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恋する氷華の星間戦争  作者: 遊観吟詠
破章二、唐公誅殺編
11/126

3-(1) 拝命第二戦隊

 完成された陸奥むつブリッジ。

 ブリッジは中央には天儀てんぎの座する指揮座しきざ、ブリッジの壁をぐるりと一周する形で操船そうせん関連の座席。

 指揮座後方には、電子戦指揮所でんしせんしきじょと情報室。

 

 そんな完成された一体式ブリッジで

拝命はいめいを受けた」

 天儀がブリッジに集まった30名を前に、そう宣言していた。

 宣言する天儀は敬礼している。

 

 朝時間8時から開始された機関の起動と、電源切替作業でんげんきりかえも無事に終わり、昼食を挟んでの集合。

 陸奥乗員が、次々と艦内へ乗り込んでくるなか、最初の30名だけがブリッジへ集められていた。


 天儀は、そんな30名へ向けて言葉を継ぐ

「10日後、第二戦隊は第二星系へ向け出航し海明星かいめいせい宙域のドッグ海明を利用後、第一星系の天京てんけい宙域の軍用ドック採光さいこうへ帰還する」


 最後に天儀は、以上、と大きくいって通達されてきた命令を30名へとつたえ終えていた。

 30名が一斉に敬礼するのと入れ違いで、天儀が敬礼していた腕をさげ直立した。

 

 拝命した内容を口にする最中の敬礼したままだった天儀。

 通常の任務なら、手を腰の後ろにでも組みつつ内容をつたえるだけでいい。

 司令官の敬礼を伴った任務内容の通達。

 

 つまりこれの意味するところは、

勅命任務ちょくめいにんむ

 ということである。


 グランダ軍は、帝が軍の編成を議会へ命じ、議会が議決して、軍へ軍隊組織を命じる形となっているので、究極的には総ての軍事行動が帝のもとから出されている、という形となるが、当然一々すべての任務や作戦に帝は著名しない。

 

 そんなかで勅命任務とは、帝の署名が伴った特別な任務。

 御召艦おめしかんへの座乗ざじょう観艦式かんかんしきや、儀礼的な式典、帝の権威を必要とする特別な任務という形となるときに、勅命任務というかたちが発動する。

 

 なお勅命を帯びた部隊に不測な事態に落ちては困る。

 勅命任務は、安全で短期間で終わる任務がもっぱらだった。

 

 天儀の第二戦隊は、第一艦隊に所属するので、この勅命任務が下されても不思議はない。

 だが、ただ行って帰ってくるだけの任務に、勅命任務は大げさだった。

 これが先ずブリッジへ緊張を呼んでいた。


 そうブリッジは、天儀の言葉が終わらぬうちに、

 ――本当にきたか

 という緊張に包まれていた。


 集められた面々からすれば、わかってはいたし、期待すらしていたが、実際命令が下れば重圧も大きい。


 毅然きぜんたる天儀を前に、氷華はいつもの無表情のジト目。

 セシリアは口元に笑みをたたえているが、緊張気味だ。


 氷華は、セシリアの緊張を見て、

 ――セシリーも、この任務の内容を正確に把握しているわけではないのね

 と、分析した。


 仮に任務の意図と内容を知っているならセシリアは、もっと涼しげにしているはずだ。と、氷華は思う。


 ブリッジ内の緊張には、他にも理由があった。

 

 いま天儀からでたつげられた任務は、表面的に見れば、単なる改修工事後の試運転しうんてんも兼ねた航行訓練の任務。

 これが勅命任務になっただけ、実はこれだけ見ればさしたるものでもない。


 だが今回の場合、場所が場所だった。


 陸奥率いる第二戦隊の目的地は

「海明星宙域にあるドッグ海明」。

 これは単に行って戻ってくるのとは違う。

 

 第二星系の海明星といえば民間軍事会社を経営する唐大公とうたいこう関連の企業の多い場所で、いわば唐公家の本拠地と言っていい。

 正規軍関係者があまり近寄りたがらない場所だ。

 何故なら、グランダ軍はこの唐大公の民間軍事会社と極めて関係が悪い。

 

 このブリッジ内の緊張を代表するかのように、セシリアが手を上げ質問した。

 

