それから
それから。
俺は、押して押して押しまくった。もう、押して駄目ならもっと押せ、と押しまくり、愛でる会の絶妙なフォローもあった結果、俺達は恋人同士という関係になることが出来た。
「で? 希望通りなのに、何が不満なの?」
ゆいちゃんを愛でる会改め只野君に翻弄されるゆいちゃんと只野君を見守る会の副会長である先輩が、にこにこと聞いてくる。
「だって、聞ーてくださいよー。唯子のやつ、俺がいつだってぎゅーぎゅーしたい、ちゅーしたいってのを、皆の前なんて恥ずかしーだろうからって我慢して、せめて手だけでも繋ごうとしてんのに、態々繋ぐ必要ないって、さらっと避けるんすよ!」
その上、避けておきながら、俺が機嫌損ねてないか気にするみたいに、一瞬、眉をへにょってさせてこっちを見てくるせいで、怒ることも出来ない。毎回、抱き付きたい衝動を必死に抑える俺の身にもなってみろってんだ!
「しかもしかもっ! 俺は毎日毎回、いつだって好きだっていってんのに、あっちから言ってくれることってほぼないし。精々、千回に一回っすよ。しかも、こっちから催促して。千分の一なんすよ! 千分の一!! なのに……」
「なのに?」
――い、今はね、私も、弘のこと、だ、大好き……、だよ?
ふて腐れた俺の腕に手を回し、潤んだ瞳と、上気する頬、小首を傾げて上目遣いという、最強装備を纏って告げられた言葉を思い出す。同時に、そのまま恥ずかしがって顔を覆おうとする手を掴み、引き寄せたときの感触までもがリアルに思い出されて、俺は身悶えた。
「っー!!!!」
「おぉ、真っ赤」
そのたった一回で完全ノックアウトされた俺。永久に抜け出せない底なし沼に叩き落とされた。いや、既に叩き落されてたのに、さらにその底に沈み込まされた。
「……ずるい」
「ん?」
「あいつばっかり余裕あって、俺がこんなに好きなのに、会う度どんどん深みに嵌らせるとか、ずるいっす!」
「いやぁー、それは案外向こうもそう思ってるかもよ?」
先輩が、明るい口調で慰めてくれる。
「俺は、あいつに、俺がいないと生きていけないと言わせたい!」
「うんうん、人の話聞いてないような、その余裕のなさも只野君の魅力の一つだと思うよ」
握り拳で力説する俺を、先輩は優しく励ましてくれる。
「いつか、ぜーったいに勝ってみせる! ベッド以外でも、イニシアチブを取る!」
「おーおー、頑張れ。勝ち負けの問題かは分からないけど応援するよ」
先輩の暖かい応援を力に、やる気に燃えていたその時、後ろから冷やかな声が聞こえてきた。
「……会社で一体、何をお喋りしてるんですか」
はっと振り返るとそこにいたのは、俺の心を鷲掴みして放さない相手。仕事モードの彼女は、俺達の会話にも冷めた顔で、呆れたように書類を差し出した。
「休憩は結構ですけど、大声で変なことをわめき散らすのはやめてくださいね」
ちくりと釘を刺した後、こちらに一瞥もくれることなく去っていく。まるで、俺になんて一欠けらも興味ありませんというように。
それでも、以前と違って、俺の心に浮かぶのは、怒りではなく喜び。思いがけなく会えて、俺に話しかけられた。情けないことに、それだけのことで、俺の気分は上昇してしまうのだ。
俺は、斉藤唯子が気にくわない。
いつか、そのすまし顔を保てないくらい、めっためたに惚れさせてみせるからな!
全国の斎藤唯子さん、ごめんなさい。
特に、何も含みはありません。
まぁ、内容はタイトルと真逆で、皆から愛でられていますからね。許してくだされ。