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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章二、唐公誅殺編
20/126

3-(9) 報道官セシリア

 いま、陸奥むつブリッジのでは妙高みょうこう羽黒はぐろとの通話は終了。

 両艦長の顔が中央モニターから消えていた。


 両艦との通信が終わると同時に、

「お二方とも、故郷こきょうにしきかざらんばかりの喜びようでしたわね」

 セシリアが天儀へそう言葉をかけた。

 

「彼らは保身ほしんに走って、汚名おめい功名こうみょうき違えたな」


 そうあからさまにいう天儀へ、セシリアは言葉で応じかね、とりあえず微笑びしょうで応じた。

 

 セシリアの考えでは、

 ――唐公誅殺とうこうちゅうさつは、義挙ぎきょにして正義。

 

 この大前提で、今後、動く必要があるし、欲張るなら10年、20年はこの方向でいってもらわねば困る。


 なんにいまの天儀のいいようは、誅殺の非を認めかねないものだ。

 

 唐公の死を知れば、世間は戸惑とまどうだろう。

 その戸惑った世論が、是非のどちらに傾くか、まだ慎重にならねばならない。


 セシリアが考えるに、唐公の死と、ここでの天儀の発言が、同時に世間へ伝播でんぱすれば、おそらくいいことはない。

 

 そう思うとセシリアは、微笑で終わるだけでは心配になり

「司令、壁に耳あり障子しょうじに目ありですわ。音にすれば必ずれます。お気をつけ下さい」

 と、やんわりと天儀へ釘を差した。


 気にし過ぎかもしれないが、声にするということはそういうことだ。と、セシリアは思う。

 

 ――司令、沈黙ちんもくは金ですわ。


 セシリアとしては、できればもう当分、天儀には唐公誅殺に関しては黙っていて欲しいぐらいの気持ちがある。

 

 セシリアが思うに、無表情で無口な氷華に変わり、天儀のスポークスパーソンとなるのは、恐らく自分だろう。

 氷華は天儀のすべてを取り仕切ると、意気込んで入るようだが、物事には向き不向きがある。


 天儀に心服し、極めて知性ちせいが高い氷華でも、そこまでの器量きりょうは望めない。

 

 そうセシリアが考えるに、さしずめ自分は、今後、

「天儀の報道官ほうどうかん

 のような仕事も担っていくことになる。


 何より、セシリア自身が思うに、天儀の近辺では自分が最もこの仕事に向いている。

 

 大手企業のスポークスパーソンや政府の報道官の映像をみて、

「私、だったらもっと上手くつたえますわ」

 これが十代前後のセシリアが思ったこと。


 幼い頃から社交界に出ていたセシリアには、好ましいイメージを増大し、悪いイメージの影響を最小限に抑える言葉遣いと挙止が自然と身についていた。


 表情や声のトーン、言い回しだけでなく、出す単語を単純に並べ替えるだけで、随分と印象は変わると、プロの報道官を目にしてすら思ったのがセシリアだった。


 そして、思ったことを実行に移すのが、セシリア。

 情報部へ移動後のセシリアは、軍の広報部が行っているスポークスパーソン・トレーニングにも参加してきていた。


 そして、説明するには、事情に精通せいつうしている必要がある。

 セシリアは、天儀の下で、第二戦隊の情報を統括する立場にある。つまり天儀の周囲の事情に精通している。

 

 セシリアが思うに、天儀の報道官という立場は、自分に相応しい仕事だ。


 いまは第二戦隊報道官かしら、とセシリアは思い。そしてゆくゆくは、

 ――大将軍府報道官だいしょうぐんふほうどうかんということになりますかしらね。

 と、セシリアは思い、内心くすりとした。

 

 全軍の長たる大将軍。

 その直下ちょっかにある大将軍府は軍の再編を強力に担う内向きの組織、そんなポストはないのだ。幼稚な連想だった。

 

 だが、先程の軍中枢ぐんちゅうすうへ送信した唐公誅殺の報告書も、情報室長の仕事というより、どちらかと言えば通信科の仕事であり、やったことはすでに報道官のようなものだった。