「海明星の周辺は、恒星衛社こうせいえいしゃ管轄かんかつするエリアが多いですわ。その調整はお済みなんでしょうか」

「ない。正規軍が何をはばかるのか。やるべき事をやり、利用すべき場所を利用するだけだ」


 これで一同が察した。

 ――今回の任務は、唐公を挑発するのが目的である。


 息を呑む一同へむけて天儀がさらに継ぐ


三七航路さんななこうろを所定の時間で通過する。過不足なくだ」


 天儀のこの言及に、そこで何かするのだなと、誰もが理解した。


 ――三七航路

 おそらくここを恒星衛社の艦隊なり船団なりが通るのだろう。

 第二戦隊は、それを挑発する。


 血のめぐりのいいものばかりだ。その先で、どうなるかも想像できた。最悪の事態となれば電子戦は必至である。


 これまで曖昧あいまいだった自分たちが集められた理由も理解した。

 集められた者たちは、近衛隊の名を冠する第一軍艦隊、その第二戦隊司令天儀には

『唐公挑発し、唐公および恒星衛社に問題を起こさせる』

 という内命が下っていると推量すいりょうした。

 

 唐公とうこうが代表を務める恒星衛社こうせいえいしゃは、帝室、グランダ政府と議会、そして正規軍であるグランダ軍、どれをも圧迫している。

 

 最近の恒星衛社の伸長しんちょうに伴い軍と、この民間軍事会社は、施設利用の優先権や仕事の取り合いもなども発生し、今の軍と恒星衛社とは感情的な対立関係にまで発展していた。

 ――恒星衛社と事を構える

 という事実に、張り詰めた空気となるブリッジ。


 天儀は、このブリッジ内に広がる緊張感を、平然と受けて

「ここで同時に実戦訓練も行う。備えあれば憂いなしと言うしな。仮想敵は、恒星衛社の艦隊の電子防御壁だ。これにアプローチする電子戦作戦を今からわれらで検討する」

 と、宣言した。


 瞬間、ブリッジ内に、天儀を中心に強風が吹いていた。


 ――自国の民間軍事会社を、仮想して敵。

 

 異常と言えるが、これにむしろブリッジ内の士気は上がり、まるで風に煽られ燃え上がる炎のような熱気となった。


 恒星衛社と、その長である唐公の横暴は、グランダ国内で知らぬ軍人はいない。

 災害対策と治安維持に配置されている圏内軍けんないぐんなどは特に、仕事の取り合いとなり常にやり込められている。


 軍歴が長くなれば長くなるほど、恒星衛社をよく思わなくなる。

 これが普通である。ただし恒星衛社と癒着した軍人を除けばだが。

 加えて、政界との癒着も好感を抱かれない理由の一つだ。

 

 恒星衛社への反感から一気に熱した場の空気に、氷華が困惑した。

 セシリアも冷静に、燃え上がるブリッジ内を見つめている。

 

 ――確かに公子軍へ対する軍内の感情は、仮想敵に近いものがありますが。

 と、思う氷華がブリッジ内を冷静に見渡した。

 

 ブリッジ内の面々は、規律が乱れない程度にではあるが、熱く燃え上がっている。

 氷華は、皆、静かに熱気に浮かされているなという感想を持った。

 

 これに駄目だな、と思った氷華は、セシリアを見た。

 彼女ならこの熱を冷まし、ブリッジ内へ平静さを取り戻せるかもしれない。という思いで、氷華はセシリアへ目を向けたのだったが

「プリンス・オブ・エシュロンと、戦闘とは」

 そうセシリアがひとりごち、平静と見えた表情に攻撃的な色が浮かんでいた。


 冷静に見えたセシリアからもれでる先鋭さ。

 

 これに氷華は

 ――兵士の顔ね。

 と、不味さを覚えた。


 この中で、天儀を言葉に助言を挟み、場の空気を落ち着かせる力を持っているものは、立場的にも能力的にも自分かセシリアだろう。

 

 だが、友軍と叩くと平然という天儀に、明らかにセシリアは乗り気だ。


公子軍こうしぐん』と、『プリンス・オブ・エシュロン』。

 民間軍事会社である恒星衛社の初代代表は、三代前の皇帝の弟で公子(こう)

