3-(2) 秘計
深刻な問題にはならず、公子軍側は譲るだろうという見通しを口にした天儀。
これでかえって
「譲られない場合はどうされるのでしょうか」
という意見がブリッジから上がった。
この質問は、氷華のように、公子軍との敵対という事態において、より現実的に想像を進めた上ででたものではない。
ごく当たり前の疑問で、同じ場所で鉢合わせた場合、相手が譲らなかった場合も想定しておく必要がある。
絶対に公子軍が、進路を譲るという想像は、ブリッチ内の誰から見ても甘い。
そう、天儀に焚き付けられ、やる気の面々だが、やはり同士討ちは不味いのではないのかという不安がある。
面々は、天儀に、公子軍は道を譲るだろうという見通しを口にされ、かえって公子軍と戦闘なった場合の深刻さを思ったのだ。
相手が譲らない場合、
――本当に実力で排除するのか。
こんな思いがブリッジへ漂っていた。
それにやはり戦力も問題だった。
第二戦隊の戦力は3隻。対して、11隻、公子軍は、数だけ見れば約四倍の艦艇を率いている。
第二戦隊対、公子軍を想像して、第二戦隊の勝利を想像した30名だったが、艦艇数の違いという事実は受け止めねばならない。
30名は優秀なだけに、3隻でも勝てると、食ってかかれば痛い目を見るな、という一歩引いた視点も持ち合わせている。
30名のそんな想像で重くなるブリッジの空気。
これに天儀が、努めて明るく
「故に、今から電子戦作戦を準備する。我々で検討し、作戦を練る。やるぞ」
と、いった。
言葉とともに天儀が、口元に見せた笑み、この笑みに30名が惹かれていた。
堂々と、いうより、当然としている天儀。
天儀の体貌から気迫でも威圧感でもない、それとはむしろ真逆の
――やれるさ
という爽やかな掛け声のようなものが、ブリッジの一人一人の間を微風となって吹いた。
これに対する三十名の思いは様々だが、
――この人についていこう
と、服従を呼んでいたのは確かだった。
友軍と敵対し、戦闘行為に及ぶ。異常といっていい。
だが、時として異常は服従を呼ぶ。
あまりに爽やかにしめされた異常性に、30人があてられていた。
作戦会議が開始されたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
開始された作戦作成作業。
司令天儀は、我々で検討するといったが、実質は天儀が考えたおおよそのプランを電子戦で再現可能かどうかというのが焦点となった。
一番の問題は、恒星衛社の電子防御壁。
これは情報部から陸奥に配属されたものから情報が出され無効化の算段を得た。
続いて砲術長のから
「第二戦隊側の電子防御も気を使うべきでは」
という意見が出た。
電子戦で決着が付かなければ、砲戦だった。
そして電子戦で決着がつかないということは、射撃管制だけ妨害を受けるということもありうるということだった。というよりこれはベターだった。
基本的に宇宙戦艦同士の戦いは、重力砲の射撃で雌雄を決する。
宇宙戦艦の主兵装である砲塔や射撃管制の一部の機能を奪い重力砲の発射を不能にするのは、被害を受けないのに最も効果的といえる。
極端な話、小型艇でも大戦艦の射撃管制さえ妨害できれば被害は一切でない。
ただ当然、小型艇と大型艦では、電子兵装の出力が違う。小型艇で大型艦の一部の機能でも乗っ取るのは至難。
レーダー等電子機器が標準妨害を受けるなら、電子機器を介さない標準作業、光学標準も視野に入れなければならない。そう照準計算のソフトをピンピントで破壊されれば、最悪紙に計算式を書いて狙いをさだめる事態すら起きうる。
「ノートと鉛筆に加え、電池式の単純構造の電卓が標準装備」
これが星系軍の砲雷科だった。
つまり砲術長としては、そんなことにはならないように、電子防御をしっかりしておいてもらいたい。
実に砲術長らしい先見ある懸念でもあった。
