってくれないかなぁ。桐谷もきっと喜ぶし」
「それは……どうだろ」
以前ほどの険悪な雰囲気はないとはいえ、桐谷くんと仲良くなったわけではない。あまり歓迎されるとも思えないけど。
「笹原くんこの前、雪先輩と体育館行ったんだよね?」
「なんで知ってるの」
「雪先輩が嬉しそうに話してたよー。試合してくれたって」
「へぇ」
「珍しいんだよ? あの雪先輩が、感情を外に出すなんて」
たしかに。氷護先輩、いつも無表情で何を考えてるのかわからないところあるもんな。
そういえばあの日は、試合の後ちょっとご機嫌だったっけ
「でも俺、次の日身体バキバキだったし。今から運動部に戻るの、はやっぱり難しいかも……」
「何おじいちゃんみたいなこと言ってるの! 笹原くん」
「……へっ?」
「17歳だよ? まだまだ若いんだよ? たかが筋肉痛なんて、必死に練習してたら気にならないって」
「えぇ……」
急にスパルタマネージャーモードになってしまった。
スイッチ入ると怖いんだよな、この人。見た目は大人しいのに。
「そうだ! よかったら笹原くん、週末の試合観に来ない?」
「試合?」
「うん。男子の団体戦があるんだ。勝ったら創部以来初となる、2部リーグへの昇格なんだよ」
「おぉ。すごい」
高校バドミントンの団体戦は5つのリーグに別れていて、1つのリーグに6チームが属している。そして総当たり戦の結果に応じ、1.2位が昇格、3.4位が残留、5.6位が降格となるのだ。
1部リーグとと2部リーグはほぼ私立の強豪が占めてるから、2部に上がれたらそれだけで快挙だ。
「今回の会場はうちの体育館だしぜひ来てよ。人の試合観てたら、自分もバドミントンがしたくなるかもしれないし」
「う、うん。行けたら行くね」
「絶対ね」
曖昧な返事にしっかり釘を刺されてしまった。
まあいいか。特に予定もないし。
※
というわけで日曜日。
俺は体育館の2階から、一人静かに試合を眺めている。
生徒のほとんどはコートの横から声援を送っているのだが、女バドの割合が高すぎて、陰キャの俺は近づくことができないのだ。佐藤さんはベンチに座ってるし。
「あれ……ご主人様……?」
「あ、氷護先輩。こんにちは」
「……応援……来てくれたんだ」
「は、はい。暇だったので」
女子は試合がないため、今日の氷護先輩は制服姿だ。
体育館はかなり蒸し暑く、彼女の首筋にも汗が光っているのに、なぜか良い匂いがした。
「氷護先輩は近くで応援しないんですか?」
「……うん……私は声小さいから……たぶん聞こえないし」
「そうだとしても、氷護先輩がいてくれるだけで、選手は心強いと思いますよ」
「ふふ……優しいね……ご主人様は……」
「そ、そんなことないですよ」
気恥ずかしくて、つい目を逸らしてしまった。
でも少し離れたところから、落ち着いて応援をしたいという気持ちはわかる。
「……1週間ぶりだね……話すの」
「そうですね」
「あの約束……考えてくれたかな……?」
相変わらず感情は読み取れない。
約束、氷護先輩が俺を養うこと。
「正直、まだ悩んでます」
「……ゆっくりでいいよ……私の決心は……変わらないから」
「は、はい」
「あ……桐谷の試合……始まる」
赤いユニフォームに身を包んだ桐谷くんが、コートの中央に向かっていた。相手の選手は桐谷くんより一回り身長が高く、手足がすらりと長い。
「初めての公式戦……頑張って欲しい……」
「ですね」
団体戦はダブルス2試合とシングルス3試合の計5試合で、3点先取で勝利となる。先に行われたダブルスは1勝1敗。そのまま第一シングルスの桐谷くんに出番が回った。
コイントスで桐谷くんのサーブに決まり、審判のコールと共に試合が始まった。
「……桐谷……緊張してる?」
「えっ?」
「……いつもより……一歩目が……遅い」
言われてみれば、以前練習で見た時より身体が固く、シャトルへの反応が遅れている気がする。相手の余裕あるフットワークとは対照的に、桐谷くんは常にラケットを下から出す形になっており、防戦一方という感じだ。
そのままあっさりと11点を取られ、あっという間にハーフタイムになってしまった。
「桐谷くん、押されてますね……」
「──ちょっと声かけてくる」
そう言うと、氷護先輩はすぐに階段を駆け下り、桐谷くんの方へ走っていった。