 そして民間軍事会社とは、ようは傭兵部隊だが、世間ではこの恒星衛社の部隊を、他の民間軍事会社の部隊より一段上に置く形で、

「公子軍」

 と呼んでいた。


 そして

 ――プリンス・オブ・エシュロン。

 これが恒星衛社の部隊の公称だった。

 マサナリーという傭兵という言葉は粗野さがある。

 エシュロンと呼んで、優美さを出し、正規軍ではないが、傭兵でもないという思いのあらわれでもあった。

 

 これを天儀からいわせれば

「フォーセス、つまり軍隊と、いいたくてしかたないが我慢して濁していっているだけ」

 ということであり

「いまの唐公の野心が、見え隠れしている」

 というものだった。


 軍隊を持ちたいが、当然一民間企業が正規の星系軍並の戦力など法律上許されない。


「唐公はグランダ国内にある自治国家や小国家を自負し、不遜ふそんである」


 これが、天儀の唐公と恒星衛社への態度であり、

「野心を持ち私兵しへいを養う唐公は、玉座をうかがいを称してるようなものだ。口ではなく、行動でおのれの尊大そんだい誇示こじしている。これは存在自体が不敬なようなもの。不敬を放置すれば必ず災いとなる。除いて何の不都合があろうか」

 そうブリッジの30名へ向けて、敢然かんぜんと放っていた。


 とは、孤子こじを指すが、皇帝や王がおのれをへりくだっていう場合に用いられる言葉である。

 

 つまり、唐公は皇帝の地位を狙って、すでに自分が皇帝のように振る舞っていると、天儀は唐公を痛烈に批判したのだ。


 だが天儀は言葉を敢然と放ったが、放つ声に感情という色を込めなかったため、30名には、唐公無礼程度の言葉に受け取られていた。

 加えて、古語こごを織り交ぜた天儀のもったいぶったいい口は、かえって30名に言葉の内容の重さを思わせなかった。

 