 すでに天儀の報道官のようなセシリアとしては、天儀には、今後の発言に十分注意してもらう必要があった。


 唐公誅殺にかぎらず、今後、天儀が下手に個人的な見解けんかいを述べれば、反感はんかんを買いかねない。

 物事に認識は千差万別せんさばんべつ

 認識とは、常識といいかえてもいい。常識は、人それぞれ、人々の認識の、なんとなく、という中間点を取って常識とするのだ。

 

 つまり、一個人の常識とは、偏見でもあるといっても過言ではない。

 常識とは、多数で共有されていてこそ常識、だが明確な基準はなく、厄介やっかいなことに常識に一つではない。


 天儀が、こう思う、と主張しても、周囲が疑義すれば、天儀の声は通らずイメージは低下する。


 そして人によって常識が違うと前提すれば、つまり全員の常識の範疇はんちゅうにおさまるのは極めて難しい、ということも意味する。

 これを言い換えれば、すべてを説得することは至難しなんということだ。

 

 セシリアが報道官として、説得する先が、

「大衆なのか、メディアなのか、政府高官なのか、軍人たちへなのか、官僚たちなのか、惑星一つへ向けてなのか」

 

 セシリアが見極め、公開する情報を操作し、アプローチに手を加えることで、最も良いイメージに着地させる。

 

 心をつかまなければならな相手を見据え、見据えた相手の常識を基準に、他の人々の常識にすり合わせを行う。


 さらに、

 ――天儀司令は、今後、大将軍として軍を統括しますわ。

 と、セシリアは確証に近い形で想像している。


 大将軍の権能は、戦場にある帝に等しいといわれるほど巨大。

 巨大なだけに独裁者どくさいしゃとうつれば、軍から天儀一人が切り捨てられる。

 天儀個人が誤解されないように、軍内外へセシリアが報道官として天儀のイメージを操作することは重要だった。


 それが

「星間戦争を再開し、戦争を終わらす」

 という目的を果たすには重要だった。


 セシリアは、天儀がいなければ何も始まらないし、戦争に勝つことないとすら考えている。

 すでに自称して天儀の報道官の気持ちすらあるセシリアからすれば、天儀の軍内及び世間からの見られ方、天儀のイメージを保つのは非常に重要な案件だった。

 

 大将軍という立場は、軍の頂点ではあるが、これを逆さにすればどうか

 ――尻尾しっぽですわ。

 そうセシリアは思う。

 そして尻尾は、切りやすい。

 

 上下戻してもみても、尻尾しっぽとなった頭を見た後では、大将軍という軍の頂点は軍の顔であり頭脳ではなく、えの効く首でしかない、ということを否が応でも認識せざるを得ない。

 

 戦場でみかどに等しい大権たいけんを持つ大将軍には、貶降へんこうがある。そこを履き違えると、巨大な権力の重みに潰されることとなる。

 

 セシリアは、

「天儀を、大将軍の重みでつぶさせない」

 という気概きがいすら持っていたのだった。

 

 そんなセシリアの細やかで遠望された気遣いを他所に、天儀が、

「皇族殺しの錦衣きんいなど、着るものではない。ジャコバンの類族になってたまるか」

 そう言葉を放っていた。


 あまりにあけすけもなくいう天儀。

 

 驚きもあり、セシリアの心の余裕は、一瞬にして払い飛ばされ

「司令、ですから」

 と、発言するも、それ以上たしなめの言葉が続かないセシリア。


 さすがのセシリアも表情にこそ出さないが、内心顔面が苛立いらだちで引きつる思いに駆られていた。

 

 自分は、たったいま天儀へ唐公誅殺にかんする所見を述べるのは差し控えましょうと、提言したばかりなのだ。それを天儀は、あっさり踏み越えてしまっていた。この先が思いやられる上に、気遣いが台無しだった。


