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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章三、四知・権道編
22/126

4-(2) 朝廷への急報

 ところ変わって、ここはグランダの首都惑星しゅとわくせいである天京てんけい

 黄色の瓦風かわらふうの屋根に、真っ白なかべ、そして真っ赤なはしら

 広大な敷地に、中華風ちゅうかふうの美しい宮殿きゅうでんの数々

 ここは「集光宮しゅうこうきゅう」と呼ばれる宮殿群で、グランダ皇帝のお住い兼、お仕事の場所。

 

 そんな瀟洒しょうしゃな場所を、一人急ぐ初老しょろうの男がいたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――唐公とうこうが反逆罪により、死亡。

 実行したのは、第二戦隊の3隻で、指揮官は天儀てんぎ

 

 これを聞いた桑国洋そうこくようは、みかどからされる前に、朝服ちょうふくを慌てて着込み、くつを引っ掛け自宅を飛び出ていた。


「まさか殺すとは、信じられない」

 そう胸懐きょうかいでそうひとりごちる桑国洋は、50代なかばの男。

 朝廷では侍中じちゅう少府しょうふとう顕職けんしょくにある

 平均より高い身長に、すずしげな目元、白髪しらがが目立つ黒髪。

 

 実は桑国洋は、天儀から事前じぜん唐公とこう恒星衛社こうせいえいしゃの国内での見られ方を問われていたが、まさかこまでするとは思いもしていなかった。


 そのようなことがあってから先日、天儀から侍中府じちゅうふを通しみかど拝謁はいえつしたいという願いが届けられていた。

 

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 みかど執務南光しつむなんこうで、天儀てんぎを謁見した。

 

 そのおりに天儀は、

「ドック海明かいめい行きの任務がございますが、これを勅命任務ちょくめいにんむにしていただきたいのです」

 と、はいして願い出ていた。

 

 帝は問わず、ただ許可した。


 この場に居合いあわせた桑国洋そうこくようは、天儀のこの願い出に、なるほど、と心の中で手を打つ思い。

 

 ドック海明のある海明星は、唐公家とうこうけ邸宅ていたく恒星衛社こうせいえいしゃの本社があり、いわば唐公の本拠地ほんきょちで、海明宙域かいめいちゅういきは唐公の庭。

 

 この唐公の庭にあるドック海明は、国有の巨大軍事ドック。

 だが、海明宙域にあるという地政学ちせいがく上の要因よういんから、国有のドック海明が唐公の強い影響下えいきょうかにあるのも事実。

 

 そんな海明宙域のドック海明を、勅命任務ちょくめいにんむびて行って帰って来れば、それだけで帝の威光いこうの大きさをしめす行為こういとなりうる。

 

 小さいことではあるが、大きな意味はあった。

 大規模な編成でなく、たった3隻というのも桑国洋から見て絶妙だった。

 これだけ小規模なら唐公も苦々しく思いつつも見逃すに違いない。

 だが、たった3隻でも行って帰って来れば実績じっせきだ。微妙なバランス加減といっていい。


「天儀殿は、政治も分かる」

 とすら桑国洋は思い。

 天儀の申し出を、眺めていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――それが唐公の撃殺だ。

 と、宮殿きゅでん内を慌ただしく進む桑国洋そうこくようは思う。

 

 早々に手を打たねば、恒星衛社こうせいえいしゃ暴走ぼうそうすらありえる。

 

 プリンス・オブ・エシュロンの戦力は、正規軍二個規模。加えて、一個惑星を実質支配する唐公家と恒星衛社。

 最悪を思えば、大規模用ドック海明を起点に、恒星衛社の大規模な軍事的反抗が予想される。

 

 ――そんなことは、させない

 というのが、いまの桑国洋の思い。


 桑国洋としては、そうなる前に、議会と合同して、唐公家と恒星衛社を徹底的に潰す。

 

「朝廷が即時発行そくじはっこうできるのは、唐公一家の皇族こうぞくという立場の剥奪はくだつもしくは停止ていし。唐公家の私的財産してきざいさん没収ぼっしゅう

 

 今日中に、これを行う。

 

 ――ことここに至っては、躊躇ちゅうちょ後退こうたいもない。

 これが執務南光しつむなんこうへ急ぐ桑国洋そうこくようの決意。

 

 唐公が死亡したこのときに、徹底的てっていてきに叩きつぶさねば、朝廷が、いや朝廷だけでなく、議会までもが唐公家と恒星衛社に逆襲ぎゃくしゅうされかねない。

 つまり民間軍事会社みんかんぐんじがいしゃによるクーデタである。こうなれば最悪の事態じたいだった。

 表情にけわしさのある桑国洋が、執務南光へと歩みを早めていた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 桑国洋が、執務南光へ入室すると、室内にはすでに太師子黄たいししこうもいた。

 

 子黄しこうは、先帝せんていの時代から使える廷臣ていしんで、真っ白な髪とひげ、そして盲目もうもくという老人。

 年老いて痩身そうしんだが、背丈せたけは180センチほどもあり、るぎない存在感がある。

 