 30名は、

「調子に乗っている唐公へ少しお灸をすえてやる」

 程度の言葉と受け取っていた。


 ただ、30名にも、お灸をすえてやる程度でも軍事力を伴って行えばそれ相応であるという自覚はある。


 ブリッジ内は、唐公を倒せ、などという過激な感情でなく

「唐公と公子軍へ一泡吹かせてやる」

 という一段落ちついた感情が静かに広がっていた。


 ――電子戦で、一杯食わす。面白そうだ。

 そんな感情が、ブリッジ内にはある。


 この空気に、氷華は

 ――本気なのだろうか。

 という少し引いた視点でブリッジ内の面々を眺めていた。


 天儀は恒星衛社の電子防壁へアプローチ作戦を立てるといったのだ。


 当然、その電子戦による作戦を具体化するのは、戦隊の電子戦責任である氷華の仕事。

 そして命令を下すのは、天儀かも知れないが、引き金を引くのは氷華。


「皆さん公子軍を叩けると、喜んでいますけど、電子戦も戦闘の内なのですが。これは同士討ちですよ。つまり公子軍と、正規軍の戦争ですが、大丈夫なんですか」

 そんな思いで、氷華が一人、無表情のジト目で冷静、黙然としていた。


 合わせて

 ――電子戦を軽く考え過ぎではないのか。

 というのが氷華の疑念。


 確かに電子戦は、目に見えない。

 専門外人間からすれば、いつ戦っているのかわからず、いつの間にか終わっているというのが電子戦という側面は否めない。


 だが、電子戦を仕掛ければ、明確な敵対行為てきたいこういであり、軍事行動だった。

 仮に、三七路で第二戦隊も公子軍のどちらも譲らずに、電子戦となった場合、陸奥の主砲41センチ三連装重力砲で射撃したのと差はない。

 氷華の困惑は、これだった。


 氷華が不安から黙然もくぜんとするなか、情報部室長であるセシリアが動いていた。


 セシリアは、自身の少し大きめな情報部専用の携帯端末を取り出し、ブリッジ中央の巨大モニターを操作。

 第二戦隊の作戦日程と、陸奥の随伴艦の情報を表示していた。


 ブリッジ内の視線が、モニターへ集まる。

 そんななか天儀だけが、モニターへ背を向けたまま乗員たちを眺めている。


「三七路を定刻通り通過と仰られますが、事前に頂いた航行予定の日程を見ますに、同日同時間の三七路で恒星衛社の艦隊も通過予定ですわ。鉢合わせが、想定されますが」


 このセシリアの言葉に、

 ――やはりか

 という空気でブリッジ内が満ちた。


 この「やはりか」は、やはり何かあったかということで、乗員たちからして、ただドック海明へ行って帰ってくるだけとは思えなかったからだ。

 天儀の狙いは、この三七路を通過する恒星衛社の艦隊。これを挑発する。誰もがそう気づいた。


 セシリアは、続いて三七路を通過するであろう公子軍の艦隊情報をモニターへと表示した。


『恒星衛社艦隊:戦艦1隻、巡洋艦2隻、駆逐艦8隻。合計11隻』

 

 大した数ではなかった。

 が、第二戦隊で作戦に参加する艦艇は、戦艦陸奥1隻に妙高みょうこう羽黒はぐろの巡洋艦2隻の3隻のみ。明らかに戦力が劣っている。

 

 ――11隻対3隻。

 この情報を見た30名の思いは様々だが、


「ま、倒せないこともない」

 これがブリッジ内の感想だった。


 やはり集められた30名は、優秀だった。

 30名、それぞれの頭のなかで、想像されうる状況が思い浮かべられ、11対3の戦闘が開始されていた。

 

 お互い進路上に捉えた時点で、

「進路を譲れ、譲らないの押し問答が開始され」

 そして、戦端が開かれる。

 

 電子戦からの人形戦闘機である二足機にそくきの展開。砲戦。などが予想されるが、とりあえず艦隊同士の交戦を想定すると、戦闘となれば公子軍は、平面輪形陣か単縦陣で来るだろう。

 法律上の制約もあり、公子軍はこれしか訓練していないのだ。凡庸な展開が想像できる。


 合わせて、面々が、表示された情報を見るに、公子軍の艦艇は、四世代前の旧式だった。

 艦隊は旧式艦の寄せ集めで、旗艦以外の10隻すべてが、機動力がなく、運動性能も低い。

 

 旗艦も含め軍からの払い下げ、旗艦の戦艦は足回りの近代化改修を受けているが、それ以外の10隻は近代化改修も受けていないどころか下請け任務に必要最低限の装備以外は取り外し、廃艦はいつなんだというような旧式ばかり。

 

 対して、3隻とはいえ陸奥と巡洋艦2隻には、一級品の武装と機動力がある。


 30名が、これらの材料から思い浮かぶことは様々だ。


「側面へ回り込み、砲撃。離脱、再度肉薄し、砲撃。これで公子軍は、壊滅だな」

 と思うものがいれば

 

「私なら、一旦引き離し、追撃してくれば分離した先行艦艇に重力砲を浴びせかけ、成果が上がればさらに反撃を加えるわね」

 こう思うものもおり


「というより、公子軍が艦隊陣形が崩れるような追撃をしかければ、おそらく唐公が座乗するであろう戦艦が先頭、十分も追わせれば戦艦が孤立するな。先走った戦艦を叩いて終わりかもしれない」


 案外、あっけなく戦闘は終了し、面白くもないと思うものすらいた。

 

 氷華などは、同士討ちは不味いのでは、皆さん冷静になるべき、などと考えていたのに

「やはり艦隊情報から見える恒星衛社の電子戦能力は、ロートルそのもの。艦艇が古いからといって、電子兵装と運用まで古くてどうするのでしょうか。私の想像通りなら11隻同時にコントールを乗っ取り、同士討ちさせることも簡単ですねこれは。となると、こちらは主砲を発射せずに、敵艦を殲滅できますが。なるほど、私は経費がかからなくていい戦闘だったと、褒められるかもしれませんね」

 と、楽勝ですね、とすら思った。


 公子軍との戦闘を想像した30名。面々の頭のなかで、3隻が勝利。

 自分たちが勝つという結論が出されていた。


 想像を膨らまし静まり返るブリッジ。

 

