4-(2) 朝廷への急報
ところ変わって、ここはグランダの首都惑星である天京。
黄色の瓦風の屋根に、真っ白な壁、そして真っ赤な柱。
広大な敷地に、中華風の美しい宮殿の数々
ここは「集光宮」と呼ばれる宮殿群で、グランダ皇帝のお住い兼、お仕事の場所。
そんな瀟洒な場所を、一人急ぐ初老の男がいたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――唐公が反逆罪により、死亡。
実行したのは、第二戦隊の3隻で、指揮官は天儀。
これを聞いた桑国洋は、帝から召される前に、朝服を慌てて着込み、靴を引っ掛け自宅を飛び出ていた。
「まさか殺すとは、信じられない」
そう胸懐でそうひとりごちる桑国洋は、50代なかばの男。
朝廷では侍中と少府とう顕職にある
平均より高い身長に、涼しげな目元、白髪が目立つ黒髪。
実は桑国洋は、天儀から事前に唐公と恒星衛社の国内での見られ方を問われていたが、まさかこまでするとは思いもしていなかった。
そのようなことがあってから先日、天儀から侍中府を通し帝へ拝謁したいという願いが届けられていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
帝は執務南光で、天儀を謁見した。
その折に天儀は、
「ドック海明行きの任務がございますが、これを勅命任務にしていただきたいのです」
と、拝して願い出ていた。
帝は問わず、ただ許可した。
この場に居合わせた桑国洋は、天儀のこの願い出に、なるほど、と心の中で手を打つ思い。
ドック海明のある海明星は、唐公家の邸宅と恒星衛社の本社があり、いわば唐公の本拠地で、海明宙域は唐公の庭。
この唐公の庭にあるドック海明は、国有の巨大軍事ドック。
だが、海明宙域にあるという地政学上の要因から、国有のドック海明が唐公の強い影響下にあるのも事実。
そんな海明宙域のドック海明を、勅命任務を帯びて行って帰って来れば、それだけで帝の威光の大きさをしめす行為となりうる。
小さいことではあるが、大きな意味はあった。
大規模な編成でなく、たった3隻というのも桑国洋から見て絶妙だった。
これだけ小規模なら唐公も苦々しく思いつつも見逃すに違いない。
だが、たった3隻でも行って帰って来れば実績だ。微妙なバランス加減といっていい。
「天儀殿は、政治も分かる」
とすら桑国洋は思い。
天儀の申し出を、眺めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――それが唐公の撃殺だ。
と、宮殿内を慌ただしく進む桑国洋は思う。
早々に手を打たねば、恒星衛社の暴走すらありえる。
プリンス・オブ・エシュロンの戦力は、正規軍二個規模。加えて、一個惑星を実質支配する唐公家と恒星衛社。
最悪を思えば、大規模用ドック海明を起点に、恒星衛社の大規模な軍事的反抗が予想される。
――そんなことは、させない
というのが、いまの桑国洋の思い。
桑国洋としては、そうなる前に、議会と合同して、唐公家と恒星衛社を徹底的に潰す。
「朝廷が即時発行できるのは、唐公一家の皇族という立場の剥奪もしくは停止。唐公家の私的財産の没収」
今日中に、これを行う。
――ことここに至っては、躊躇も後退もない。
これが執務南光へ急ぐ桑国洋の決意。
唐公が死亡したこのときに、徹底的に叩き潰さねば、朝廷が、いや朝廷だけでなく、議会までもが唐公家と恒星衛社に逆襲されかねない。
つまり民間軍事会社によるクーデタである。こうなれば最悪の事態だった。
表情に険しさのある桑国洋が、執務南光へと歩みを早めていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
桑国洋が、執務南光へ入室すると、室内にはすでに太師子黄もいた。
子黄は、先帝の時代から使える廷臣で、真っ白な髪とひげ、そして盲目という老人。