 みかどは、その太師子黄たいししこうと二三言葉を交わしていたようだが、桑国洋の入室にすぐ気づき、迎え入れるような仕草した。

 

 桑国洋が、帝の方へ目を向け拝礼はいれい

 帝の容貌は、青い瞳に、長身、黒々としたひげ、鼻が高く堀が深い。

 年齢は桑国洋とほぼ変わらないが、こげ茶の髪の毛に白髪はなく、生気にみなぎっている。

 

「聞いたか、唐公が死んだ」

 拝礼する桑国洋は執務南光に入るなり、帝からこう声をかけられた。


 帝にとって

 ――唐大公の死

 とは、手を打ち喜びたいところだろうが、そうしないのがこの方らしいと桑国洋は思う。


 帝と朝廷とは、対立軸にあった唐公と恒星衛社だが、唐公は皇族で一応帝の親族だ。


 ――帝には、行儀の良さがある

 これが桑国洋の好く帝の一面。


 気難きむずかしい太師子黄が、精力的せいりょくてきな帝を教導きょうどうしつづけるのも、このあたりの性質を知ってのことだろうと、桑国洋は見ている。

 一見、口やかましいだけに見える太師子黄だが、政治に意欲的いよくてきな帝へ、諫言かんげんを呈する難しさは痛いほど身にしみているだろう。

 

 唐公の死に接しても冷静れいせいな帝。

 桑国洋も、唐公の死であらだった胸間きょうかんの波がおさまり、平静へいせいさを取り戻していた。

 

巡航任務じゅんこうにんむに、勅命ちょくめいびさせよとは、何のことかと思ったらこうとはな。やりおる」


 面白げにいう帝の目が、桑国洋をとらえた。

 桑国洋は、帝から唐公の死亡についての所見を求められたのだ。


 今回の天儀の唐公誅殺の意味は色々あるが、

「これで天儀の盛名せいめいは、軍内で揺るぎないでしょう」

 

 桑国洋からして、天儀による唐公の誅殺の意味するところはこれだった。

 

「それだ」

 と、帝が喜色きしょくを抑えつつも桑国洋の言葉に手をうんたばかりに応じ、

 

「天儀は、大将軍指名を3ヶ月後としたが、3ヶ月の猶予ゆうよの意味はこれだったか」

 そういって、うなづいてみせた。


 帝が指名すれば

 ――大将軍

 といっても、軍内で実績のない男を大将軍すれば、天儀の威名を高めるキャンペーンがどうしても必要だった。

 

 戦争を再開するために天儀を全軍の長たる大将軍に任命しようと、天儀個人に、大将軍就任の説得性が欠ける。

 唐公誅殺とうこうちゅうさつという一挙いっきょは、そんな問題を一切片付けていた。

 

 軍は、恒星衛社を嫌い抜いているといっても過言かごんではない。

 天儀てんぎは軍内で間違いなく一目いちもく置かれる。

 

「天儀はげんに、責任を持ったな。いや行動ともなったというべきか。まさか、自分で大将軍たる資格しかくをもぎ取ってくるとは」


 言葉を発し続ける帝の声が、うわずるように高ぶっていた。

 

 帝の高ぶりを、目の当たりにした桑国洋は、

 ――帝は、よほど天儀の一挙を気に入ったと見える

 そう思いつつも、自分も天儀の快挙かいきょに胸がすいているという自覚がある。

 

 桑国洋が、いま胸にいだく爽快そうかいさは、帝の高ぶりに引きずられたわけではない。

 大をつけて呼ばれる唐公の権威は、帝のそれを脅かしつつあった。

 

 政治的に見ても、巨大化しすぎた民間軍事会社みんかんぐんじがいしゃと、その下にあるプリンス・オブ・エシュロンという暴力装置ぼうりょくそうちの存在は大きな問題だった。

 

 いま桑国洋は、帝の権威けんい蚕食さんしょくる唐公と恒星衛社という鬱々とした重圧から開放されていた。

 

「やつなら必ず戦争に勝つ。ちんは確信を持つ」


 帝が、また好感こうかんの思いを外にはっしていた。

 

 そんな気持ちの高ぶりを表に出していた帝だったが、居住まいを正し


太師たいしの考えが知りたい。どうか」

 と、太師子黄たいししこうへ向け問い発した。

 

 突然の帝の一声で、それまで静黙せいもくを保っていた太師子黄の存在が室内で起立きりつした。


 太師子黄は、一礼してから

唐公誅殺とうこうちゅうさつの内容につていては、まだ不明な点が多く、ことは貴人きじん殺害さつがいしたうえしいしたのではないと、誰がいえましょうか。第二戦隊の行為が、弑逆しいぎゃくに当たらぬか直に詮議せんぎすべきです」

 

 いい終わると、また一礼した。


 桑国洋は、太師子黄の言葉を注意深ちゅういぶかく聞き

 ――なるほど、太師様は唐公の死を誅殺と見ているのか。

 と、思った。

 

 仮に太師子黄が、唐公の死に不正義ふせいぎを思い、その死を疑義ぎぎしたなら、この誅殺ちゅうさつという言葉は出ないだろう。

 

 太師子黄からしても、唐公は、罪があって死んだという認識ということだ。

 