 ところで、常識とは、認識でもある。

 唐公誅殺のという一事についてのセシリアと天儀の認識も当然違った。

 これが天儀のセシリアの思いを無下にする発言と、セシリアの苛立ちの原因だった。


 天儀は、唐公の撃殺げきさつが、歴史的にどんな意味を持つか重視して発言したのだ。

 唐公誅殺という大挙は、叡旨えいしにそう大功。その功績は燦然さんぜんとして、西陣にしじんのようなあでやかな刺繍ししゅうをまとっているが、その艶やかさに大きな危険があると天儀は見た。

 

 そんな思いを、セシリアと氷華へいったのだ。

 ようは、唐公を討ち果たしたと大きな顔をすれば、極めて危険だということを2人へつたえた。


 天儀もセシリアも気にするところは、ようは世間体。

 

 ――唐公誅殺とうこうちゅうさつは裏を返せば、単なる皇族殺しで汚名が大きい

 と注意する天儀に対して、セシリアは、

 

 ――今の段階では、誅殺についての個人的言葉は差し控えてくださいまし

 と、苛立っているのだ。


 そう物事は、多面的である。

 

 セシリアからすれば、唐公誅殺が、本質的には単なる皇族殺しという面が否めないなどという事実は、うやむやにしてしまいたい。

 つまりセシリアの論は、危機管理という点において、天儀の一歩先をいっている。


 危機管理に重点を置くセシリアは、天儀の発言の意図を理解しかね

 ――何故、天儀司令は、唐公誅殺の危険性をわざわざ繰り返したんでしょうか。わかりませんわ。

 と、困惑に襲われていた。


 いま、天儀の前にいるのは、セシリアと氷華の2人だけ

 セシリアからして、天儀が自分と氷華に対し、心を腹中に置いてくれるほど信頼していてくれるのはわかる。

 わかるが、唐公誅殺にかんする個人的な会見を、声にして出すのはひかえるべきだった。


 そう、この場には、認識の違いをぶつけ合う天儀とセシリアの2人だけでなく、千宮氷華という3人目がいた。


 決め台詞を吐くような天儀と、心を激しくするセシリアの2人を、ジト目で観察かんさつしていた氷華が

「そうでしょうか。妙高・羽黒の艦長2人が皇族殺しなら、我々も同じでは」

 と、口をはさんでいた。


 唐公の誅殺は、反逆した唐公を天儀の命令下で、第二戦隊の三隻で討ったということになるはずだ。


 すでにセシリアが、軍へ送った報告書を見れば一目瞭然だろう。

 妙高、羽黒の艦長だけに罪があるというのは難しい。


 氷華は、

 ――セシリーは、自分で報告したことを忘れたのかしら

 と、すら思って、不思議そうにジト目をセシリアへ向けた。


 瞬間、セシリアのこめかみに、苛立ちと疲れが走る。

 天儀も天儀なら、氷華も氷華だ。

 氷華にも人からどう思われるかの恐ろしさという面での危機管理というものが欠如している。


 セシリアが、氷華のそでつかみ引き寄せ、

「嘘でもなんでも、皇族殺しではないと、なんとなくでいいので、思われるのが大切なのですわ」

 と、鋭く耳打ちした。


 加えてセシリアは、よろくして、という言葉に威圧感をのせて氷華を黙らせた。


『余計なことをおっしゃらないように、いいですわね』

 というサモトラケのニケからの無言の圧力。


 ――ああ、女神様がお怒りね

 と、氷華は思い、手っ取り早く恭順きょうじゅんの態度をしめすために、いきよいよく何度かうなづいた。


 氷華とセシリアは、20センチ以上の身長差、袖を引かれ驚いたところでの、ご令嬢の思わぬ圧力に、氷華はあっさり屈していた。


 氷華を黙らせたセシリア。

 ――天儀司令より、もっと認識が下の方がいらしたのね

 そう思い、憮然ぶぜんとする。


 氷華が、この調子では、他の乗員たち似たり寄ったりだろう。

 討ち取ったと単純に喜んでくれていれば可愛いものだ。


 そして、いまのセシリアは、機密保持きみつほじに関する服務規程ふくむきていの重要性を改めて認識した思いだ。

 

 機密保持に関する約定がなければ、乗員たちその思いが、今頃オープンなネットワーク上に溢れているだろう。

 そこまで考えると、セシリアはぞっとした。


 ――人の口に戸は立てられませんわ、遅かれ早かれ、でしょうけれど。

 と、思った端からセシリアは、

 