年老いて痩身だが、背丈は180センチほどもあり、揺るぎない存在感がある。
帝は、その太師子黄と二三言葉を交わしていたようだが、桑国洋の入室にすぐ気づき、迎え入れるような仕草した。
桑国洋が、帝の方へ目を向け拝礼。
帝の容貌は、青い瞳に、長身、黒々としたひげ、鼻が高く堀が深い。
年齢は桑国洋とほぼ変わらないが、こげ茶の髪の毛に白髪はなく、生気にみなぎっている。
「聞いたか、唐公が死んだ」
拝礼する桑国洋は執務南光に入るなり、帝からこう声をかけられた。
帝にとって
――唐大公の死
とは、手を打ち喜びたいところだろうが、そうしないのがこの方らしいと桑国洋は思う。
帝と朝廷とは、対立軸にあった唐公と恒星衛社だが、唐公は皇族で一応帝の親族だ。
――帝には、行儀の良さがある
これが桑国洋の好く帝の一面。
気難しい太師子黄が、精力的な帝を教導しつづけるのも、このあたりの性質を知ってのことだろうと、桑国洋は見ている。
一見、口やかましいだけに見える太師子黄だが、政治に意欲的な帝へ、諫言を呈する難しさは痛いほど身にしみているだろう。
唐公の死に接しても冷静な帝。
桑国洋も、唐公の死で荒だった胸間の波がおさまり、平静さを取り戻していた。
「巡航任務に、勅命を帯びさせよとは、何のことかと思ったらこうとはな。やりおる」
面白げにいう帝の目が、桑国洋を捉えた。
桑国洋は、帝から唐公の死亡についての所見を求められたのだ。
今回の天儀の唐公誅殺の意味は色々あるが、
「これで天儀の盛名は、軍内で揺るぎないでしょう」
桑国洋からして、天儀による唐公の誅殺の意味するところはこれだった。
「それだ」
と、帝が喜色を抑えつつも桑国洋の言葉に手をうんたばかりに応じ、
「天儀は、大将軍指名を3ヶ月後としたが、3ヶ月の猶予の意味はこれだったか」
そういって、うなづいてみせた。
帝が指名すれば
――大将軍
といっても、軍内で実績のない男を大将軍すれば、天儀の威名を高めるキャンペーンがどうしても必要だった。
戦争を再開するために天儀を全軍の長たる大将軍に任命しようと、天儀個人に、大将軍就任の説得性が欠ける。
唐公誅殺という一挙は、そんな問題を一切片付けていた。
軍は、恒星衛社を嫌い抜いているといっても過言ではない。
天儀は軍内で間違いなく一目置かれる。
「天儀は言に、責任を持ったな。いや行動ともなったというべきか。まさか、自分で大将軍たる資格をもぎ取ってくるとは」
言葉を発し続ける帝の声が、上ずるように高ぶっていた。
帝の高ぶりを、目の当たりにした桑国洋は、
――帝は、よほど天儀の一挙を気に入ったと見える
そう思いつつも、自分も天儀の快挙に胸がすいているという自覚がある。
桑国洋が、いま胸にいだく爽快さは、帝の高ぶりに引きずられたわけではない。
大をつけて呼ばれる唐公の権威は、帝のそれを脅かしつつあった。
政治的に見ても、巨大化しすぎた民間軍事会社と、その下にあるプリンス・オブ・エシュロンという暴力装置の存在は大きな問題だった。
いま桑国洋は、帝の権威を蚕食し肥え太る唐公と恒星衛社という鬱々とした重圧から開放されていた。
「やつなら必ず戦争に勝つ。朕は確信を持つ」
帝が、また好感の思いを外に発していた。
そんな気持ちの高ぶりを表に出していた帝だったが、居住まいを正し
「太師の考えが知りたい。どうか」
と、太師子黄へ向け問い発した。
突然の帝の一声で、それまで静黙を保っていた太師子黄の存在が室内で起立した。
太師子黄は、一礼してから
「唐公誅殺の内容につていては、まだ不明な点が多く、ことは貴人の殺害。下が上を弑したのではないと、誰がいえましょうか。第二戦隊の行為が、弑逆に当たらぬか直に詮議すべきです」
いい終わると、また一礼した。
桑国洋は、太師子黄の言葉を注意深く聞き
――なるほど、太師様は唐公の死を誅殺と見ているのか。
と、思った。
仮に太師子黄が、唐公の死に不正義を思い、その死を疑義したなら、この誅殺という言葉は出ないだろう。