 加えて太師子黄から出た

「第二戦隊の行為が、弑逆しいぎゃくにあたらぬか」

 という、この部分は、太師子黄が天儀てんぎ一人を首謀者しゅぼうしゃに見ていないというのがわかる。

 

 言葉だけ見れば、第二戦隊全体へ弑逆しいぎゃく嫌疑けんぎ

 

 ――だが、果たしてそうか。

 と、桑国洋は思う。

 

 第二戦隊全体をうたがおうにも、命令を下した人物が必ずいる。

 

 そして、いま第二戦隊は規律きりつを維持して行動しており、そして司令天儀が、不明の事態じたいおちいり、部下から指揮権を停止され、司令の座から降ろされたという話もない。

 

 こう考えれば、どう考えても唐公誅殺の首謀者は、第二戦隊司令の天儀だった。

 

 つまり、言葉は


「天儀の行為が、弑逆にあたらぬか」

 でもよかったはずだ。


 ――何故、太師様は、天儀という名を出すのを避けたのか。

 桑国洋は、そこまで考え、一つの閃きを見た。 


 ――そういえば、今、復命のため妙高みょうこう羽黒はぐろが戻ってきているのか。


 桑国洋は、そこでハッとした。


 なるほど、太師様は、この二艦の艦長を上手く使えと、帝へしめしたか。

 唐公誅殺の復命を行うのは、この二人だとすでに決まっている。


 太師子黄の深知しんちに、桑国洋は総身そうしん激風げきふうを受けた。

 

 唐大公は、第二星系を基点として、国全体へ隠然いんぜんたる影響力があり、政界、軍では唐公や恒星衛社の支持者を、唐公派と呼んでいた。

 その唐公派が、唐大公が殺されて、誰も咎められないでは、黙っているはずがない。


 ――なるほど、天儀将軍の身代わりで、2人をさばけということか。


 桑国洋は、太師子黄の言葉にそこまで推量すいりょうした。

 

 唐公とうこうは、皇孫こうそん五世ごせい以内であり、皇族認定こうぞくにんていを受け一家いっかを立てている。

 唐公が殺されれば皇族殺害こうぞくさつがいにあたる。

 つまり大逆罪たいぎゃくざいの適用が可能。

 

 そして、帝が議会へ下問かもんする形での大逆罪の適用は、その結果まで非常に迅速じんそく


 なるほど、さっさと処断しょだんし、決着けっちゃくをつけてしまえば、それ以上事件を詮議せんぎしない理由にもなる。

 桑国洋は、そこまで想像すごみを飛ばし、太師子黄の凄味すごみを覚えたのだった。

 

 太師子黄は、全てにおいて帝が第一。

 子黄から見て、唐公と恒星衛社こうせいえいしゃ膨張ぼうちょうは、帝と皇室こうしつに好ましくなく、いかに恒星衛社が大きくとも、まだいまなら皇帝の力で御しうる。


 つまり

「高くみ上がったものがくずれ、荒波あらなみが立っております。ここはあえて、その波に乗り、過分かぶんとなったものを取り除くべきです」


 これが、太師子黄の結論だった。


 強いリーダーシップを発揮していた唐大公とうたいこうが死んだいまの恒星衛社は、かなめを失い空中分解したような状態で、唐大公の死にも右往左往しているだけ、今のうちに大きくなりすぎた恒星衛社を解体に追い込むべきだと、太師子黄はいったのだ。

 

 いまの恒星衛社こうせいえいしゃは、議会と朝廷から次々と下される決定を、受け入れるしかない。

 決定に、難色なんしょくを示せば、問罪もんざいされる理由を更に与える悪循環あくじゅんかん。恒星衛社は、きゅうす。


 言葉を終えた太師子黄たいししこうが、一礼し静黙せいもくとなった。

 

 太師子黄の発言が終ると、話は終わった。

 いま、侍従じじゅうの一人が、妙高みょうこう羽黒はぐろの両艦長の復命ふくめいの日取りについての確認を帝におこなっている。

 

 桑国洋も辞去じきょし、治粟殿ちぞくでんへ唐公誅殺事件の処理へ向かったのだった。

 処理には、当然として政界への根回ねまわしも含まれる。

 唐大公の死に、帝と朝廷が動き出し、政府も動き出したのであった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 一連の朝廷ちょうていの動きからもわかるように

 ――唐公誅殺とうこうちゅうさつが、法的に認められなければ、天儀や自分たちの身が危うい。


 というセシリアの危惧きぐは、杞憂きゆうと終わった。

 

 帝と朝廷は、唐公の死を、あくまで誅殺という前提で動き出していた。

 

 後に『唐公路口事件とうこうろこうじけん』とされる唐公誅殺劇とうこうちゅうさつげきも、最初は

 

 ――『唐公誅殺事件とうこうちゅうさつじけん


 という見出しが、各メディアで踊ったこと思えば、世間の認識もおのずと知れる。

 

 人々も唐大公が死んだと聞いて、誅殺されたと真っ先に思ったのだ。

 世間は、唐公に驕傲きょうまんと恒星衛社の増長に、冷眼れいがんを向けていたのだった。

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