「皇族殺しの錦衣(きんい)など、着るものではない」

 この天儀の発言の意図を理解した。


 そう人の口に戸は立てられない。今は作戦中にあるとはいえ、時がたてば徐々に乗員たちから唐公誅殺の状況が漏れるだろう。

 この時とは、今日明後日だけではない、何十年後もだ。

 

 天儀は情報の漏洩ろうえいが避けられないなら、陸奥内で唐公誅殺の意味を、それとなく認識させることで、乗員たちにみだりに誇らせないように気を配っていたのだ。

 その最初の対象がセシリアと氷華。

 

 こうやってそれとなく、口づてで唐公誅殺の危険な意味を浸透させ各員かくいんに自重させる。


 セシリアが、危機管理という面で必死だったのに対し、乗員たちが皇族殺しの汚名を受けないために、気を使ったのが天儀だった。

 

「なるほど、ご発言にやきもきしてしまいましたが、天儀司令には、お考えがあってのことなんですのね」

 天儀が、少し笑ってうなづき


「そして責任は、私にある。つつしんで昧死まいししてたてまつろう」


 天儀は唐公誅殺の責任が、自分にあると宣言していた。

 

 ――あら、帝の近臣らしいお言葉ですこと

 と、思うセシリア。


昧死まいし

 とは、(わたくし)蒙昧もうまい死罪しざいおかす、という言葉を二字にしたもの。

 

 上奏文じょうそうぶんでは、畏敬いけいをあらわす常套句じょうとうく

 

 天子という至尊しそんの相手に、言葉をつたえるなどそれだけで恐れ多いということだ。上奏文の内容が、諫言かんげんにしろ、美辞麗句びじれいくにしろ、多くの場合この言葉を文中に入れるなり、最後にこの言葉でしめ、恐れとうやまいをしめす。

 

 セシリアから見て、天儀の興味と性向せいこうは、戦いに偏向しているが、思いの外、故事こじに明るい面もある。

 これが帝に気に入られている理由なのだろうか、とセシリアは思い天儀を見つつ一応苦言も呈す。

 

「それは、ご冗談でも他の方々におっしゃらないようにお願いしますわね」


 昧死まいしなどといっては、まるで誅殺が間違ったように勘違いされかねない。

 

 セシリアが、釘を刺すと、氷華が

「司令の思いは立派だと思います。ですが、責任がご自身だけにおありと、思いつめるのもよくありませんよ。みんなでやったんですから」

 そういって、天儀へ気遣いを見せていた。


 横でこれを聞かされたセシリアは、やはり氷華の危機管理のセンスは低いと、心のなかで厳しい査定を下した。それに天儀を励ましたいのはわかるが、氷華のチョイスした語彙が幼稚なのも、セシリアに厳しい査定をさせる要素だった。

 

「だが、私は、もし同じ場面、同じ状況におちいれば、必ずまたやつをちゅうする。必ずだ」

 

 氷華の気遣いにも、頑なな天儀へ

おちいれば、ですか」

 そういって、セシリアが嘆息した。


 陥ったとは、天儀はやはり唐公誅殺をかなり下げて評価している。そして、同じことをするとは、やはり唐公誅殺の責任を認めた言葉だ。


 セシリアが覚悟を決めていた。

 

 失礼ですけれど、天儀司令は、軍外を含めたとしても陸奥ブリッジに最初に集めた30名以外の人材をお持ちにならないでしょう。

 

 それなら、とセシリアは思い

「私、司令の報道官を志願しがんさせて頂きますわ。司令は、危なっかしくて見てられません。今後は、くれぐれも外へ向けての発信は、私を通してからでお願いしますわね」

 言葉にし、志願していた。

 