太師子黄からしても、唐公は、罪があって死んだという認識ということだ。
加えて太師子黄から出た
「第二戦隊の行為が、弑逆にあたらぬか」
という、この部分は、太師子黄が天儀一人を首謀者に見ていないというのがわかる。
言葉だけ見れば、第二戦隊全体へ弑逆の嫌疑。
――だが、果たしてそうか。
と、桑国洋は思う。
第二戦隊全体を疑おうにも、命令を下した人物が必ずいる。
そして、いま第二戦隊は規律を維持して行動しており、そして司令天儀が、不明の事態に陥り、部下から指揮権を停止され、司令の座から降ろされたという話もない。
こう考えれば、どう考えても唐公誅殺の首謀者は、第二戦隊司令の天儀だった。
つまり、言葉は
「天儀の行為が、弑逆にあたらぬか」
でもよかったはずだ。
――何故、太師様は、天儀という名を出すのを避けたのか。
桑国洋は、そこまで考え、一つの閃きを見た。
――そういえば、今、復命のため妙高と羽黒が戻ってきているのか。
桑国洋は、そこでハッとした。
なるほど、太師様は、この二艦の艦長を上手く使えと、帝へしめしたか。
唐公誅殺の復命を行うのは、この二人だとすでに決まっている。
太師子黄の深知に、桑国洋は総身に激風を受けた。
唐大公は、第二星系を基点として、国全体へ隠然たる影響力があり、政界、軍では唐公や恒星衛社の支持者を、唐公派と呼んでいた。
その唐公派が、唐大公が殺されて、誰も咎められないでは、黙っているはずがない。
――なるほど、天儀将軍の身代わりで、2人を裁けということか。
桑国洋は、太師子黄の言葉にそこまで推量した。
唐公は、皇孫五世以内であり、皇族認定を受け一家を立てている。
唐公が殺されれば皇族殺害にあたる。
つまり大逆罪の適用が可能。
そして、帝が議会へ下問する形での大逆罪の適用は、その結果まで非常に迅速。
なるほど、さっさと処断し、決着をつけてしまえば、それ以上事件を詮議しない理由にもなる。
桑国洋は、そこまで想像を飛ばし、太師子黄の凄味を覚えたのだった。
太師子黄は、全てにおいて帝が第一。
子黄から見て、唐公と恒星衛社の膨張は、帝と皇室に好ましくなく、いかに恒星衛社が大きくとも、まだいまなら皇帝の力で御しうる。
つまり
「高く積み上がったものが崩れ、荒波が立っております。ここはあえて、その波に乗り、過分となったものを取り除くべきです」
これが、太師子黄の結論だった。
強いリーダーシップを発揮していた唐大公が死んだいまの恒星衛社は、要を失い空中分解したような状態で、唐大公の死にも右往左往しているだけ、今のうちに大きくなりすぎた恒星衛社を解体に追い込むべきだと、太師子黄はいったのだ。
いまの恒星衛社は、議会と朝廷から次々と下される決定を、受け入れるしかない。
決定に、難色を示せば、問罪される理由を更に与える悪循環。恒星衛社は、窮す。
言葉を終えた太師子黄が、一礼し静黙となった。
太師子黄の発言が終ると、話は終わった。
いま、侍従の一人が、妙高と羽黒の両艦長の復命の日取りについての確認を帝におこなっている。
桑国洋も辞去し、治粟殿へ唐公誅殺事件の処理へ向かったのだった。
処理には、当然として政界への根回しも含まれる。
唐大公の死に、帝と朝廷が動き出し、政府も動き出したのであった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一連の朝廷の動きからもわかるように
――唐公誅殺が、法的に認められなければ、天儀や自分たちの身が危うい。
というセシリアの危惧は、杞憂と終わった。
帝と朝廷は、唐公の死を、あくまで誅殺という前提で動き出していた。
後に『唐公路口事件』とされる唐公誅殺劇も、最初は
――『唐公誅殺事件』
という見出しが、各メディアで踊ったこと思えば、世間の認識もおのずと知れる。
人々も唐大公が死んだと聞いて、誅殺されたと真っ先に思ったのだ。
世間は、唐公に驕傲と恒星衛社の増長に、冷眼を向けていたのだった。