 その中でいち早く現実へと戻ったセシリアが

「加えて、公子軍の旗艦たる戦艦には、唐公が座乗しておられますわ。その対応は、どうされます」

 と、司令天儀へと問いかけていた。


 司令天儀と、ブリッジ内に集まる面々やりとりを上手く仲介し、司会進行役のようなセシリア。

 秘書が司会進行を務めるかは別として、いまのセシリアは、まさに司令秘書いったふうだ。


 氷華は、そんなセシリアをジト目で観察しつつ、徐々に業務を引き継げばいいですね、などと考えていた。

 むしろ氷華からみても、セシリアのそつのなさは、目を見張る物がある。


 ――ここは、譲って。セシリーをお手本に、私の秘書官のあり方を模索しましょう。

 とすら氷華は思い。

 セシリアへジト目を向けていた。


「我らは正規軍で、彼らは民間軍事会社にすぎない。当然譲っていただけるだろう。唐公は皇族で、礼儀にうるさい。礼儀にうるさいからには、近衛艦隊に属す第二戦隊旗艦と、随伴艦艇を尊重してくださるだろう」


 氷華が、セシリアを観察の目を向けるなか、天儀が、セシリアの問に応じていた。


 言葉を口にする天儀は、ブリッジ内の熱を冷まし空気を和らげるかのように、爽やかさすらただよわせている。

 

尊貴そんきな方は、法を遵守するという意味の大きさもご存知だ。唐公と恒星衛社の威勢は、法を根拠とする。唐公が法を蔑ろにしようか」


 天儀のこの言葉に、

 ――なるほど。

 という空気がブリッジ内に満ちる。

 

 恒星衛社が民間軍事会社として活動できるのは、国から法的に許可されたが故だ。

 いわば今の唐公と恒星衛社の繁栄は、法律を起承としている。

 

 公子恒の流れをくむ唐公家の皇族指定は、法を根拠とするし、そもそも長年、恒星衛社は法を根拠に圏内軍や宙域警備任務を軍から横取りしているのだ。

 法を盾に繁栄する唐公と恒星衛社は、それだけに法を破り難い。という考え方もできる。

 

「司令は、電子戦の準備とはいいつつも、公子軍は進路を譲るとお考えなのですね」

 そう一人が手を上げてから発言すると、続けて横のものが


「唐公が座乗する恒星衛社の艦隊に、進路を譲らせたとなれば、司令名は軍内でも浮上するでしょう」

 という見通しを思わず口にしていた。


 なるほど、天儀司令は、あえて公子軍と進路をぶつけ譲らせる。

 これで軍内での天儀は、一目置かれるようになる。


 正規軍からの民間軍事会社へのマウンティング。

 動物社会における順序確認の行為を艦隊でおこなうのだ。


 法の上に成り立つ民間軍事会社、公子軍は、正規軍の下に組み敷かれざるをえない。最もわかりやすい力関係の誇示の仕方。軍内外へ向けても、わかりやすいデモンストレーションである。


 だが、二人の発言に天儀は、少し笑っただけだった。

 

 二人の言葉への肯定ともとれる天儀の笑み。

 これにブリッジ内のほとんどのものは、出た意見への単なる応じで、特に意味のない反応と思い重視しなかった。

 

 だが、氷華は違った。

 氷華の天儀の笑みへの印象は

「不敵」。


 これから氷華が、推察できることは

 ――まさか司令は、公子軍が路を譲らないと思っているのでは。

 ということで、氷華は驚きを伴ってこの結論を胸にいだいていた。

 

 唐公が路を譲らない場合はどうなるのか。

 氷華から見て、天儀のあの様子では引くようには見えない。

 そして天儀は、電子戦を準備するといっている。


「電子戦で、公子軍を壊滅させる」

 これがこの任務での天儀の意図。


 電子戦の段階で勝負が決すれば、血が伴わないことが、ほとんどとはいえ、電子戦も戦争行為の内。

 

 ――やはり単なる試運転も兼ねた航行任務ではすまない。

 氷華は、この想像に、むしろ面白さを感じ、やりがいすら思った。


『天儀のためならやってもいい。いや、やりたい』

 

 氷華にとっては、ただそれだけだった。

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