そう電子戦を行うということは、敵からも仮想空間上で攻撃を受けるということだった。こちらが一方的に電子的攻撃をするだけではすまない。電子戦において攻防は一体。
敵はこちらの攻撃を防ぎつつ、コントロールを乗っ取ろうと反撃してくる。
軍の電子防御プログラムは、軍事機密の一つ。
友軍とはいえ、民間企業へは知らされない。
ゆえに恒星衛社が、独自の電子防御プログラムを持っているともいる。
だが恒星衛社には、軍OBが多いのも確かで、しかも初期の恒星衛社の電子戦プログラムは、軍のものを参考にしている。
氷華は、砲術長の言葉に、あってなはならいことですが、と前置きしてから
「情報が漏れていると考えるべきです。新種の防御壁を用意したほうが無難でしょう」
と、具申していた。
つまり、恒星衛社側の未知の新しい電子防御プログラムを組む必要がある。
これに天儀が
「出来るか」
と、一声で応じ、電子戦司令官氷華の戦隊電子戦室が担当することになった。
この折に、氷華が、さほど難しいことではないといった様子で
「おまかせ下さい」
と、あっさり受けたので、ブリッジ内に驚きを伴った嘆息が広がった。
軍事レベルの電子戦用の防御プログラムとは、そんなに簡単に組みあがるものではない、というのは素人でも知っている。
それを今の千宮氷華の様子は、
『今日、少し残業すれば出来上がるわね』
と、いったふう。
千宮氷華がグランダ軍始まって以来の電子戦天才という事実を、ブリッジ内の面々はまざまざと見せつけられていた。
だが氷華からすれば、軍用電子防御壁とはいっても、その実、今回の作戦で短時間に使用するだけの使い捨ての防壁プログラム。
氷華にとっては、さほど難しい問題ではなかった。
セシリアは、そんな氷華を見て
「あら、氷華さんそんなふうにこともなげに仰ったら、皆さん驚いてしまいすわ」
と、内心くすりと笑った。
卓越した優秀さとは、時として劇薬。
他の面々は、格の違いを見せつけられ、引け目すら感じざるをえない。
――もう、この女だけで、いいんじゃないのか。
そんな引けた空気に、続いて自分たちは必要ないのでは、という微妙な沈黙がブリッジ内にもたげた。
これに天儀が、
「西施でなくとも、顰みに倣うことぐらいはできる。私は、君たちに等分の可能性を感じたがゆえに誘った。皆、彼女のようになれると、断言する。それに我々は一人一人がやれることやる。それが重要だ。誰一人欠けてもことは成らない。これでは不服か」
と、強く檄を飛ばすように言葉を放った。
天儀は、無表情のジト目でも美しく人目を引く容姿という氷華を、古代の美女西施にかけたのだった。
この西施という美人が、顔を歪めると、一層この女性の美が引き立ったのだ。
「顔を歪める」
これを醜女が、真似し嘲笑を買った。
醜いものが、顔をしかめればますます醜い。
真似をするだけでは何も意味がないという訓戒だが、この場合、天儀は尊敬と羨望を感じたのなら、恥などかなぐり捨てて、その者の後に続けといったのだった。
一人で勝てないし、恥を忍んで行動するもののみが成功する。
彼らも軍人。天儀の言葉で、白けかけた空気は一気に霧散。
ブリッジ内にやる気という温度が戻るなか
「それに氷華さんだけでいいなら、司令も必要なくなってしまいますわ。これはどうなんでしょう」
と、セシリアが、柔らかくいうとブリッジ内に笑いが起こったのだった。
「妙高、羽黒が随伴しますが」
笑いがおさまるなか、続いて出た問題がこれ。
第二戦隊旗艦陸奥は、巡洋艦の妙高、羽黒を随伴して第二星系のドック海明へ向かう。
この二艦へ事前に作戦を、知らせておくのかというような意味の問だった。
「二艦の艦長は、軍内の唐公派です」
妙高、羽黒の名が出たことで、この二艦ついての問題点が口にされていた。
権勢を誇る唐大公と恒星衛社、当然軍内にも唐公派というものが存在する。
唐公と恒星衛社の息のかかった軍人たち。彼らは恒星衛社の利益を第一に尊重し動く。