 いま、天儀の目に映るセシリアは、存在が崛起くっきし、すごみがあった。

 天儀は、頼む。と、一礼とともにセシリアの申し出を受けたのだった。


 セシリアは、天儀の真摯な態度に、何故か気恥ずかしさを覚え

「ま、最初からそのつもりでしたけれど、他に適任がいればとうかがっていただけですわ」

 そういって髪の毛をかきあげ、顔を背ける素振りを見せ、そのまま情報室へ立ち去った。


 セシリアが思うに、今の第二戦隊で、天儀へ忠誠心ちゅうせいしんが厚く、天儀まわりの情報を握っているのは、自分と氷華。


 氷華の危機管理意識ききかんりいしきが低いのであれば、セシリアが買って出るしかない。


 それに得意なのだ。スポークスパーソンの専門知識を得るために軍内で開かれる勉強会にまで参加していたぐらいだ。

 セシリアは、いつかこんな時がくるきもしていた。そう亡くなった大将軍衛世だいしょうぐんえいせいから、圏内軍けんないぐんから星系軍の情報部にうつされた時から。

 

 ただの情報部将校では、戦争への積極的な参加はしがたい。極めて優秀でもだ。

 大将軍に就任する人間によっては、情報管理に、情報科ではなく電子戦科の人材で幕僚ポストを固める可能性すらあった。


 ――大将軍の報道官。

 これが、セシリアが星間戦争に積極的に関わるということを現実的に想像した折の形の一つだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 セシリアが立ち去るのとしばらくして、妙高みょうこうから陸奥むつへ連絡が入った。

 妙高と羽黒はぐろの二艦は、降伏艦艇11隻を引き連れ、第一星系の天京てんけいへ戻る。

 陸奥は、このまま予定通り、第二星系の本拠地、ドック海明を目指す。


 ――あくまで巡航任務じゅんこうにんむ完遂かんすいする。

 というのが天儀の考えだった。


 陸奥と、妙高以下の12隻が、それぞれの目的地へ向け、ほぼ同時に動き出していた。

 

 いま、天儀の目の前にするコンソールの画面の端には、陸奥とは反対方向に進む妙高と羽黒の映像が流れている。

 

 天儀は、それをながめながら、唐公誅殺の報告をたずさえ、真っ直ぐ天京てんけいへ戻ればどうなるか、ということに思いを馳せた。


 つまり、このまま、帰還すればどうか

 ――褒詞ほうしをさずけられるであろう。

 

 誰がどう見てもそうだ。帝と利害を異にし、国内の権威・権力を蚕食さんしょくし、独自の政権を目論む唐大公。その先に玉座ぎょくざを見据えて蠢動しゅんどうしていた。


 皇帝と唐大公は、対立は知らぬものがいない。

 そんな唐大公が消えたのだ。帝はお喜びになるだろうと誰もが思う。


 

 ――だが、果たしてそうか。

 唐公は貴人で、その家は大族。そして皇帝の親族、皇族である。

 

 反逆罪はんぎゃくざいを適用し、即断での処断は問題も大きい。

 唐公の誅殺の名誉めいよの裏には、大きな汚名と巨大な危険がある。と、天儀は見た。


 天儀は、

「唐公誅殺」

 などという甘美かんびな名誉に目をくらまさず

 

「皇族殺し」

 という汚名おめいを重く見て、回避した。


 天儀は犀利さいりを発揮し、両艦の艦長にベッタリと汚物おぶつの付いた下着をもたせ送り出したのだ。天儀は狡猾こうかつだったといえよう。


 妙高、羽黒が率いる降伏艦艇11隻は、皇族殺しという汚穢おわいまみれている。

 その異臭いしゅうに気づかずに、両艦の艦長たちは、意気揚々と帰路についたのだった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 加えて、両艦長たちからすれば、第二星系の惑星海明(かいめい)唐公家とうこうけの本拠地であり、恒星衛社こうせいえいしゃの本社が存在するいわば唐公の庭。

 

 唐公を誅殺した自分たちが、このまま第二星系内をうろつけば、唐公に心を寄せる私兵しへいに襲われかねない。

 

 本国への復命ふくめいとなれば、そんな場所から直ちに立ち去れる。

 そのような面からも、この復命は妙高・羽黒の艦長2人が何よりも望むことであった。

次章は少し硬い話が続きますが、お付き合いいただければ幸いです。

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