唐公と恒星衛社が力を伸ばすなか、彼らは軍と公子軍との調整役のような役割も果たしており、唐公派だからといって、軍から叩き出したり、差別的な待遇をすれば、また問題だった。
それに大を付けて尊称される今の唐公の存在は、それだけで軍内の唐公派を庇護しうる材料となる。
気に入らないといって、唐公派を理由なく排斥するような動きをすれば、実質惑星一個規模を支配する民間軍事会社と軍が深刻に対立しかねない。
妙高、羽黒の艦長とその幕僚たちは、この唐公派だった。
この懸念に天儀は
「では、彼らが我々に非協力的だった場合も想定しておこう」
そう口にすると、妙高、羽黒への対応をつらつらと指示した。
セシリアが、それを手早く文字として打ち込み、天儀の言葉が文字としてブリッジ中央のモニターへと表示されていく。
具申されてから応じるという形を取った天儀だったが、懸念の言葉が終わるやいなやの妙高と羽黒に対する明確な対処の指示。
誰から見ても、天儀が、誰かがこの問題を口にするのを待っていたとありありとわかる。
そして、いま天儀の口からでる対策も思い切ったもので、ブリッジ内の誰もが驚いていた。
天儀の口にしたようからブリッジ内の誰もが
――最初から司令は、妙高、羽黒を戦力として数えていない。
と、息を呑み、つまり、今回のドック海明行きは
「実質、陸奥単独での作戦となる」
という思いを強くしたのだった。
驚くブリッジ内の面々。そのなかで全く動じず無表情のジト目を貫く氷華。
そんな氷華へ、天儀から
「密事は、集が多ければ漏れやすい。単艦で作戦を行うことが不安か」
という声が飛んでいた。
何故わざわざ自分へ、と思う氷華がジト目で応じる。
「いえ、今回の作戦の場合、艦艇数より電子戦能力が物を言います。陸奥の電子兵装は一級品で、出力も十分です。対して敵の電子兵装は、骨董品なんですかねあれは。唐公はアンティークの趣味があるようですが、電子戦においてはこれは頂けませんね」
唐公のアンティーク趣味という言葉にブリッジに笑いが起こった。
そんななか、天儀だけが、真剣に氷華を見つめている。
「それに敵は、こちらの策謀を全く知りません。完全に奇襲という形になるでしょう。ならば公子軍11隻に、妙高と羽黒の2隻を加えた艦艇のコントールを陸奥単艦で乗っ取るのもさほど難しいことではないです」
確かに、公子軍には、陸奥からの電子攻撃に対して身構えがない。
軍と恒星衛社は、関係こそ悪いが、まさか友軍から攻撃を受けるとは夢にも思っていないだろう。妙高、羽黒もそうだ。まさか自軍の旗艦から、電子攻撃を受けるとは想定していない。
ただ軍とは、その不意打ちを想定して活動する組織でもあるが、やはり思いがけない攻撃というのはある。
そして電子戦は、アクティブとパッシブの大きく二つにわけられる。
パッシブは、敵対行動に対して発動する攻防プログラム。
アクティブは、こちらから積極的にアプローチをかける電子敵攻防作業。
仮想空間上の戦いではこのアクティブとパッシブの両方を使い分けて戦うが、防御でもアクティビティな行動は多い。
仮想空間上でも奇襲を受ければ、必ずこのアクティブでの対処は後手に回る。
作戦の根幹を握るのは、電子戦指揮官ある氷華。氷華の問題ないという明言は、何より心強い。
氷華の応答に、満足そうにうなづいた天儀が
「我々の秘計を、彼らは知らない。必ず事は成る」
そう力強くいうと、ブリッジに活気が満ちた。
天儀のこの言葉は作業開始の合図でもある。自身の担当作業に移るために、散ろうとする面々。
そんななか、セシリアが、この味方すら騙すような計画に
「敵を騙すには、先ず味方からと申しますわ。妙高、羽黒の両艦長にはご理解いただけるでしょう」
と、いうと、ブリッジにまた笑いが起こった
使い古され、よく耳にすらするような言葉だったが、実際そんな場面に出くわすことは人生で少ない。
全員が、セシリアの一言に、期待すら膨らませ、作戦作成の作業に移っていった。




